第4話 プロゲーマーの日常

「えっと、力学の中心であるのがニュートンの運動の3法則。いいかね、力は物体を動かす能力を持ったベクトル量である」

 暖かい日光が窓から優しく射しこみ、教室の退屈さを追い払うようであった。

 時期は春だが桜がすでに散った頃の5月のとある日。よりもっと詳しく説明するとゴールデンウィークの前日だった。

 その連休の前日であるためなのか、ほとんどの生徒は男性教師の木村教師の授業に全く集中していない。

 翔がこの和田高校二年C組に転入してきたのは一週間前。

 彼が周りを観察して見た結論、ここの生徒はあまり勉強熱心ではない。勉強に集中を持っていない生徒が多い。試験でいい成績を出している生徒は多い。

 どうやら勉強ができる生徒たちが大半なんだろう。たとえば、予備校に通ったりとかする。あるいは自習することができる生徒。するとも学外で勉強会を開く生徒たちっとか。

 どれも素晴らしい勉強会ではあるが、一応先生が授業を教えているから、ちゃんとしようよ。

 と、翔は教授の話を聞きながらがノートをとる。

 とは言え、翔は勉強する必要性はなかった。

 なぜならば、彼は飛び級している。授業の内容を全て把握していた。

 だが、勉強熱心の彼はう一度復習することにしようかと考えている。

 そんなあまり意味がないことを考えると右の席に座っている絵里子を振り向いて見る。

 絵里子は表情を硬くし、教室の前の黒板を見ている。どうやら、勉強しているのだろう。さすがは優等生。

 昔から変わらない天然さと真面目な幼馴染。翔がアメリカの大学に留学する前にもこんな風に熱心に授業を受けていた姿を思い出す。

(……懐かしいな)

 なんだか昔のことを思い出す。中学生の時はみんなで授業を受けていた。一緒にこうして同じ教室で勉強するのは二年ぶりだ。

 次に翔は前の席の生徒を観察することにした。そこに自分の双子の兄、大翔が座っていた。

(……真面目にノートをとっている?)

 大翔は頭を机の方へ目線を集中していた。

 目は閉じておらず、手を動かさずに机のノートに目線を向けている。

 以外だった。翔が知る限り、大翔は頭いいが勉強嫌いな人間だ。中学時代、試験のテストは一晩漬な性格。いつも泣き寝ながら勉強する。だが、頭の回転の速さ出るため、試験結果はいつも平均並みの成績を取っている。

 偏見になるけど、いつものペースで勉強していて同じ成績を出す生徒が可哀そうにも感じる。

(……ん?)

 何かが違う。あれは本当に勉強しているのか?

 翔は顔を覗かせてみると、大翔の右耳にイヤホンをつけている。

 勉強にイヤホンをつける必要性はあるのだろうか?

 無論そんなものは必要ない。

 ……なら、なぜだ。

 目線を落とす、イヤホンの線本をどこに繋いでいくかを探してみると。そこはノートの上にある手のひらサイズより少し大きい四角い物体とつながっていた。電子機であるもの、端末へとつないでいた。

 動画は見ているようだが、何を見ているのかよく見えなかった。音もイヤホンから漏れていないため、何を見ているのか判断出来なかった。

 疑問をよそに、翔は前へと顔を伸ばす。やっと、端末の画面が見えた。その中で動いているのはゲーム画面。英雄『光の神ルー』の姿があり。ミニオンや違う英雄の姿がそこにあった。

 ……試合動画だった。

 いつ、だれ、どこの場面まではわからないがきっと大翔の試合のどれかのだろう。

 大翔は試合が終わると、その試合の録画を見返すことが多かった。E-Sport選手であれば誰もすることだ。自分のミスや正しい判断、あるいはチームの立ち位置を見て分析する。ようするに試合の分析だった。

 しかし、

(……兄さん、勉強に集中しようね)

 翔としては大翔を勉強に集中してほしい、なぜなら最終的に試験前で勉強を教えるのは自分であるのだ。

 少し息をもらし、気分転換に左席に振りむいてみる。

 そこには、黒く艶々とした長い黒髪。手入れをしていないため美貌を台無しにする持ち主。顔立ちはよく、小さな熊がある美少女。久遠光の席だった。

 大翔と並びG.O.Fの腕は誰にも匹敵することはないと言われている天才少女。性格は毒舌でちょくちょくといじってくる、色々と面倒見のいいお姉さんみたいな人。

 彼女は教室の前を見つめている。

(……久遠さんはまじめに勉強をする人間だっけ?)

