第7話 合宿だ

 ゴールドデンウイークの初日。午前十時を回った頃の出来事。春風は消えて、太陽が暖かく感じる季節の割れ目に、翔達は合宿を目指す。

 そこは山手線で数分かけて『秋葉原駅』に降りるメンバーたち。翔はつくば線に乗り換えると思いきや、そのまま改札口を出て電気街へと向かっていく。

 翔は驚きを隠せず、大翔たちの後ろについていく。

 歩いて5分も経たないうちに、ある場所の前に立つ。

「着いたぞ」

「え……ここなの?」

「ああ」

 身軽な光以外の『不滅の騎士』メンバー全員は自分の荷物を背負いながら、合宿場所に着いたのだが、そこは異例な場所だ。

「ここ、秋葉原の高級マンションですよ!?」

 そこ合宿らしくもない高級マンションの前に翔たちは立っていたのだ。

 大翔たちはそのことに抵抗感がなく、驚きを一つ見せず、いつも通りに接していた。

「ここ……誰のマンションなのここ?」

「私よ?」

「久遠さんの?」

「ええ。まあ18階だけが私の所有権」

 光は肩をすくめてやれやれと応える。その横に絵里子は「すごい場所だね」と微笑みながら答えている。

 この物件はどれほどの価値があるのだろうか、千代田区にる物件は安くても3000万円以上になるだろうし、この高級マンションに一階丸ごと購入するのであれば億単位になるのだろう。

「そういえばお前、知らなかったけ?」

「だって兄さんも教えてくれないじゃん。ここが合宿場所なんて……」

「いや。その話じゃない。久遠のことだよ」

「久遠さんの?」

 大翔の言葉に首を傾ける翔。

 実に言うとこの『不滅の騎士』に入団したのはこの一週間前で部員達のことを良く知らない事が多い。性格は代々把握したところ。だけど、家柄や背景まではわからない。

 詮索もすることは失礼だと思ったので、翔は知らなかった。

 久遠のことだって、彼女の背景を知らずでいた。

 まさか、彼女が富豪の家育ちだなんて。

 そんな驚いた顔をしていると、大翔はニヤリと笑い、そのまま秘密を暴露しようと、口を開いた。

「あー聞いて驚けよ、光は……」

「私から言うべきでしょ?それ」

「おっと、失礼」

「私……Omexの取締役の娘よ?」

「……へ?」

「聞いたことない?久遠正田(まさだ)」

「………あ」

 その名前は聞いたことがある。いや、このメンバーであれば誰でも知っている名前だった。

 Omex、ゲーム制作会社。日本企業でありながら、長年の履歴を持ちいまでは海外にも活動している大手企業。様々なゲームを作成しゲーム業界を一旗をあげている。作成しているゲーム分野は問わず、RPG,シミュレーション、アドベンジャー。そして世界で人気を誇るG.O.Fを開発した大手企業だ。

