第37話 放っておけない

 翌日、まだ目の覚めきらないぼんやりした頭でのろのろと校門前まで登校してきたボクの目に、絵に描いたみたいな不審者の姿が飛び込んできた。


 他の生徒たちが登校してくるたびにコソコソと校門の陰に隠れ、しばらくするとまた顔だけを出してキョロキョロと辺りを見回す、誰の目にも明らかな不審な人物。


 行動は明らかに不審そのものだけど、きっと、ただそこに静かに立っているだけだったとしても、その凜とした美しさで人目を引いていたに違いない。


 まあそんな、何をしてても目立ってしまう希有なヤツなんて惣引そうびきくらいしかいないんだけど。


 何をやってるんだろう……?


 どうせまたろくなことじゃないことだけは確定してるんだろうけど。


 訝しく思いながら、それでも登校するためにそろそろと近付いていくとごく当たり前に視線が交わる。

 すると「しまった!」みたいな顔を浮かべてアワアワと落ち着きをなくして校門の陰に完全に隠れてしまった。


 本当に何をやってるんだろう……?


 新手の一人鬼ごっことか、じつは某国の諜報部隊員で潜入捜査の真っ只中だったりするのかな? だとするとダンボール被ってれば完璧だったんだけどな。


 まあ冗談はさておき、まさかとは思うけれど、ボクが登校してくるのを校門前でずっと待ってたりしたのかな……?


 そんな殊勝なことをするようなタイプだったっけ……?


 それ以前に、惣引そうびきみさをってヤツがどんなタイプなのかを語れるほどまだ知り尽くしてるわけじゃない。


 知ってることといえば、まるでイノシシみたいに向こう見ずに突っ走るくせに、じつは泣き虫で吐き癖があるってことくらいだ。……要約しちゃうと最悪でしかないな。


 そう、まだ、それくらいのことしか知らないんだ。


 けれど昨日、信じて協力するって宣言しちゃったから、これからはもう少しくらいはもっと別な側面とかが見えてきたりするのかな? ……見せてもらえると助かるんだけどな。


 校門の陰で俯いたまま、制服の裾を摘まんでモジモジしている惣引の前に立つと、少しだけビクッと肩を竦めて上目遣いで目線を寄越す。


 朝日を受ける長いまつげを震わせるみたいに、しきりに瞬きを繰り返す様は初見の男子だったら一瞬で恋に落ちてしまいそうなほどに可憐だ。


 ほんっとうに、なぜだか逆に苛立ちを覚えてしまいそうなくらい、とんでもなく綺麗だ。


 それは端整だとか、清楚だとか、眉目秀麗だとか、小難しく飾り立てるための言葉じゃどうしても少しズレてる気がしてピンと来ない。

 とにかく光を放っているみたいに綺麗なコイツのことを、うまく言い表せるぴったりな言葉が見つからない。


 だからって、いつまでもそうしてモジモジされているとちょっと問題があるんだ。


 こうしてボクたちが向かい合って立ってると、登校してきた通りすがりの生徒たちが、


「おいおい……、なんだよあの二人、美少女オーラ半端ねえな……」

「え、なにあれ、すっごい美麗百合イラストみたい……」

「やだ……、目にするだけで視力が良くなりそう……」


 とか小声で呟きながら、スマホを取り出して隠し撮りしてるんだよ。


 中には、もう一切隠す気もなくカシャシャシャシャッて切り刻むみたいな連射してる生徒までいる始末だ。肖像権の侵害ってどうなってるんだろう?


【画像あり】我が校の可愛すぎる百合ップル撮ったったwww とか勝手にタイトル付けてSNSに上げたりするなよ? いや、本当に。


 このままだとコスプレの囲み撮影みたいに、やたらとローアングルでスマホ構える生徒とか出て来ちゃうよ? 挨拶でも何でも良いから、何か言うつもりなら早めに頼むよっ!


 ただでさえ朝のボクは、ちょっぴり眠気の抜けきらないぽわぽわした美少女味が強いって中学時代に指摘されたことがあるんだ。もちろんそんな不愉快な自覚なんて一切ないんだけど。


 すると、やっと決心が付いたのか、惣引はその整った顔をスッと上げて、


「て、手伝うって自分が言うたんじゃけえねっ、覚悟しんさいよ……っ!」

「えええ!? 宣戦布告っ!?」


 挨拶でも、昨日のキラキラの謝罪でもなく、予想の斜め上から方言で殴りかかられた。


 そして、自分の口から飛び出した言葉に自分で驚いたのか、慌てて両手で口元を塞いで消沈したみたいにまた俯いてしまう。


 ……やめろよな。そうしてると、またいつ吐き出すかと思ってこっちがビクビクしちゃうだろ。

 

「ちっ、違うんよ! ……もう、ほんまにはぐいぃ、……んんっ。……ふぅ、ちゃんと、まず、言わせて」


 そして胸に手を添えて深呼吸を繰り返す。


 心配しなくても、前言撤回なんて男らしくないことはしないよ。


 取り繕って方言を隠すことも出来ないくらい、惣引節は懸命に生きている。


「……あ、ありがとね」


 口にしながら照れてるのか、顔を真っ赤にして尻すぼみに俯いてしまう。


 いまさら、その程度の一言でそんな照れるの? そんなことよりもっと別に恥を感じるべきところあるだろ? 人の顔にゲボ吐きかけるとか……。


 ――けれど。


 その想いを、その姿を側でずっと見守ってくれる、そんな人がいてくれるだけで、どんなに不器用なやつだって、きっともっと強くなれるんだろうな。


 だからボクも、うまく言おうなんて思わず、不器用なままありったけの言葉で、バカみたいだけどわかりやすく簡単に言ってやろうと思う。


 

 惣引節のキラキラしたところも、キラキラしたやつもまとめて全部、これからも残さずボクが男らしく受け止めてやるって。

 

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*☆放っておけないキラキラ女子☆* 亜麻音アキ @aki_amane

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