 外見から見れば勉強しているようで、なにも動じず、黒板を見詰めている。机の上には開いたノート。

 問題なく順調に勉強をしているように見えているが、

(……あれ?)

 目が開いたままで、閉じることはない。

 それと同じく、右手で握っているペンは全く動いていない。立ったままであった。

 真面目な勉強していると思いきやこれは少し違う。難しい内容を学んでいるのにノートを取らずについていけることは可能だろうか?

 キーンコーンカーンコーン

「ええと。今日の授業はここまで。質問ある人はゴールデンウィークの後にするように……」

 授業の終わりを告げるチャイムと共に木村教師のやる気がない別れを告げるとすぐに教室から去っていく。

 それに釣れて生徒たちも昼休みになったと歓声と食堂へと走り去っていくものが数人存在した。

 しかし、そんなうるさい状況でも光はさっきと同じ態度を取っている。

 ペンを握ったまま誰もいない教室の前を見つめている。

 あ、これはあかんやつ。

「翔!飯に行こうぜ!」

 疑問を思っていると前に鎮座している大翔が大声を上げると共に立ち上がり誘ってきた。

「でも、兄さん。久遠さんが……」

「ああ。おい久遠!起きろ、昼休みだ」

「…………寝てないわよ?わたしは起きているわよ?ただ、ぼおとしていただけよ?」

「これ絶対寝てたセリフだよね?!」

「いいかい?我が駄作の弟子。女に決っして聞いてはいけない事があるのよ」

「それ違うことに使うと思うよ?年齢とか!」

 覚醒するとボケを入れてくる光には一発対応する。

 久々にここまでツッコミを入れた。まさか光の得意技は目を開いたまま居眠りするってのは想定外だった。

 今後授業が終わると彼女を起こした方がいいのかな?


**************************************


「やっと終わったぜ。俺らを拘束する時間は」

「オス!俺らは解放されたのだ」

「……解放。いい響きです。はい。解放されましたね」

「ああ。いいですねー。だって、明日は……」

「「「「ゴールデンウィーク!」」」」

 ハイテンションで音を上げる『不滅の騎士』男性4人。腕を上げながら輪を作り青春の幸福を祝っていたのだ。

 蚊帳の外にされた女性組と新入部員一人はなすことなくその外から見つめている。

「何バカなことやっているの?呼吸することを忘れて脳みそでも腐ったの?」

「わーい。パチパチパチ」

「マネージャーのあなたもしっかりしなさい。このバカ共が一人でも中間テストで赤点取ったらあなたの責任にもなるのよ?」

「ええーそれは困るよ。助けてよ。光さん」

「いやだわ。そのためのマネージャー役じゃないの」

 女性組のなにか話題を繰り広げて盛り上がってきているようになっていた。

「あははっ……」

 残された翔は苦笑いで光景を見つめる。完全に取り残されたのは言わない約束にする。

 放課後、ゴールデンウィークの前日。『不滅の騎士』はこの『ゲーム対戦部』に集まった。

 昼休みの時、大翔は『チーム会議があるから放課後にここに来い』と全員にメールを送信し集まったのだが。

 状況からみるとまだまだ会議というより雑談が繰り広がられている。

「本番に入ろうか」

 ぽん、と手を叩き。部室の前にいる大翔は言葉を上げる。

 自分のパソコンの前にいる部員もそれに釣られ、目線を大翔に向ける。

 この部室では各パソコンと各席が用意されている。そして、各パソコンは最新なゲーミングパソコンと装備が整っていたのだ。

「よし!本題だ。集まっていたのは他でもなく二週間後に行われる大会の事だ」

「『K.T.大会』ですか……」

 大翔が宣告すると、眉をひそめて圭太はその名を口にする。

 圭太だけではない、元『不滅の騎士』メンバーも同じ反応をする。

 無理もない。『K.T.大会』、関東領域の選手が集まる大規模のトーナメント大会。全国より規模は小さめだが、有名なプロゲーマーチームは関東に集中しているためある意味難易度が高い大会だ。

