第6話 家族会議
放課後、時が流れ太陽は完全に沈み、夜空に空が輝く春の日。八月一日家は相変わらずの騒動が繰り広がっている。
「妹パンチーーーー!」
「ぐえ!?」
クリティカルヒット!と文字が出てきそうな衝撃が大翔のみぞおちを襲った。犯人は変質者でも見知らぬ犯行者でもなく、身内のこの家での最年少。八月一日梨奈(りな)、翔と大翔の妹。
ショートボブで茶色の髪型を揺らし、小柄で成長期の時期を迎えている年頃の少女。胸も言わずとも小さめであり本人もそれを悩んでいる短所。だが、そんな小さな体でも一撃のパンチは重かった。
梨奈は空手部所属、彼女の放った一撃は決して軽くはない。
みぞうちされた大翔は床に這いずる。
その光景をあわあわと見つめ、どう止めていいのか悩んでいる翔。リビングの真ん中で寝転がっている大翔を抑えべきか、あるいは怒りをマグマのように噴出している妹の梨奈を止めるべきか。
出来事はこうだった。夕食を済んだ三人は家族にゴールデンウィークの予定を伝える。まさに明日で行う合宿のことだった。この事を始めて聞いた話に梨奈が怒り出した。
「……ちょ……別に……翔を変な場所に連れていかないさ」
「ふん。大翔兄の言葉に信用出来るわけがないでしょう!翔兄は絶対に行かせない!」
「ま…まあ。話を聞こうな?我が可愛い妹よ」
さっそく回復した大翔はよろよろと立ちあがり。一泊の呼吸をする。
……本当に痛そうだ。
「俺は翔を強くするために連れていくんだ。あいつを危険にさらさないって約束する」
「ふん!信じられないわよ!」
「兄を信じろよ!家族だろうが」
「この前……私の分のいちごショートケーキを食べないと言って食べたのは誰?」
「…………翔、お前そんなひどいことをする人間だったのか」
「「あんた(兄さん)だよ!!」」
あ、声がハモッタ。
声を無意識に放った翔。濡れ偽を載せられるのは趣味じゃない。
「あれは高級品のものなのよ!フランスのパティシエが最近開いた店なんだよ!一個1000円以上もするんだよ!一日に30個限定な貴重なものなんだよ!」
「わかった!わかった!あとで買って返すから!」
「………本当に?」
「ああ!コンビニにある500円ショートケーキでいいか?」
ズドン!
ゲフ、と大翔はまた音を上げると同時に、クリティカルヒット!パーフェクト!と文字が出てきそうでさっきよりも大きな衝撃がみぞおちに入る。梨奈は一撃目より強い衝撃を放った。
さすがにこの衝撃を与えられた大翔はすぐには起き上がらない。ピクピクと、痙攣をし動きが止まる。
「絶対に行かせない!下の兄は絶対に行かせないからね!」
ふん!と鼻を鳴らし眉の端を上げてその痙攣している大翔を睨め付く。
ここで、翔は一つ気が付く。さっきからずっと気になっていたものだった。
それは、
「ねえ。梨奈。どうして、僕を行かせたないの?」
自分を行かせたくないことだった。
会話の初めから最後までにその内容の主役はそれだった。ずっと、心の中で支えっていたものだった。
問いを聞いた、梨奈の表情は暗み。怒りの勢いを失った。炎に水を与えられたように冷静になっていく梨奈だった。
「……また翔兄があの時になる」
「あの時?」
「アメリカから帰って来た翔兄は部屋から出なくて。誰とも話さなくて。何やっているのか、何考えているのかわからない。壊れていく翔兄は見たくない」
「梨奈……」
「翔兄が死んだ顔はもう見たくない」
「……」
梨奈は自分のことを心配していた。ただ、それだけだった。
翔はあの時の自分を振り返ってみる。一言で集約したら『クズ』だ。本当に何もしていない自分がそこに居る。部屋に閉じこもり、何も出来ず、息だけをしている生物。暇つぶしに受領した依頼、プログラミングをカタカタと叩いていた。
生きているに生きていない。絶望の闇にのまれ、ダメな人間だった。心の傷から回復することができず、倒れたままで起き上がることはできなかった。
しかし、今はあの時と違う。
「大丈夫だよ。梨奈」
翔は優しく笑み、そして右手を優しく梨奈の頭を撫でる。
