第50話 助太刀

ゴブサンが目を覚ます。


そこは穏やかな聖域の様だった。

真っ白な美しい鹿が、顔を舐める。


マシューだった。


マシューが張った特大の『土壁ウォール』が半円を描き、ゴブサン達を守ってくれていた。


みんなの目がゴブサンに注がれている。ゴブサンは頭を掻くと照れ笑いした。


ズキっと右足が痛む、ブーツ越しに膝下を噛まれ、血が流れていた。笑い顔が歪んだ。


マシューが土のエレメントに魔力を変換して、治療を試みるが、ゴブサンの魔力に阻まれてダメだった。ブーツを締めて血を止めるのが精々せいぜいだった。


マシューは顔を上げる。不思議な顔だった。目は澄んで、どこを見ているかは誰もわからなかった。マシューの魔力が高まる。先程作った半円の『土壁ウォール』から三方に角が飛び出し、地面を這って進んでいく。その角は三匹の大蝙蝠の真下まで来るとシュンと花火の様に打ち上がり、空中にいる大蝙蝠を追いかけ爆発した。その光りは闇を切り裂き、蝙蝠達の目を焼いた。その音は蝙蝠達の鼓膜を破いた。バタバタと蝙蝠達が堕ちてゆく、後方にいた蝙蝠達の殆んどの魔力が消えた。


マシューは『土壁ウォール』解いて俺の所まで戻ってくる。ゴブサン達を引き連れて来たマシューは、なんとも言えない表情で、ゴブサンを見てくれと俺の尻を突く。俺は時間をかけてゴブサンに魔力を注いだ。痛みが和らいだ様な顔をする。ゴブサンのいつもの顔だ。俺は嬉しくなる。


戦況は前方に集中している。

ゴブイチが新たにゴブサン達の部隊をまとめ、呼び寄せた副官をリーダーにする。ゴブゴロウと副官を左右に展開し中央にゴブイチがいる。


俺はゴブサンの治療を続けながらも千里眼の範囲にいる蝙蝠達を見る。

その間も蝙蝠達との死闘は続く。

俺は千里眼で適当にバラしながら広範囲に魔法陣をいくつも描いた。位置が定まると何度も何度も炸裂音を立てて蝙蝠達を混乱させる。耳の良い蝙蝠達の聴覚を奪うと蝙蝠達はヨロヨロ落下していく。

白狼達は遠吠えを上げて、狼を召喚して蝙蝠達を次々と狩っていった。


大蝙蝠は耐性があるのか?落ちはしなかったが、明らかに動きが悪くなる。ゴブゴロウと副官が大蝙蝠に突っ込み、四匹の大蝙蝠を投げ槍と『火球』で仕留めて見せた。


やっと大蝙蝠のネイムドが動き出す。


三匹のネイムドはゴブゴロウ、副官、ゴブイチを目指し真っ直ぐに飛んでくる。


風をまとい、もう凄いスピードで弾丸の様に迫った。魔力が風となり、前方の風が避け、後方の風が押した。炸裂音など無いモノの様に、風も音も木々さえも退け、無人の野を行く風そのモノだった。


長く伸びたゴブゴロウ達の脇を狙われた。角白狼が立ち止まり、『土壁ウォール』出すが、砕け散る。そのままネイムドはゴブリンの喉を切り裂き、白狼を吹っ飛ばした。旋回し戻って来るネイムドにゴブゴロウは大声を張り上げる。

わかったと言わんばかりに、ネイムドはゴブゴロウに狙いを定める。ゴブゴロウは角白狼から降りて地面を掴むが如く踏ん張り、盾を構える。角白狼はゴブゴロウの後ろに『土壁ウォール』を出して支えた。


ネイムドが消えたかと思うほどのスピードで一瞬にしてゴブゴロウに体当たりする。


バゴーン!!


