第9話 ライバル登場
「はあ……なんとか気が楽になった」
あれから数十分。
異変が起きない事を確信した翔は、一旦マンションの外に出て、空気を吸う事を決めた。
夜の九時前であるが、この界隈は賑やかであった。
ある数人の戯れや、買い物袋を手にしている交通の人を眺めながら、マンションの迎え側にあるコンビニの前に翔の姿がポツリと立っていた。
夜の秋葉原は昼間とは違い、静かな街に変わっていた。
閉店する店も数多く、点灯している店はなかった。
そんな寂しい夜の中、翔はマンションの前でぼうと立っていた。
「これじゃあ、絵里子に悪いよ。カレー残しちゃって」
ぽつりと呟きながら、キャロリーメイトを口にして高層マンションを眺める。
胃の感触はさっきよりはよくなっているが、やはり何も告げずに逃げた所為か胃の感触はやや悪いままだ。
最悪感を抱いた翔が孤独で食事をしていると、
「あら、随分と寂しそうに食事をしているのね。英雄さん」
隣から女性の声がした。
声元に振り向くと、そこにはツインテールした肩まで届かない赤い髪、背丈は翔の目までしかない、いがみつける少女。よくみると、彼女は良い顔立ちをしている。鼻節が立っていて、黒い双眸の瞳は翔を写り出している。彼女は紅ワンピースを身に纏い、腕を組み翔のことを睨んでいた。
「英雄さん?」
「なによ?不満?春の大会優勝したんだから誇りなさいよね」
少女の口調は低い声で放ち、腕を組みながら翔をにらみつける。
その黒い双眸で威勢のいい眼差しを輝せる。
(……この子。僕はどこかで会った事あるかな?)
いままで出会った人物にこの少女はいただろうか。彼女の言葉からですると大会だから『不滅の騎士』関連の人だろう。
しかし、目の前の少女の事を思い出せない。
翔が記憶を巡らせると、彼女の方から問いかける。
「あんた、ここで何しているのよ。まさか、このマンションで済んでいるの?良いご身分だわね。チーム練習でもしているの?」
「えっと。うーん……」
話を進ませる少女に言葉を詰まらせる。
ここで見ず知らずの人に語っていいのか、一応合宿はチーム内の活動である。
機密情報であると翔は認識をしている。
「ああ。そういう事ね。私たちに教える気はないってことね?悪いけど、何日前かにあなたたちがここに出入りしている情報は既に把握済みよ。とぼけても無駄だから」
「まるでストーカーみたいなことをやるんだね」
「ストーカーじゃないわ!情報収集よ!」
と、彼女ビシッと人差し指を翔に向けて放った。
翔は口をポカーンと開いて、彼女の方を見つめる。
この子はいったい誰のどなた様?大翔と関係がある人なのでは?
そんなことを考える翔は黙々として、考えこむ。
「へえ、流石優勝したものね。私たちと会話をしたくないって言うのね。身分が違うというわけね」
「ち……違う!僕は君のことを知らなくて……」
「知らないですって?」
あ、しまったと心の中で語る翔。彼女の反感を買ってしまった。
おそらく、彼女はある重要人物だ。
それは自分に取ってではなく、自分の顔の似た人にとってだ。
「何が違うのよ?どうして話せないのよ?いつも自慢のように語っているじゃない」
少女の言葉に翔はある確信を得た。
それは……
(……兄さんと僕を勘違いしている?)
