第4話 アマルナ

 数日後、アルウがムテムイアを連れて魚捕りをしていると、この間の時のようにどこからともなくティアが現れた。ティアは純白のワンピースの上にカラシリスをまとい、胸にはシンプルなラピスの青い胸飾り、腕には金のリングを身につけていた。

「ティア。妹のムテムイアだよ」

 アルウが妹を紹介すると、

「ティアです。よろしくね」

「ムテムイアです。よろしく」

 挨拶し合った二人は手を取り合い微笑んだ。

 活発なティアと物静かなムテムイア。二人はまったく正反対の性格だったのだが、何となく気が合うのか、すぐに仲良しになった。

 その日からアルウとティアとムテムイアは、いつも三人で連れだってナイルに遊びに出かけるようになった。

 三人はナイルの辺の一番高い椰子の木がある川辺へ行き、アルウが黄金のオシリス像を見つけた同じ場所で遊んだ。

 やがてアルウ達三人のメンバーに幼なじみのケティ、シヌへ、メンナらが加わるようになると、六人の子供達はナイルで魚やカエルやカメやナマズを捕り、野鳥を眺め、獲った沢山の魚を鳥たちやカバや子供ワニに与えたりして日が沈むまで遊んだ。


 ある日のこと、アルウがナイルの船着き場で釣りをしていると、貴族が乗る船があらわれた。

「アルウ!」

 船からティアが大きく手を振っている。

「ティア、その船は?」

 アルウは目をパチクリさせた。

「アルウ、あなたに見せたい見せたい物があるの」

 船がゆっくり船着き場に着く。

「見せたい物って?」

「いいから乗って」

「う、うん」

 アルウがそれでも戸惑っていると、ティアが手を伸ばす。

「行くの? 行かないの?」

 ティアが催促する。

「行くよ」

 アルウは好奇心にかられ船に乗った。

 船はテーベから川面を滑るように下りはじめる。

「どこまで行くの?」

「アマルナよ」

「アマルナ……」

「昔、都があったところなの」

「アマルナなんて聞いたことないよ。しかも都があったなんて、学校では教えてくれなかった」

「何もかも消されたの、でも、アクナテン、スメンクカラー、ツタンカーメン、アイ、彼ら十八王朝の王は確かに存在したわ」

「消されたって……」

 沈黙が二人を包む。

「もうじきよ」

 暫くしてティアが呟くように言った。

 船がアマルナの船着き場に接岸されると、すぐに馬車が出迎えた。

「ラモーゼ、アマルナへ」

 あきらかにティアの従者らしき男が馬車を走らせた。

 草も木も生えてない、殺風景な景色がしばらく続く。

「こんな所に都なんて本当に有るの?」

「もうじき分かるわ」

 馬車が荒涼とした砂漠を走り続けるうちに、砂漠に大きな遺跡が現れた。

「ここがアマルナ……」

「着いたわ」

 ティアが先に馬車を降りる。

「こんなところに都があったなんて、お父さんも教えてくれなかった」

 アルウも廃墟に降り立った。

「こっちよ」

 ティアが廃墟と化した神殿の跡に導く。

「あっ」

 アルウの前に破壊された神殿の残骸がいくつもころがっていた。

「見せたかったのは、これじゃないの」

 ティアは神殿の地下に通じる階段を降りて行く。

 アルウも後を追う。

 二人をラモーゼと呼ばれる従者がオイルランプを持って導いている。

 暗闇に目が慣れてきた頃、アルウはいくつもの信じられない物が、横たわっているのを目の当たりにした。

「どうしてこんなに酷いことを!」

 神殿の地下も破壊の限りをつくされ、全ての石像の首から上がなかった。

「呪われた王朝だから」

「呪われた……」

「いつか知るときがくるわ」

「いつかって……」

「来て!」

 ティアがアルウの手をとる。

「見て」

 ラモーゼのランプに王女らしき高貴な女性の胸像が浮かんだ。

「凄い! まるで生きているみたい」

「ある王女の石像よ」

 ティアの前に横たわる女性の像は、まるで今にも目を覚まし、起き上がるのではないかと思えるほど、生き生きとした美しい色彩とリアルな曲線を持つ石像だった。

「いったい誰がこれを?」

「あたしにもわからないわ。でも、これはアマルナの芸術と呼ばれているわ」

「アマルナ? 聞いたことがないよ」

「アルウ、あたしがあなたにこの石像を見せたかった理由は、あなたならもっと素敵な作品を創れると思ったからなの」

「君はいったい……」

「今はそれ以上聞かないで。それからここでのことはあたしたちの秘密にしてね」

「わかった。秘密にするよ」

 アルウも直感的にこれ以上知らない方がいいような気がした。

 アマルナから帰ると、いつもと同じ平和な日々が始まり、アルウもティアも何もなかったようにアマルナのことを話題にすることはなかった。だが、いったい誰があれを制作したのか、いつの王朝のものなのか、いつかあれ以上の物を制作したいという思いはアルウの心で燻り続けた。

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