 プロプレイヤーの偏りの領域、と言って良い大会。初戦から世界ランキング50位内のチームと対戦するのは異常な話ではない。

「そうだ!『K.T.大会』だ。みんなも知っているプロプレイヤー集団が集まる大会だ。だけど、喜べ! 初戦の相手は新人チームの『GaGa』だ。まだ経歴もないチーム。油断は禁物だが、先月みたいな大会にはならないだろう!」

 大翔が解説をすると、部屋の電気が消える。すると同時にプロジェクターから大翔の横に映像を映し出された。トーナメント表だった。

「今年は16チームが参加されるようだ。ようするに3回の対戦で優勝だな」

「去年より増えたねえ。少し規模が大きくなったかい?たしか去年は10チームしか参加していない」

「その通りだ!彰人。G.O.F大会もどんどん大きくなっているのが分かる。eSportを広がしているOmexに感謝しないとな。もちろん久遠、おまえにもな!」

 Omex、その単語が出てくると光が眉をひそめる。隣にいる翔にもその冷酷の表情が伝わってきている。

 理由はこの部員、新入部員以外(翔と絵里子)は全員も知っている。しかし、その原因であるものはい教えられなかった。

 うすうすと、二つの間に関係性はあると翔もそう分かっていたがいまはこのままして置こう。沈黙も悪いことではないと。

「その話はいいでしょう?そろそろ本題に入りなさい」

「そうだったなー」

 ポリポリ、頭を掻き。話題を切り直す大翔。

「じゃあ、大会の話に戻そう。大会はいつも通りの5人、チーム対戦。ここら辺のルールは共通。だが、俺たちがずっと空席にしていた『予備選手』のことだが今回はその席が埋まり、そしてみんなにもその枠を把握して欲しい」

「あー」

 『予備選手』、Reverse Player。スポーツでも同じくチームで競技があるものには欠かせないものだった。万が一にチームのメンバーが止む得ず大会に出場出来なかった場合に予備選手が選手の代行として競技をする。

 とはいえ、予備選手は必須ではない。eSport業界に置いては競技はパソコン前に対戦することだ。スポーツと違って競技中に怪我が起こるわけもない。それに一番の理由は『チームの相応』であった。

 例だと、AとBのが釣り合う連携をしてプレイを行う。言葉は必要なく、それより越えた次元で相手の行動を理解し支え合った。しかし、ある日Aが大怪我をして出場出来ず、予備選手であるCが代行として出場する。

 それだとBとCの相応が合わない可能性が高い。例えCがAと同じぐらいの腕を持っていても考え方や行動パターンは一致するわけではないし、相手の行動を理解していないうえで対戦するのはある意味不可能。もし、可能にする方法があればCもチーム練習を行い。チームの相応にならなくてはいけない。意思疎通の問題であった。

 多くのチームはそこまで練習時間がないことと予備選手候補が見つからないため予備選手の席を空席にしていた。もしその万一の出来事が発生した場合。その試合を退場するのが一般のやり方で知られている。