自分と兄の事を見誤っている事。
翔と大翔の容貌は全く同じだ、双子であり数分間だけ生まれが違う二人。事情を知らない人間であればダブルゲンガーと錯覚する。あるいは勘違いされることもなる。
だが、チームメンバーは翔と大翔の区別ができる。とはいえ、最初の頃はよく間違いられる。
慣れている人だけが、この翔と大翔のことを区別できるのだ。
自分は大翔ではないことをどう伝えれば良いのか顎に手を当て考えると、目の前の少女は唇に橋を作り出してから低い声で放つ。
「知っているわ。あなたのチームに、『G.O.F』の開発者、久遠正田の娘が加わっている事を」
「え?」
「それで何かしら手を込んで、あの決勝戦であの技を使ったのでしょう?あのタイミングで『アヴァロン』なんて、人が出来る技じゃないわ。ええ。いつもみたいにインチキしてるのでしょう?根暗な彼女なんてできるはずがない。知っているわよ?」
「違う!インチキなんかじゃない!」
黙っていられず、思わず大声を出す。
心拍数が跳ね上がり、翔は拳を強く握り締め、目の前の少女の双眸を覗き込む。
「久遠光は才能がある。ゲームの天才なんだ。あの決勝戦でもそうだった。確実のタイミングで狙って技を使った。インチキなんてしていないんだ!この事は僕が保証する!」
不正ツールや不正な行為は一切利用していない。光は正々堂々と対戦した。彼女の才能があの勝利への道を導いた。何日間の間一緒に彼女から学んだことがあった。
あの試合に不正が行われているはずがない、と翔は断言した。
「それに彼女は面倒見がいい人なんだ。いろいろとわからない事を教えてくれる。『G.O.F』の事を教えてくれたんだ。ポジションもスキルも英雄の事もタワーもネクサスも知らない事を教えてくれたんだ。だから、根暗なんかじゃないだ……」
言葉を積もる事なく、弁明をつづける。
光はいつも色んな事から教わっている、毒舌を言うかもしれないが自分の面倒を見てくれる。
目の前の彼女が語っているのは事実じゃない偽り事。
この事は翔だけではない、チームのみんなも知っていると翔は確信していた。
「な……なによ?私が悪いわけ?」
「取り消してくれ。久遠光は『インチキ』なんかしていない」
「なっ!?」
いがみあう二人。
翔の睨みに一歩も下がる事はなく、彼女は口調を遅らせて対面する。
双方とも空気が変わっていたのだ。
「悪いが、人の弟にちょっかい出さないでくれないかな?鈴子(すずこ)ちゃん」
空気が緊張していくところ、翔の背後からもう一つの声が放たれる。
二人ともその声に振り向いていくと、翔と同じ容貌と同じ声の持ち主がそこに立っていた。
「兄さん……」
「え?どういう事。大翔が二人いる?!」
二人の声を無視して大翔がゆっくりと翔の横へと立ち並ぶ。
いつもと変わらない気前よく、鈴子と呼ばれる彼女と対面した。
「心配したぞ翔。お前がなかなか帰ってこないのだから」
「ごめん兄さん。ちょっとね」
「まあいいか。まずは紹介から行こうか、翔。彼女は久遠鈴子(すずこ)。春の決勝戦に戦ったチーム『レッドドラゴン』のリーダーで、久遠光の妹だ」
「え?あれ?妹!?それに大会の!?」
大翔の言葉で翔は記憶の片隅から思い出した。
決勝戦の時、翔が初めて大会で客として見たとき、向かい側で小さな少女。それが彼女、久遠鈴子。
しかし、翔が一番驚いているのは光に妹がいる事だった。
「それで鈴子。紹介するよ。俺たち『不滅の騎士』の最終兵器、八月一日翔。俺の双子の弟だ」
「え?嘘でしょう!あなたに弟がいるなんて聞いていないわよ!」
鈴子は赤面になり、さっきまでと冷たい口調が変わっていく。
その反応に翔は理解しているつもりだった。
なぜなら、自分も光に妹がいると今知ったのだからだ。
「だって話していないから知るわけないだろ?」
「そんなことがあるなら話てよ!もう!私がバカみたいじゃない……」
「まあ、でも紹介する機会がないからな。こいつ、実はずっと飛び級で海外のアメリカの大学に通ってたんだよ。今年に入ってから帰国してお前に紹介する機会がないだけだ」
「うう……っ!?」
大翔の言葉を聞くと鈴子は顔をもっと赤くなり、両手で顔を覆った。
人違いに語ったのが恥ずかしく思えたのか、翔は少し気の毒だと思えた。本当は早く打ち明ける予定だったが、自分にも頭に血が上りその余裕はなかった。