「たしかに僕は倒れたかも知れない。でも、兄さんと仲間たちに救われたんだ」
大翔、光それと『不滅の騎士』のおかげでなんとかその傷を乗り越えることができた。
あの時は失敗したかも知れないでも今回は違う。
「僕はね、強くなりに行くんだ。前のように倒れるんじゃなくて。必ず、帰ってくるから」
……強くなりたい。
それが翔の渇望。
止まることはない、前に進むしかない。だから、この合宿に行くんだ。
「……わかった。行ってもいいよ。でも必ず帰ってきてね?約束よ」
「うん。約束する」
もう一度頭を撫でてから手を離す。
「指切りしようか」
「うん!」
「「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のます。指切った」」
指切りをする。これで約束成立の合図を告げる翔。
暗く表情をしていた梨奈もすこしずつ笑顔になる。花が咲いたように万弁の笑みになった。
すると次に梨奈は口を開いた。
「ねえ翔兄」
「ん?どうしたの梨奈?」
「帰ってきたら結婚しよう」
「………その言葉誰から教わったの?」
「え?翔兄は『シスコン』でこういうの好きだからって大翔兄から聞いたんだけど?違うの?」
変なことを植え付けるな、と翔はツッコミたかったが、あえて違う方法の復讐をしようと。
「……よし、梨奈。もう一度大翔に殴っていいよ。僕が許可する」
「よーし行くよ―――!」
「ちょま。さっき立ち上がったばかりなんだからもう一度やられると今度は立ちあがれない!」
アーッ!と悲鳴は八月一日家に響きわたり、どうしようもない近所迷惑になり果てた。
……自業自得だよ、兄さん。変なことを梨奈に植え付けない欲しい。
翔は静かにその場から去ることにした。背後に痙攣している尊敬の兄に振り向くことなく。
**************
「こんなものかな?薬も用意したし充分かな」
夜中の十時を回った頃だった。翔は自分の部屋で明日の支度をしていた。リュックバックを見つめて呟いた。
明日からは一週間の合宿。着替えや荷持を揃っていかないとあとで大変なことになる。どこに行くかは聞かされていない。最悪な事態に備えた荷物だ。
夕飯の後にある程度の合宿のことを大翔から聞いた。もし、プログラムの変更がなければ以下になる。
まずは、7時に起床して外出の準備をする。8時頃には1時間の軽くランニング。ランニングが終わったら朝食&休憩。そして、午前のG.O.Fの練習をする。昼になると一旦休憩をして昼食1時間に入る。昼食の後は会議、午前でやったプレイの振振り返り、失敗を振り返す。話し合いでどう改善していくかを決める。そのあとは午後のG.O.Fの練習になる。終われば夕方になり夕飯になる。夕食が終われば軽く一時間の運動。そして、またG.O.Fの練習。寝る前にはまた会議、午後と夜のプレイの振り替え。終わる時間帯は大体0時を回るか回らないかだと。
予定に変更がなければ、翔はそのプログラムに参加するだろ。素人でも容赦はない。このプログラムは決まったものだ。
「……さて、明日に向けて寝ますか」
遠足前日の夜なように少しテンションが上がる。これで眠れなかったらある意味滑稽になるだろうと、考えているとベッドの頭から振動を感じる。
ピロピロピロ、とベッドの上に置いてあるスマホが鳴り響く。
「この時間に誰だろう?」
決して遅い時間ではないが、かけられて来る心当たりがない。
表示されている名前を見ると、『久遠光』になっていた。
そのスマホを取り電話に出る翔。
「お電話ありがとうございます。こんばんは。久遠さん?」
『堅苦しい挨拶だわね』
「も、申し訳ない、実は電話対応が苦手で……」
『はあ、クラスメイトなのだから苗字じゃなくて名前で呼びなさい』
「え?でも、チームの人はみんな久遠さんの事を苗字で呼んでいない?」
『…………些細なことを気にするとゲーム上手くならないわよ?』
「なぜ、最初のところで無言になったのでしょう?」
『まあ、弟子と師匠の関係で捉えればいいでしょう?二人でいるときだけはそう呼びなさい』