「俺は弟、翔にこの席を与えようと思う。異論はあるか?」

 沈黙。異論なしという合図。

 ここまでは部員達の想定の範囲内。一週間この『ゲーム大会部』に所属しているのならば自然に『不滅の騎士』に入団するだろう。

「よし!ここで正式にお前は『不滅の騎士』としてのメンバーだ!おめでとう!」

「あ、ありがとう……」

 ペコペコと周囲に頭を下げる翔。

 こういう場面、褒め称えられるのが苦手だった。いつもどういう反応すればいいのかわからない。なので、緊張した会釈で終わる。

「そこでだ。お前に最初の任務を与えよう」

「うん。でも、大会と関係があるの?」

「心配するな。いまから起こることは大会に関係するさ。話は最後まで聞くものだ」

「?」

 首を少し傾け、大翔の隣に映し出されているすスライドを目にする。

 スライドはそのままトーナメント表を映し出される。部員達もその話の流れを予想できないまま、大翔、チームリーダーの意見を待つ。

「翔、おまえの最初の任務はこれだ。このトーナメントの一戦目に出ろ」

「は?」「ほほー」「え?」「あれ?」「おい」

 同時に声がはもるように部員達が音をあげた。

 チームリーダーから発せられた任務が稲妻のような衝撃を与えたのだ。

「大丈夫。人数のことなら俺が抜けるから5人揃うさ!」

「いやいやいやいや。何を言ってるの家のリーダー?馬鹿なの?死ぬの?」

「そこまで慌てなくてもいいじゃないかな、彰人」

「軍師である君はなんで同情していないの?圭太!」

 圭太の騒ぎを聞き流し、冷静さを保ったままメガネをくい、と持ち上げると前の席に座っている陸に合図のように語る。

「動揺していますとも。陸もそう思っているはずですよ」

「ああ。俺だって驚いている。どう風の吹き回しだ?大翔。まさか弟だから甘やかしていると言わないだろうな」

「……チームリーダー。私はあなたのことを理解しているつもりです。なにせ、このチームの軍師ですよ?素人に大会に出させるのですか?あなたらしくないですよ?」

 圭太が問い合わせると部室の雰囲気が重く、悪くなっていく。

 絵里子だけ、会話に付いて行けず「ん?なに?どうしたのみんな?」な首を周囲に回し空気を読もうとしている。

 プロゲーマー達が驚くのは無理もない。プロなゲーマー集団に素人が加入して試合に出るのは無理がある。ワールドカップに素人が国代表として推薦されたようなものだった。実に言うとプロゲーマーじゃなくても素人のゲーマーでもわかる。

 その点を踏まえて、圭太は問い合わせる。

 本来、圭太にその問い合わせる権利がある。なにせ彼はこのチームの軍師である。すなわち、作戦を考える人だった。試合前にポジションを決めてどう攻めるか、ローテーションや立ち回り。試合の全体構成を考える人だった。百歩譲って,翔を予備選手として認めたとしても本番にはまだ早い。だから、その言葉に納得がいかなかった。

「俺らしくないか。で、翔が大会に出させない理由はなんだ?」

「あなただって知っているはずですよ。翔はまだ操作に手慣れていません。前回の結果を見たじゃないですか?あなただってひどいと思いますよね?」

「たしかに。ひどいありさまだ。コテンパにされている」

「ならどうしてですか?説明をお願いします」

 ふむ、と腕を組み。大翔は部室を見渡す。

 顔の筋肉を張り上げる翔。

 眉をひそめる圭太。

 パーマを掻き上げる彰人。 

 何も表情をすることなくまっすぐな目で見る陸。

 あわわ、とどういう状況になっているのかわからない絵里子。

 そして興味なさそうに窓の外を眺める光。

 こんな緊張感がます状況の中、大翔が説明をする。

「理由ならある。3つある。一つ目、育成だよ。現在われわれのメンバーは揃っているし固まってしまった。問題なさそうに見えるが実はここが問題なんだよ。固まってしまった俺たちのプレイスタイルは何も変わっていない。将来だと敵に『カウンター英雄』を取られると俺たちは負ける。今までやっていた対策がいつまでも通用しない可能性が高い。そこで俺は新しいメンバーが欲しいわけだ。あとお前たちもポジションローテーションされるから覚悟しろよ?」

 カウンター英雄。各英雄には長点と短点がある。その英雄の短点に攻めるのがカウンター英雄だ。

 例えば、大翔が使っている『光の神ルー』は接近戦に強い英雄。もし、相手が長距離集中にした場合。アルティメットの『ブリューナク』しか対応出来なくなる。

 あるいは『女神ダナー』の回復役。後ろ側にいるから安心なこともない。『女神ダナ―』は自分への支援サポートスキルがないため瞬殺される。しかし、正面突破ができないため後ろに回り込みができる英雄や姿を消す『ステルス』を持ったスキルの英雄を取られる。

「二つ目。これは最初の話とつながっている育成のことだ。それは翔に大会の雰囲気を知ってもらわないと行けない。いつまでもパソコンの前じゃ学べない事はある。環境やプレッシャー。一人で籠ってプレイするのと人前で披露するのは全然違うだぞ。そこは誰も教えることはできないし、本人がそこに立ってみないとわからない。お前たちもそうだろ?初めて大会出た時とプレイする時の環境全く違うだろ?」

