第43話 火の海

俺は目覚めると、夢にみた鹿王の姿を思い出した。


俺はこのダンジョンを選んで、今ここにいる。

仲間達を導く者として有る。


俺も美しく有ろうと固く誓った。



素振りの音が聞こえる。

ゴブイチが毎日の自主練をしている。


ゴブゴロウは飯を食べている。


ゴブサンは新入りに何か教えている。


大狼達は各々おのおのが休憩している。


俺は皆んなに感謝し、絆の糸を確かめる。魔力を通し充分に満たしたのだ。


ゴブイチの所までゆっくり歩くと、長剣を鞘に収め、俺を見つめた。

おもむろにゴブイチは跪き、

抱き上げはしなかった。


今日は鹿エリアの奥にでも行ってみよう。



暫くたって、鹿エリアの境界を越えると、ただならぬ気配に満ちていた。

俺を拒む意識を感じる。


ガサガサ、下草をかき分け、鹿達が集まってくる。


昨日ゴブサン達が探して、中々見つけられなかった上位種の姿もちらほら見える。

上位種は普通の鹿の倍の高さで、ゴブゴロウも見上げる程大きかった。茶色の毛足の長い丈夫な体毛で覆われている。角は太く掌の様に広がって、高濃度の魔力の塊だった。瞳は紅く燃え輝いていた。


特殊個体の上位種が最後に姿を現した。大きさは上位種と同じ程だが、体毛が真っ赤で燃えている様だ。角は揺らめいて見え、瞳は魔力の高まりで白く輝いていた。

ネイムドだ。


百頭余りの鹿の群れ、上位種が三頭、ネイムドが一頭。俺を拒み、群れの全ての瞳が、俺を睨み付けていた。


鹿の群れは横並びになっている。後ろからネイムドを中央、その前に上位種が広がって三頭いて、上位種の指揮で三十頭余りの鹿達に別れている。


俺達は、左からゴブサン、中央にゴブイチと俺、右にゴブゴロウが各自十頭の大狼を従えている。


大狼達が遠吠えを上げると、それぞれ三匹の狼が召喚された。鹿の群れと数は同じに程度になった。俺も遠吠えを上げ、魔力を練り上げ、ここに有る事、仲間、美しさを想い、三頭の真っ白な大狼を召喚した。その二頭はすぐにゴブサンとゴブゴロウの元へゆく、全ての配置が完了する。


俺は額に魔力の輝く角を生やし、

雄叫びを挙げる。


鹿の群れとの戦いが始まる。



ゴブサンは真っ白な大狼に跨ると一頭の上位種が指揮する群れに突っ込んだ。『火玉ファイアボール』を撃とうとする鹿を見つけるとその前に『魔球』をぶつけて潰していく、新入りもゴブサンに分け与えられたベルトの半球のマジックバックから『魔球』を出し、鹿の魔法を潰していく。


狼は『火玉ファイアボール』をなるべく躱しながらも、時には身を挺し、鹿に迫った。大狼は鹿が狼に手を焼く隙を見つけると鹿の首に噛み付き、引き倒す。確実に息の根を止めながらも警戒を怠ることなどしない。


瞬く間に鹿の上位種、大鹿に迫るが、大鹿は、『火壁ファイアウォール』を出して、みる間に数匹の狼を葬った。ゴブサンが『魔球』を投げるも燃え尽き、大鹿に届く事は無かった。ゴブサンの判断は早く、狼達を下がらせ、俺のいる本陣から離れ、逃げ出した。


ゴブサンは大鹿の群れが追ってくるのを見ると狼達を殿に、蛇行を繰り返して逃走する。ゴブサンと新入りは時間をかけて隙を見せる鹿を一頭一頭と『魔球』で仕留めていった。


最後の大鹿を取り囲むと、マジックバックから『真魔球』を取り出し、狙いを定め投げつけた。


大鹿は『火壁ファイアウォール』で防ぐが、火の壁を貫き、大鹿の胸で爆散した。



ゴブゴロウは大鹿に迫る。鹿など無いモノの様にそのままの勢いで走る。迫る『火玉ファイアボール』を盾で弾き、振り下ろされる鹿の角を躱し、槍を刺す、穂先が爆破して、次から次へと鹿を仕留めていった。余りの勢いに鹿達の注意が集まると後ろからくる狼達に鹿達は引き倒さられ、群れは瓦解していく。

あと少しの所で大鹿が『火壁ファイアウォール』放ち仲間諸共なかまもろとも火の海になった。真っ白な狼が飛び上がり火の海から逃れると、ゴブゴロウはその背で『魔槍』を放ち、大鹿を貫く。大鹿が死ぬと火の海はたちまち消え去った。残りの鹿は狼に包囲されると死角を大狼に突かれ、瞬く間に死んでいく。



俺は戦況を見て、魔力の起こりを感じると仲間達に伝えていった。


中央の俺達は俺の召喚した真っ白な大狼を中心に駆け出してゆく。俺とゴブイチもついていき、俺は『火玉ファイアボール』の魔力の高まりを感知すると、先々さきさきに爆破して潰した。狼王との戦いが生きている。

真っ白な大狼が間近まで来ると、鹿達は角を向けて防御するが、真っ白な大狼は頭上を越えて大暴れする。痛みも怪我も無視をして、鹿の喉笛を噛みちぎり、はらわたを爪で引き摺り出した。後から来る狼も群がって大混乱を巻き起こす。


俺とゴブイチを守る大狼達十頭は若干引き気味では有るが、逃げ出したり、向かってくる鹿を仕留めていった。


そこで大鹿の『火壁ファイアウォール』が立ち登る。火に巻かれ燃える狼と鹿。真っ白な大狼が火達磨ひだるまになって大鹿に体当たりする。その大狼には額に輝く角がえ、大鹿の心臓を貫いていた。魔力のこもった火が消えるとそこには鹿の死骸だけが散乱していた。


全てを見ていたネイムドが怒り狂う。俺目掛け鬼気迫る勢いで駆けてくる。


ゴブイチが仲間を下げさせ、道を空けた。距離を取って見守る。


ネイムドの『火壁ファイアウォール』が放たれる。ネイムドの足元で燃え上がった炎の壁は、俺を轟音と共に焼き尽くそうと一直線に向かってくる。


俺は大きな『土壁ウォール』出して、炎を受け止めたが、余りの勢いに上や横から炎が襲いかかる。急いで追加で上と横にも壁を足して、最後に後ろを塞ぐと、炎の熱も大分マシになった。その中に入り、一面の火の海中を土壁に魔力を注ぎ続ける事でしのいだ。継続する炎の魔力と俺が壁を維持する魔力の勝負だ。


いつ終わるかもわからない中、俺は仲間達の吸収した魔力を感じた。

仲間の気を揉む気配も感じる。

この森の魔力も鹿の魔力も感じた。


「神はある。見ておられる。神は試される。お主は神と共にあるか?」


ジョセ翁の言葉がぎる。


俺は何者か?ふとそんな事を思った。


俺は大きく眉間の角を伸ばして、

『狼牙』と叫んだ。


『狼牙』は土壁を出て、地面をいながら少しずつ大きくなる。段々と速度を上げてネイムドに俺の刃が向かう。


衝撃波の様に駆け抜けた巨大な刃は、そのままネイムドを抜け、森の中に消えた。


ネイムドは動きを止めると、光の粒子になって消えた。

一面の炎の海と共に。

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