 そんな有名人の娘がこんな身近に居るとは思わなかったのだ。

「翔くん?顔が真っ青になったよ?」

「あんたの顔がきもいからじゃないの?彰人」

「完全に久遠のせいだろ?」

「朝から見っともないですよ。二人とも」

「ガハハ。いいじゃないか圭太。初めて知った時の俺たちなんてそうだったじゃないか。しかし、ここに来るといつも賑やかにになる場所だな!」

「陸、あなたもこの二人を止めてください。これじゃあ話が進みませんよ」

 血の気の引いた顔をしている翔は取り残され。部員達は会話を繰り広げて行く。

 その意識を取り戻したのは、マネージャーの言葉。

「ねえ、みんな」

「どうしたの?絵里子」

「そろそろ入らない。なんか、ここに立っていると痛い人間に見えて恥ずかしいよ」

「…………」

 さりげないその事実を押しつけられた『不滅の騎士』は沈黙に入った。絵里子の言う通り周囲の人々はこちらを見ている。このまま騒いでいたら近所迷惑になりかねない。

 幸い朝の十時の朝であるため人が少なかった。こんな『オタクの街』で熱狂のファンあるいはライバルチームに遭遇しないのは幸運だった。

 万一遭遇してしまったら待ち伏せされるのだろう。面倒事はあとあと出て来るような事件は避けられたとだれもが思う。


***


「……」

「あ、あ、あああ」

「終りね」

「……また負けた」

 魂が身体から抜けたように、翔はモニターの前にガクと頭を伏せる。

 画面内では大きな文字「YOU LOSE」とデカデカと表示される。

 敗北したのは自分のネクサスが敵陣に壊されたからだ。

「どうしたものかねえ……」

「あーひでえなーこりゃ」

 チーム副リーダーとリーダーはそのモニターを覗き込むと苦虫を噛んでいるような音を発する。試合結果はあまりにも悲惨過ぎるからだ。

「0キルはないよ。翔君…」

 続いて彰人も苦情を訴える。

 つまり、このゲームでは翔は誰も倒せてなかったのだ。

 最初のプログラミングは翔の育成プログラム。

 翔のプレイスタイルを確認するために、このゲーミング部屋で翔を体感プレイさせてみた。結果が悲惨過ぎるのだ。

 なんと0キル15デス、他チームの英雄を一人も倒すことが出来ず、15回も倒されたのだ。

「最新世代のパソコンでも負けるの?バカなの?死ぬの?」

「すいません……」

 頭をペコペコ下げる翔。

 このパソコンは最新世代のパソコンだ。グラフィックカードやCPUを搭載している。ゲーマーが欲しがるパソコンでも合った。

 ちなみにそれは一台だけでは無い。部員分パソコンはあったのだ。いわばここはゲーミングルームだ。

 このゲーミングルームはパソコンだけが取り柄だけではない。この部屋には窓がある。外はこの東京23区の風景が見られる、絶景なのだ。

 高級感を感じているゲーミングルームであった。

「対人はまだ早すぎます。まずはA.I.と対戦するのが基本です。A.I.と対戦して見ますか?」

 そんな悲惨な結果を助け舟を出す圭太。妥当の提案も述べる。

 基本的には初心者はまずは対人ではなくソロプレイヤーで対でA.I.で練習する。翔もその案には妥当べきな判断だと思っているが、

「……すみません。僕は対人でうまくなりたいのです」

 翔はそれを拒んだ。ゆっくりと顔上げて右に居る圭太を見つめ返す。

 そのA.I.には抵抗感がある。どうしても、A.I.になると、翔は拒む傾向であった。

 実はこの現象は初め初めてでは無い。部室にいた時も、彼は対人戦から始まった。

 A.I.と対戦するのは避けてきたのだ。

「ソロプレイヤーをするとこれ以上うまくなりるかも知れないのですよ。それでもですか?」

「……はい」

 素朴に返事をする。

 圭太は一瞬黙り込み、彼の目つきをじっと覗かせる。

「……わかりました。それ以上の理由は問いません」

 そんな真剣の眼差しに、圭太は引いたのだ。

「よし!一旦会議に入ろう!」

 パンと、大翔が手を叩き注目を浴びる。

 さっきの空気の流れを変えようとしたのだ。

「会議?翔君のこと?」

「ああ!もちろんそうだとも!」

 彰人は「へいへい」と簡単な返事をし、腕を組み大翔に注目する。

 隣に眠っている陸を起こす気配なくそのまま寝かせているまま会議は始まる。

 大翔以外全員は自然に席に着いた。

「まずは……翔のポジションについて話たいと思う」

「ゲームプレイじゃなくて?ポジションをですか?」

「そうだ!副リーダー。意見を聞かせてくれないか?」

「私に振るのやめてくれない?」

「そこをなんとか!圭太にわかるように」

 はあ、と辛辣な声をしつつ横目で翔を一瞬だけ見つめる。

「まずは違うポジションをやって見たら?初心者で『タンク』を勧められているけどどうやらあなたはまだその役割を生かし切れていない。それに違う英雄をやってみるのもありだと思うわよ」

「あー確かに…」

 無意識に頷く翔。

 この一週間、翔は初心者向けの英雄と言われている『猛烈パンダ』だけをやっていたが全く成果を得ることが出来ていない。

 最初はその英雄の特徴に慣れていないと思い気や、これまで成長の意図が見られていない。タンクは自分に取って向いていないかも知れない。

 サポートやアタッカーをプレイした事がないため、まだ自分に合った英雄を見つけていないかも知れない。

 初心者に取って一番大事なのはゲームを慣れる事でありゲームを上手く成る事ではない。MOBAゲーに置いては自分に似合う英雄を探し、コツを掴み、巧くなるまで操作をする。そのあとは横展開していくのが作法だった。