「ええ。そうですね」

 圭太はうなずく。

 たしかに、eSportの大会は人前に披露しなければ行けない。家とネット対戦する環境は全く違う。観客のプレッシャー、パソコンの環境、雰囲気の環境。なにもかも全く違う。このことは圭太自身も身の程理解している。なにせ、彼もその場所を立ったことあるからだ。

「しかし、初戦が大会の初参加のチームだからと言って初心者に大会に行くのは無理があると思います」

「あー」

 思わず圭太の意見には賛成してしまう翔。

 確かにこの二つの理由だけではまだ不十分だ。育成だからと言って初心者に贈り込むのはありえない。一定の腕がなければこれでは大会に優勝するや初戦でさえも敗北する可能性は高い。負けたら全て終わり。弱肉強食のトーナメント大会だ。

「だからこそこの三つ目の理由。この大会負けに行こうぜ」

「な……!?」

 思わず圭太が息を詰まらせる。

 プロチームに優勝しない意味なんてものはない。なのにこの敗北宣言は絶対にプロが言ってはいけない言葉を大翔の口から吐き出てきた。

 自分の言葉に気が付いたのように頭をポリポリ掻きながら、弁解をする。

「言い方が悪かった。この大会勝たなくてもいいじゃないか、と俺は思う。『K.T.大会』は確かに大規模の大会だ。しかし、もっと大きな大会は知っているよな?お前ら?」

「全国大会ですか……」

「そうだ。それだ。もし、俺たちが『K.T.大会』で落ちても、あと一か月後に行われる全国大会には出場できる。俺はそれに専念したいと思う」

 ポツリとその名を口にされると、大翔は目的だけ伝える。

「なるほど。そういう事ですか……大筋読めてきました」

「え?どういう事?うちのリーダー何考えているの?全然わかんないけど?」

「大翔よ。詳しく言ってもらえないか?俺はこう見えても筋肉バカだからよくわからん!」

 圭太だけ納得した様子で目をひそめると残りのチームメイトは話しを置いて行かれたように呆然とする。

(……ん?まさか最初の話と関係しているのか……?)

 翔は少し疑問に思った。最初、大翔が伝えた事についてだ。

「よう!副リーダー!話聞いているか?出来れば立って、伝えて欲しいのだが!」

「……ポジションローテーションでしょ?」

 会話に無理矢理参加された、副リーダーである光は退屈そうな答えを出した。

「その通りだ」

 ポジションローテーション、一つ目の理由で大翔が語っていたもの。

「俺は翔を大会出すだけの目的ではなくてお前らもここでポジション、役割を増やしていきたい。言っただろ?俺たちのプレイスタイルは何も変わっていない。このままではいつか通用しなくなる。その通用しなくなるのは、全国大会と俺は予想している」

「だから『K.T.大会』を踏台にする事でいいのですか?」

「そういう事だ」

 肉を切らせて骨を切る。

 つまり、大翔が目指しているのはこの大会ではない。よりもっと大きな夢を語っている。

 このままじゃあ衰退するだけだ。

「それにお前たちの考えは理解している。翔はひよこだ。大会に出たら狼に食われるだろう」

「それもそうね。私から見てみたらNoob(弱い)の一類ね。もし、口が悪ければ『クズ』に昇進するのに、残念だね」

「昇進したくないのでNoobで結構です!久遠さん!」

 紛れもなく毒舌の演説をする。

 さっきまで退屈そうだったのにいじりに関しては誰よりも早く駆けつける、

「なにより一番大事なのは『楽しさ』だ。そんなものを失って大会に挑んだら苦しいだけだ」

「そこは賛成します」

「だから俺からの提案だ!明日からゴールデンウィークだろ?この一週間合宿をしたいと思う!いつもの合宿だ!その後で『K.T.大会』が待っているからな!」

 おお!と言葉を上げる部員たち。

 しかし、数人を除けばこの状況を理解していない者もいる。

「合宿?」

「翔。お前は知らないだとうが。ここは俺が説明しよう」

「あ、はい。陸さん」

「ゲームとはスポーツと同じ。練習しなければいけない。ここまではわかるだろう?」

「それは当たり前ですね」

「しかし、ここは何か足りないと思わんかね?」

「足りない?部分?」

 この足りない部分が自分を成長出来ないのか、と翔は真面目に考える。

 じゃあそのものとは何か、自分が強くなる作法なのかも知れない。

 と、脳を全面に働けせていると陸は立ち上がる。

「それは筋肉だ!」

「き、筋肉ですか?」

「そうだ!筋肉があれば何でも解決できる!メンタルがボロボロ、仕事がうまくいかない、痩せない、モテないなど、人生のほとんどの悩みは筋トレで解決する!だから、筋トレだ!」