「僕の方こそごめんなさい。本当は君を騙すつもりはない。早く誤解を解くべきだったね」
「いいわよ……あなたは悪くないわ」
その恥ずかしさにようやく立ち直れたのか、鈴子は手を顔から離れ、疲れ果てた口調で言ってもう一度、翔の容貌を見つめる。
「それよりも……さっき聞き捨てならない事を耳にしたけど。あなた、あの久遠からゲームを教わっている?それにタワーとかポジションとか知らないって言ったわね。まさか、初心者?」
「はい。その通りです」
「………それと大翔。さっき、あなた『最終兵器』と言ったわよね?」
「ああ。言ったとも」
鈴木の表情はまたこわばった。
今度は翔に対してではなく、大翔へ向けて二だった。
「まさか、あなた。この初心者をあなたのチームに加えたっというの?」
「ああ!ちなみに『T.K.大会』でデビュする予定だ。俺の代表としてこいつが入る!そんなところよろしく!」
「ちょ、兄さん!恥ずかしいよそんなことを他人に言うの」
「いいじゃねえか。どうせ、そろそろばれる時期だし!」
翔は慌てて手を振るが、大翔は歯をむき出しで答える。きらんとはが一瞬光った気がする。
確かに時期と言われればそろそろチームメンバーの名前を公開する時期でもあった。公開する名前には翔の名前が大きく公開されるはず。最終リエントリーはしたため、変更する事は出来ない、なにせ、来週で大会が行われるのだから。
「と言うわけで、俺の弟の活躍をちゃんと見とけよ?なにせ、久遠光の弟子だ」
「姉さんの……弟子?」
ぽつりと、小さく言葉を漏らす鈴子。
呆気に捉えた眼差しで翔の容貌を見つめる。
「まあ、お前には関係ない話だろうが、よろしくな!」
「ふ、ふざけんないで!」
さっきまで呆気にとらわれている鈴子は大声で罵倒する。
歯をじりじりと強く嚙み、権幕で大翔をにらみつける。
第三者が居れば怒りやすい体質にも見えるだろうが、彼女は適度である怒りを放っている事に翔は理解している。
なにせ、素人を試合に出したからだ。
「初心者を大会に出させるわけ?あなた何考えているのよ?」
この会話は前にも耳にした事があるからだ。
「いや、俺は本気。それにこれは決定次公だ。俺はこの弟を勝利に導かせる」
「そこまで弟を庇護するつもりなわけ?チームのみんなは!?あなたに賛成したというの」
「ああ。弟を守るのも俺の仕事だ。それとチームのみんなも俺の事を賛成した」
「なっつ!?」
大翔の言葉を耳にすると、歯をもっと食いしばる鈴子。
しかし、会話の内容は若干異なっているが、嘘偽りは放ってはない。
大翔が翔を導く、とチームに入部する前からの言葉。庇護するのは最初からの事だった。
自分でもそう理解している。
「それがなにか?そもそも、この事はお前たちには関係ない話じゃないのか?『T.K.大会』お前たちは参加していないはず」
「っ!大ありよ!」
「どんな?」
ふん、と鈴子は鼻を鳴らし、小さい身体で背筋を伸ばし、腕を組む。
「あなたの初戦で対戦する『GaGa』チームに移動したから、初戦はあんたたちをぶっ倒してやる!」
「そうかい。やけにオタクのチームは大人しいなーと思ったらそういう事をしていたわけか」
「驚いていないの?私はチームを移動したのよ?」
「こう見えても驚いている。でも、よくある話しだろ?チームを移動事なんて」
大翔は目を伏せる、頭をかき回す。
ゲーム業界に何年間も経験ある彼からしてみれば、チームを移動するのは珍しいものではない。プロ野球と違い、年収や契約で縛られている物ではない。チーム構成はただ個人とチームが結ぶものが多かった。
強いていえば、サークル活動なようなものであった。
「あ、そう。新人チームだからと言って、舐めていたあなたの敗北ね」
「それはそれは、忠告ありがとう。で、なんでわざわざ移動した?前のチームと喧嘩か?」
「いや、みんなとは問題なく仲はいいけど?」
「じゃあなんだよ?」
「言わなければわからないの?」
鈴子は、ハア、と息を吐くと、今度は真っ直ぐな瞳で大翔を覗き込む。
「あの女に勝つためよ!」
宣戦布告、それが鈴子の意思であった。
決勝戦で行った大会へのリベンジマッチ。彼女はそう望んでいるのだ。
翔はこの場面を大きく呼吸をし、落ち着かせる事にした。
自分はあの強力な相手と戦わなければいけないのだろうか?