 この作法はMOBAゲーだけではなく、一般のeSport業界が使う作法だった。珍しいものでもない。

「私的には違う英雄をプレイして欲しいけど、あなたがやってみたい英雄はある?」

「そうですね……」

 考え込む。

 自分がやってみたい英雄はなんだろうか、サポートなのかアタッカーなのか。するとも違うタンクなのか。

 立ち位置が分からない自分には死にやすいサポートは選択から外れていく、とは言っても同じタンクもプレイする事はない。

 残る選択肢は一つになった。

(……兄さんみたいになりたい……)

 残る答えは一つだけ、

「僕がやってみたいのは……『光の神ルー』です」

 憧れている背中を追うだった。

「あなた……その英雄の特徴を知っているの?」

「ある程度は……」

「無理よ。自殺行為よ?反吐が出るほどつらいわよ?」

  恐る恐ると翔はうなずく。

 『光の神ルー』は初心者向けの英雄ではない。操作するのは困難な英雄。理由としては、攻撃力が高く、攻撃速度も速いが脆い英雄。諸刃の剣と呼ばれている英雄。ゲームスピードに慣れていないと絶対に出来ない英雄と知られている。

 以下にもゲームの流れの展開を上手く掴めるのがか、きもになる英雄だった。

 この盤面は攻撃に転ずるのか、あるいは逃げに転ずるのか、よくゲームの流れを読まないと戦犯になる英雄だ。

「……わかっていますよ」

 初心者の翔に上手く操作出来るはずがない、と自分自身もわかっている。

 ……それでもやってみたい。

「兄さんが使っている英雄を使ってみたい。ただ、それだけです」

 大翔が立っている場所に自分も立ってみたい。

 尊敬している兄の背中を追い越したい。

 翔の願いはそれだけだった。

 そんな願いを聞いた光は感心したのか次に吐いた言葉は重く放たれた。

「……ブラコンめ。でもまあいいかも」

「どういう意味ですか……ってブラコンじゃないです」

「わかったわ。もし、あなたがそう願うのであればこの合宿『光の神ルー』をやって見ればいいんじゃない?私が教えてあげるわ。その英雄の使い方をね」

「あ…はい」

 その毒舌の後から来るのはいつもの励ましの言葉。

 飴と鞭。それが翔の知っている光と言う人物の象徴であった。

「よし。話が決まったところでこの件は副リーダーの久遠に任せる!」

「え?兄さんは教えないの」

「あー。俺こういうの駄目なんだ。お前だって知っているだろう?」

「あ」

 大翔は頭をポリポリ掻き、照れ隠すように答えた。

 その様子で翔は大翔の性格を思い出す。感覚で物事を覚える人。それを伝えるのが下手な人間である。そのため、翔は何一つ理解できなかったのだ。

 昔に翔は大翔からキャッチボールの投げ方を教わった経験がある。『こう握ってこう投げる』『違う。違う。もっと大きく』『これでこれがこう』『元気玉を投げるように『はあ』みたいな』

 結局はキャッチボールをできない1日だった。

「そうですね。大翔は教え方は出来ないものですね」

「うん。教え方下手なんだよな」

「がはは、お前に何か教えるのは無理だ」

「お前らうっせえぞ!人には長所と短所があるんだ。教えるは俺の苦手分野なんだよ」

 みんなが揶揄すしていると、大翔はごほん、と咳払いをし、空気を取り戻す。

「それに俺が『光の神ルー』の使い方を教えたのは久遠だ。だから、久遠は俺の師匠であるのさ」

「え!?」

 翔ははっとなって、光の方に目を向ける。

「まあ、あんたはすぐに慣れたからそこまで何も教えていないけどね」

 肩をすくめ、生反で答える光。

 当時のことを何も覚えていないようにあるいはどうでもよいような様子だった。

 教えた時には苦労をしていなかったことが伝わる。

「じゃあ、今後のスケジュールなんだが!これから話し合う!なお、元メンバーは合宿前にも言った通り役割、ポジションを変えてもらうからな?覚悟して置けよ」

 大翔の声の合図に合宿のスケジュールの会議を始める。

 若干プログラムの変更がある。翔が勝利を獲得できるように個別レッスンが行われる。だが、スケジュールに大きく変更することはない。

 『不滅の騎士』は今日も勝利に向けて、今日の1日を励むのであった。

 

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