歯をみがいてから、お化粧を落とした。

 悟さんは、わたしのそばで待っていてくれた。


 寝室に戻った。悟さんが、灯りを消した。

 ベッドに上がる。布団を直して、二人でもぐりこんだ。

 掛け布団から、悟さんのにおいがした。くんくんかいでいたら、「どうしたの?」と聞かれてしまった。

「あなたの、においをかいでたの」

「くさいってこと?」

「ううん。なつかしいような、におい……」

「そうなんだ」

 布団の中で、悟さんが手をのばしてきた。わたしの手を探って、握ってくれる。

「さっき、よろけてたけど。体、つらかった?」

「ううん……。ねぼけてたの」

「そう? 俺には、わからないから。つらい時は、無理しないで、断って」

「うん。わかった」

 わたしは、悟さん以外の男の人を知らない。

 初めてした時は、すごく痛くて、いっぱい泣いてしまった。悟さんは、困ったような様子で、なぐさめてくれていた。大事にされてるような感じがした。

「俺は、受け入れてもらうばかりで、痛くないから。紗恵ちゃんは、大変だろうなと思うことが多いよ」

「もう、痛くない。……きもち、いい」

「ほんと?」

「うん」

「それなら、よかった」

「悟さん。お兄さんのこと、聞いてもいい?」

「うん」

「どうして、ずっと独身なの? 女の人が、嫌いな人?」

「ちがう……と思う。変わってるんだよ。

 この世界にいるのに、いないみたいな……。うまく説明できないな」

「どんな人かな……。わたし、会ってみたい」

「いいよ。いずれは、俺の家族にも会ってもらいたいし。

 もちろん、紗恵ちゃんのご家族にも」

「誠さんは、ご両親と同居してるの?」

「俺が就職するまでは、全員一緒にいた。俺と同じ時期に、兄貴も家を出て、今はひとり暮らしをしてる」

「そうなの……」

「兄貴も、映画が好きなんだよ。映画館も好きで。

 いろんなジャンルを観てるけど、恋愛ものだけは、納得がいかないって」

「どうして?」

「出会った男女が、結ばれて終わるのがいやなんだって」

「えー……?」

「その後のトラブルとか、結婚するまでと、結婚してからのごたごたする感じがえがかれてないって」

「ああ……。悟さんも、そう思うの?」

「まさか。恋愛もの、好きだし」

「そうだよね……」

 たしかに、変わってる人みたいだった。

 でも、面白いなとも思った。そんなふうに、考えたことがなかったから。

 ヒロインが幸せになる、ハッピーエンドの映画を観て、満足する。それでいいと思っていた。

「人生は続くってことが、言いたいのかな?」

「うん。たぶん。

 兄貴の親が、離婚する前後に、ずいぶんもめたらしくて。結婚に、いいイメージがないんだって」

「そう……」


 だんだん、眠くなってきた。

 つないだままの手が、ぽかぽかしてる。あったかった。

「さとるさん」

「うん?」

「チョコ、好き?」

「あー。甘すぎなければ」

「ビターチョコ? カカオが多いチョコ?」

「カカオ80パーセントとかだと、苦いな。ふつうの、ビターチョコ」

「うん。わかった……」

 もう、目があかない。目をとじたままで、うなずいた。


* * *


 次の日は、わたしの方が先に起きた。

 日曜日。ベランダに続く窓の外を、横からめくったカーテンの間から見た。

 雨がふってる。雪は、ふってないみたいだった。溶けただけかもしれないけど……。空は、暗かった。

 ほんの数センチのすき間から、悟さんが暮らしてる街の景色を見ていた。

 わたしも、ここで暮らすことになるのかな……。


 朝ごはんを作って、ひとりで食べた。

 悟さんの分は、作ったまま置いておいた。


 LINEに、紗希ちゃんからメッセージが来ていた。

 『さびしー』って。

 『ごめんね』と返した。

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ダブル・デート 福守りん @fuku_rin

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