 ビルドアップな筋肉を披露する陸。立ち上がった陸は上半身のシャツを脱ぎ捨てると上腕二頭筋を晒した。

 まさにその身体は筋肉でできている。テレビやネットでの本当に実存する筋肉だった。

「あー。鍛えるのはそこまで筋肉じゃないから安心していいぞ。俺たちがやるのは朝に起きて二時間のランニング。午前のゲーム練習と午後のゲーム練習。夕方にはキャッチボールと夜の練習だけだ。まあ詳しい特訓の詳細は後で説明するよ」

「要するに、合宿?」

「そう捉えていいけど、ここで重要なのは習練だよ、翔。普通に練習していても上達するのは難しい。この合宿があるからこそうまくなれるんだよ。問題点とかいろいろ改善点を仲間同士で話し合えるんだよ」

「なるほど」

「まあ、細かい詳細は家に帰ってから教えるからさ。いまは合宿のイメージでいいぞ」

 合宿。練習とは一線に超えたもの。より過激なものでもあり、それ以上なものを要求される。『習練』成功者が誰もが持っているもの。自然に取得しているものだとも言っていい。

 例えば野球選手であれば毎朝にランニングし、午前と午後には練習プログラムが用意され熟していく。この合宿もそういう事である。

 翔はスポーツの合宿や練習した事がないからこのスポーツ合宿のイメージは出来ないが『習練』はよくわかる。自分もかつてプログラミングの習練を行ったように。

 話をずっと聞いていて、退屈になったのか光は立ち上がる。

「でも合宿で鍛えられる保証はないでしょう?弱者がどんなに鍛えてもこの短期間の合宿でうまくなれるのは物語の話よ」

「……それもそうですね」

 クスクスと邪悪の魔女のように笑う光。

「ねえ、大翔。この合宿。翔を特別に特訓するのはどう?部活以外の時間を使って特訓は」

「もちろん。賛成だ。俺もその方がいいと思う」

「じゃあ、この特別特訓だけど私が担当してもいい?」

「え……」

 翔が言葉を失った。

 てっきり毒舌を吐き続けると思い気やその提案には驚いてしまった。

 また。面倒見てくれるんだ、と少し悦びを感じる翔。プロから教えられるのはいい経験になるし自分も強くなると。

「いいっじゃね?俺には異論がないし、お前もずっと翔の面倒を見てたからいいんじゃね?でも、あとで特訓の詳細を聞かせてもらうぞ?」

「ええ。問題ないわ。ありがとう。初対戦で負けると恥だからね」

「やっぱりそうなんだね」

 素朴に礼といつも通りの毒舌を吐いてからた席に着いた光。

 思わず突っ込んでしまった。

(……やっぱり僕は弱いんだよなー)

 ゴホン、と大翔は咳払いをしもう一度話をまとめる。

「よし!じゃあ話はまとまったところでもう一度おさらいだ!明日から合宿をする!朝の8時に高校前に集合だ。場所はいつものところだ。いいだろ?久遠?」

「ええ。問題ないわ。その事の準備は用意して置くわ」

「以上だ!合宿以外に聞きたいものはあるか?」

 会議を締めるように、大翔は大きな声で部屋を見回す。

 詳細は家でじっくりと聞けばいいから問題ない、と翔は安心したものの。

 内容は全て伝えたと誰もが思っている時や安心な時に、一つの手が挙げられる。

 マネージャーである、絵里子の手だった。

「はい。結局、私は何をすればいいの?」

「それはだね……………副リーダー。あとはよろしく!」

「投げやがったね。いつかはしばくわよ?」

 ゲームに信仰や知識がない絵里子の問いに大翔は副リーダーに面倒事を投げ込んだ、

 兄さん、ここのことはちゃんと考えようね、と翔は心の中で小さく突っ込み笑えを堪えた。



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