「そうか。やっぱり、お前も同じなんだな、俺たちと」
しかし、大翔はそんなことを考えている翔を気にする事なく、ニヤと笑う。
「なによ?」
「いいや。ただ、お前もゲームが好きなんだなーって」
「バカにしないで。あんた達と一緒にしないで。ゲームは遊びじゃないの!私は本気で取り掛かっているの!」
「ああ。その通りだ。ゲームは遊びじゃない。この事は俺たちもよく知っている」
ニヤニヤしている大翔はいつの間にか、鈴子と立場を逆転する。
先ほどまで鈴子が押していたのに、なぜか大翔が有利に立っているように見えた。
「一応言っておくが、翔が初心者だと思っていると痛い目に遭うぞ?」
「なっ!?」
「まあ、こいつは初心者だが才能はある。言ったろ?久遠の弟子って、それにいまは久遠のお気に入りなんだぞ?」
「あの女!私には何もしてくれないくせに!」
唇先を噛み、翔ににらみ付ける。
視線に圧倒され翔は思わず一歩引いた。
「こいつが!?光の?あの女何考えているのよ!?」
「あの女とは失礼なことを言うわね。姉が傷付くと思わないのかしら?」
またも翔からもう一つ馴染みのある声が響く。
声主は翔の隣へとゆっくりと歩んでくる。
「光さん……」
「私の弟子をよくもいじめたわね?まあ、妹でも許さないわよ?」
「出たわね、根暗女!」
久遠光、副リーダーの登場。
そのぼさぼさの髪と熊の下を持った残念美少女は退屈そうな表情でこの場への乱入。
「根暗か。まああ、いいか。実際にそうでもあるし。それよりも、久しぶりよね。こうやってまた話すなんて」
「ええ。久しぶりよね。あなたがチームを抜けてから」
「え?」
二人の会話で意外な単語に翔は外さなかった。
チームを抜けてから、その言葉が耳に残る。
「まあね。何年になるんだろうね。まあ、一年前の話ね」
「こっちはおかげ様で苦労したわよ。あなたが抜けた所為でその穴を必死に埋めるために」
「よく駆け上ったとでも言いたいわ。頑張ったわね」
「っ!いつもいつもそう!あなたは人の上からそうやって見下して!」
「………そう捉えて結構よ。私は、今もこうしているから」
光が言葉を終わらせると、鈴子は歯を食いしばると人差し指で光に指を立てる。
「お父さんは悲しんでいたわよ。あなたが家から出たこと!恥だと思っていないの!」
「……恥ね。ないわ」
「なら決着をつけましょう!この大会、もし私が勝ったら、もう『不滅の騎士』から降りなさい!」
「いいわよ?」
「なっ!?」
光はそんな賭けにたやすくも受けた。何も一滴も迷う事をなく、彼女は受けてたった。
それに少し驚いたのか、鈴子も一歩引くが、ゴホンと咳払いで誤魔化す。
「絶対に勝ってみせるわ!」
もう一度、告げ終わると、ふん、と早く後ろに振りまわる。
鈴子のツインテールが数センチ、翔の前を通り、そのまま駅の方面へと歩き出す。
嵐のように、登場し消えていく少女。
一体彼女は誰なんだろうと、翔が疑問を浮かばせていると、
「イタイ!イタイ!へ……ヘッドロックはやめて!久遠さん!」
「こうなったらよりもっと特訓しないと、あの女に負けたら、私はこのチームから抜けるのよ?」
ぼよん、と何か柔らかい水風船のようなものが翔の首元に占める。
正体は言わずとも、それは光の胸だった。
「や、やめてください!む、胸も当たっています!」
「……この生意気な弟子ね」
「あ……あ…」
しかし、光はその忠告に耳を聞かず、強く締め上げられた。
このままでは息が切れそうと、思った時。
「そこまでにしておけよ。俺の弟の脳みそがぶっ飛ぶ」
「……それもそうね」
大翔の忠告を聞き入れたのか、光は素直に翔を解放した。
いつもの御なじみの技、何度もやられたとは言え、痛いのは痛いものだと理解しているものだ。
もう一度首元をこりこりと回す、異常はないとわかった。
首や異常を確認しているときに、大翔が口を開いた。
「でも、よかったのか?」
「なにが?」
「その賭けに受けた事?」
「さあ、いいんじゃないのかな?これは私があの子にやれる事だから……」
なぜか、光は鈴子が通った道を目で追ってみる。
どこか通く、なにかを冷たくてどこか消えそうな瞳で見つめていた
「光?」
「翔。あの子の事は気にしなくていいわよ。これは私たちの問題だから……」
「でも……」
「いいのよ。私が悪いだから。彼女は間違っていないよ。そう、全て私が悪いのよ」
言い終わると彼女は駅から目線を外して。脚を動き出しマンションへと向かっていく。
彼女たちに何が起きたのか、どうしてそうなったのだろうか、この場面で知る事はない。
しかし、その遠く悲しく、寂しそうな駅を見送る光は翔の心残り残った。
一体、鈴子と光の関係はどのような者なんだろうか、
内心そう呟きながら、背中姿の光を見送る。
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