第16話 干し芋

「じゃあ、昨日撮ってた瀬尾せおくんの写真見せて?」

「――とっ、ととととっ、撮ってないしっ!?」


 つい先日のことのように色鮮やかに思い出せる修学旅行の回想に耽っていると、惣引そうびきみさをは他意の欠片も感じさせない綺麗な目でそんなことを口走る。


 本当にずけずけとものを言う女だ。何事も決めつけてかかるのは良くないって習わなかったのだろうか?

 

 昨日だって、まさに目の前にいるアンタの邪魔が入ったせいで、五枚しか撮れなかったのだ。しかも、構図もライティングも何もかもイマイチ。

 納得の一枚が撮れなかった以上、撮ってないのと一緒なのだ。

 もちろん納得出来なかったからといってデータを消してなどいないけど。だからといって見せないけど。


「そうなの? 撮ったのかと思っていたわ」

「撮ってないわ! だ、だいたいどうしてあたしが瀬尾くんを撮らないといけないのよ! そんな理由なんてどこにもないじゃない! あ、あたしは昨日は、えーっと……、そう、あれよ、風景っ! 校舎裏の風景を撮ってたんだからっ!」

「お花じゃなかったの?」

「お……、お、お花を構図に含めた風景を狙ってたのよっ! ……まったく、これだから写真素人は困るわー! 太陽光を意識してどの角度から狙うのが一番か、ジッと考えてる時間も撮影の楽しみなんだからっ! なにより、あたしがファインダーから見てる景色はアンタに見えてる景色とはぜんぜん違うんだか――って、干し芋食ってる!?」


 あたしの写真に対する並々ならぬ熱い想いの説明の真っ最中に、あろうことかこの女はいつの間にかポケットから干し芋を出して囓っていた。


「ちょっと! なに食べてんのよ!? いや、いらないから! あたしも食べたいって意味じゃないからっ!? 人の話、聞いてんの!?」


 あたしの苦言をどう解釈したのか、囓りかけの干し芋をおずおずと口元まで差し出してくる。せめて新しいの寄越しなさいよ! いや、いらないったらいらないけど!


「ん、……もうこんな時間だわ。更衣室に行かないと」


 あたしが押し返した食べかけの干し芋を丁寧にラップで包み直し、今度は制服の内ポケットからゴソゴソと小さな懐中時計を取り出して時間を確認する。


 え……、今どき懐中時計……?


 本当に全く人の話を聞かないうえに、我が道を突き進むタイプだ。こんなの素直に正面からぶつかってはこっちが一方的に疲労するだけだ。


 しかもチラリと見えたその懐中時計は、いわゆる小洒落た感じの現代風なデザインではなくかなりの年代物、代々受け継がれてきた形見のような骨董品っぽく見えた。

 懐中時計に視線を落とす一瞬だけを切り取れば、大正浪漫あふれる女学生に見えなくもない気がしたけれど、やっぱり制服が現代的すぎてどう頑張っても無理がある。


 狙ってるのか天然なのか全くわからないけれど、やることなすこと何から何まで、どうやったらここまで悪目立ちする要素たっぷりになるのだろう?


 魂が抜け出るみたいに長い嘆息を漏らし、じんわりと頭痛を覚えて眉間に皺を寄せていると、今度はいきなり腕を掴まれ、あれよあれよという間にずんずん廊下を小走りで引っ張られる。


 ――え? ちょっと、次はなんなのよ?


 今度はどこに行く気なのよ?

 ていうか、どうしてあたしの腕を掴んでるのよ?

 アンタはこれから清掃作業のためにジャージに着替えるんでしょう?


 ……もしかしてあたしに手伝わせる気なの? そのために友達ヅラして今日一日馴れ馴れしくくっついて回ってきてたの?


「あったわ、あそこね」


 小声でそう呟き、まるでスパイみたいに廊下の角から頭だけを出して室名札を確認する。


 本人が行くと言っていたとおり『更衣室』と書かれている部屋だ。

 ただし『男子更衣室』だった。


 あー、こっちかー、男子の更衣室かー……。


「……男子更衣室、ね?」

「良いこと思い付いたって言ったでしょう?」


 頭痛をこらえながら念のために、あくまで確認のために聞いてみたところ、本当は朝からずっと言いたくて仕方なかったのだろう不敵な笑みを浮かべながら、

「清掃作業はジャージで行うでしょう? だったら、ジャージに着替える瀬尾くんを待ち伏せるにはここが一番だわ」

 と、胸を反らして鼻高々に説明してくれた。


 何の必要があって瀬尾くんを待ち伏せすることが『良いこと』に繋がるのかさっぱりわからないけれど、そんなの問い質すまでもなく絶対にろくなことであるはずがない。


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