魔力の籠った盾が輝く、ネイムドとゴブゴロウのぶつかった衝撃の大きな音と魔力が弾け光り、後から衝撃波となって周りを吹き飛ばす。


ゴブゴロウはネイムドを受けて更に渾身の力で前に前に出ようとする。ネイムドは大口を開けて、ゴブゴロウを噛もうとした。牙を唾液が濡らし、糸を引く、魔力の風がゴブゴロウを叩いた。それでもゴブゴロウは踏ん張り、奇声を上げると盾をカチ上げる。ゴブゴロウは両手で喉を掴んでネイムドの状態をらすとネイムドの意識がとんた。時が止まったかと思う静寂の中、ネイムドの身体に何本モノ投げ槍と地面からの角が刺さった。


副官へ向かったネイムドはただ真っ直ぐ、正面から副官に突っ込む。

角白狼がすんでの所で躱すも

殿しんがりの白狼が牙を受けてしまう。白狼の足が無くなっていた。

負傷した白狼を残し、逃げ出す副官達をネイムドは狩った白狼の足を噛み砕き、止まって羽ばたき見ていた。足だったモノをぺっと吐き出し、ネイムドは顔を歪めて笑った。降下して一瞬でフルスピードになるとネイムドは次の獲物を決めた。またしても殿しんがりだ。時間をかけてゆっくりといたぶる気だった。副官達は『火球』を投げて牽制するが、全てネイムドの風に阻まれた。


キャキャキャ


ネイムドが笑った。

その時、副官のローブがはためき、ネイムドの目の前に魔法陣が描かれて

火玉ファイアボール』が出現する。いきなりの攻撃に面食らったネイムドは目を見開く、そこに追加で飛んで来た

火玉ファイアボール』が炸裂して火だるまになった。


その勢いのまま副官達の元まで飛んだネイムドは、いつの間にか現れたゴブイチが角白狼の背で杖をかざしている姿を見る。ゴブイチは杖をしまい、目の前に迫るネイムドへ角白狼のから飛んだ。スラリと抜いた長剣を真上から振り下ろす。ゴブイチの長剣から必殺の衝撃波が放たれ、何故だ⁉︎といった顔をしたままネイムドは真っぷたつになる。




時は少しさかのぼり、俺は嫌がるゴブイチのけつし、俺のローブのマジックバックに入れようとしていた。マシューも頑張って推している。中々本当に頼りになるいい子鹿だ。



副官達の危機を見た俺は、副官のローブと俺のローブを繋いで覗き込む。確かに副官の背中が見える。俺は副官の背中が叩き、もう少し辛抱してくれと言う。副官は確かに頷く、俺はゴブイチを見た。ゴブイチは首を振る。ゴブイチはここで指揮をしてネイムドを倒したいのだろう。しかし辛抱してくれ、初めてのマジックバック転移を俺が出来ないのは心残りだが、今はとても大変な時なのだ。辛抱してくれ。

マシューにけつを突かれ、嫌々ながらもゴブイチは決心してくれた様だ。

しかし何分なにぶん初めての事、ゴブイチも中々マジックバックに入らなかった。マシューと俺はゴブイチをギリギリの狭いマジックバックに押し込むとホッとした。



ゴブイチならば蝙蝠のネイムドごときなんぼのもの、知らんけど、何とかしてもらう。もらわなきゃ困るのだ。


俺は目の前に迫るネイムドに意識を向ける。


ネイムドは俺達の前で悠々とホバリングをした。足の止まった角白狼と白狼達、そして鼻のデカいゴブリンの俺、子鹿のマシューに負傷したゴブリンだけだった。

ネイムドが獲物と見ていた、大将らしき白い鎧兜した者は、白狼を残し何処かに逃げ出す始末だ。


ネイムドである自分をおびやかす相手には見えなかった。


俺もネイムドごとき何度も倒している。負ける気がせん。ネイムドが攻撃しないなら話は無いので、ネイムドの周りを魔法陣で取り囲み、同時に爆発させる。


ドーンと凄い音がした、ネイムドはあまりの音と衝撃に気を失い地に堕ちた。俺は黒剣の衝撃波でネイムドの首をねる。ネイムドは光の粒子になって消えた。


辺りには既に魔物のかげは見当たらなかった。


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