「は、はあ」
『この鈍感のやつ』
「何か言いましたか?」
『いいや。何もないわ』
首を少し傾ける翔。
何か電話先から聞こえたようだったが小さすぎて聞こえなかった。
聞いても答えてくれる要素がないため、次な話題を繰り広げる。
「それで光さんはこんな夜分遅くに何か用かな?」
『ああ。話が脱線していったわね。明日の準備はできたの?』
「はい。兄さんの助言で色々と準備出来ました」
『それを聞いて安心したわ。それでパソコンを持っていくの?』
「それは重過ぎてパスです。キーボードとマウスは準備しておきましたが」
『賢明の判断ね。それはこちらが用意するわ。部活の感覚でいいわよ』
eSports選手に取って命と言われているものは、パソコン。機能が遅ければ快適で全量の能力を発揮することはできない。現代のゲームはパソコンの機能を要求される。G.O.Fもそうだった。現代ゲーム要求機能の標準あたりであった。
それ以外にはeSport選手の手足である、キーボードとマウス。現代に於ける言葉だとゲーミングキーボードとキーボードマウス。一般のキーボートとマウスと異なっている。
ゲーミングキーボードはメタリックキーボードが有名である。一般のキーボードと異なっている部分は反応速度の優れ、キーの配置設定、打鍵感などある。
ゲーミングマウスは同じく反応速度の優れ、重さがある。マウスの場合は反応速度と正確さが命である。ゲームへの影響力が一番高いものだ。初心者はまずマウスから購入することが多い。
しかし、ゲーミングマウスやゲーミングキーボードは多種多彩ある。
万人に合う装備はないため、各人は自分があったゲーミングマウスやゲーミングキーボードを使う。
例で言えば、キーボードの打鍵感、マウスの重さ、マウスの掴む感触、マウスの速度。
自分に合った装備があるため。大会では各選手は自分用のゲーミングマウスとゲーミングキーボードを使用する。
合宿も例外ではない、翔の一番合うキーボードとマウスを持っていくつもりだった。重量的に見ても精々2キロ前後になる。パソコンと違って手持ちは可能な設備だ。
「あと、ここからは質問なんですけど」
『ん?なに?』
「合宿場所はどこですか?兄さんからは何も伝えてくれませんでした。なんだか『明日になればわかる』って言われて」
伝え忘れではない。翔が知らせていない情報であった。
あの時になぜ、と聞いてみたかったが自然に口が閉じてしまった。
電話先の人に少し期待を寄せながらも聞く。
だが、そうはならなかった。
『大翔が伝えなければ私から伝えることはないね』
「えー」
『場所を伝えても、どうせわかりはしないでしょう?』
「まあ。そうですけど……」
言われて見ればそうだった。
光の言う通り聞いても意味はないことなんだろう。
どこかのホテルになるのか、あるいは誰かの家で集合するのか。
そんなことはどうでもいい話なんだと、気が付く。
『と言うわけでこれは明日のお楽しみに……』
「意地悪ですね」
『冒険気分でいいじゃない?』
「まあ……そうですね」
クスクスと電話先から聞こえるような悪魔の笑え声が響く。
本当に大人げない人だなーと内心に呟き、沈黙に落ちた。
『じゃあ、明日は9時に駅前集合ね。あのリーダーの面倒は弟が見るのよ?』
「了解です。時間通りに行きます」
『なら、私からは以上よ。お休みなさい。また明日ね』
「はい。お休みなさい。また明日」
お休み、久しぶりに家族以外の人に語った言葉。
こうして考えてみると絵里子にも放った事はなかった。いつもは『また明日』が多かった。寝る直前までに会話に分かれを言うことがない。
他人にこうも『お休み』を言うのはなんだか、恋人みたいな気がした。
(……何バカなことを考えているのだろう)
自分が考えていることが下らないと思いつつ翔は会話を切った。
明日へ向けて睡眠を取らないと行けないと言い聞かせて。
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