決戦!魔王城

こくまろ

決戦!魔王城


 フハハハハ、勇者よ!よくぞこの大魔王のもとまで辿り着いた!

 虫ケラも殺せないほど慈悲深く、大蛙にすら殺されかけるほど脆弱だった人間が、今やこの余と対峙するまでになった。皮肉ではなく、心からお前の成長とこれまでの旅路を讃えよう。

 これからお前はその全身全霊をもって大魔王である余と最後の戦いを始める。その前に、宿敵たる余の話を少しばかり聞くが良い……。


 勇者よ、お前は大魔王さえ倒せば、世に跋扈する魔物達もその指揮命令下から解放され、人々を襲うことをやめ、世界に平和が訪れると、そう信じてここまで戦ってきたであろう。それは、正しくもあり、間違ってもいる。それを今から説明しよう。


 一つ、魔物達は余の指揮命令下にあるというのは、正しくその言葉通り、余が全ての魔物の一挙手一投足を悉に手動で操作しているということだ。奴らには解放されるべき自我などない木偶人形だということだ。


 二つ、余が操っているのは魔物達だけではなく、お前を除く全生物であるということだ。生物、というのも語弊があるな。命など持たない、余が操る玩具に過ぎないのだから。言うなれば、この世界は全てお前のために余が誂えた舞台なのだ。



 つまり簡単に言うと、この世界に生きているのは、余と、お前だけだ。



 ……信じられないのも無理はない。そんな手間のかかることをする理由がないと、そう思うであろう。しかし、お前が信じようと信じまいと、これは真実の話なのだ。


 お前がこの世界に誕生したとき、余はこれまで感じたことのない、心の底から湧き上がる喜びに全身が震えた。それまで余は自分で創ったガラクタだらけの世界で、永劫の時を過ごしながら孤独な人形遊びに耽ることしかすべきことがなかったからだ。どんなに複雑で美しい造形を創れても、どれほどの物量を無制限かつ自由自在に動かすことができようとも、生命だけは創ることができなかった……。


 そこに、どういうわけか、ある日唐突に余の人形の一つに、生命が宿った、そう、お前が誕生したのだ!因果律の歪みか、または余より上位の存在がいたとしてその戯れなのか……しかし原因などはどうでも良かった。余にとって積み上がるだけだった時間が、初めて意味を持って流れるものとなったのだ。


 余はすぐにお前のために必要なものを拵えた。愛情深く見えるように動く父親と母親、寒くもなく暑過ぎない家、栄養のある食物……それらをまず準備してからっと考えた。お前のために何がしてやれるか、お前という尊い一つの生命を最も輝かせるには、どういった舞台を用意すべきなのか、と。


 そうして思い付いたのがこの舞台、魔王を倒し世界を救う勇者の物語だ。無数の弱き人間達、魔物、動植物、急峻な山々、滔々たる大河、深く静かな森……あらゆるものをお前の物語のために創った。

 世界を救うという崇高で遠大な目標を与えられ、度重なる苛烈な試練を乗り越え、仲間を信じ、肉体と技を磨き抜き、正義と愛で心を燃え上がらせるその美しさよ!


 勇者よ、お前が旅を始めてから7つ目の夜、貧しい炭鉱の村に住む幼い娘を魔物の手から救えずに涙したことを覚えておろう。

 あれはお前が通過しなければならない儀式だった。あの魔物も娘も村人も全て余が操っていた木偶人形なわけだが、それは大した問題ではない。

 お前は初めて誰かを救おうと必死になり、そして救えなかった。あの出来事があってから、お前は本当に人を救うということを決意したのだ。潰れるような悲しみを背負いながら、強くならねばと奮い立った。その魂の有り様こそが重要なのだ。それに比べれば、救おうとしていた娘が実は人形で、全て余が演出していたということなど、なんと些細なことではないか。


 お前のこれまでの魔物達との熾烈な戦いも決して虚しくなどはないぞ。確かにお前が戦ってきた魔物は全て、決して致命傷を与えぬよう慎重に余が操作していたものだが、定期的に強敵を用意するなどして、お前が仲間と力を合わせて全力で戦わねばならないようにも仕向けていた。その時お前は余の期待以上に良くやっていた。ついつい調子に乗って難易度を上げすぎた時もあったが、それをもお前は信頼する仲間達と乗り越えたのだ。まぁ、その仲間達も余が操作していたのだがな。


 ……何を今更呆けて仲間の顔を見回しておるのだ。先刻言った通り、この世界の生物は、余と、お前だけだ。お前が仲間と思っていたのも余が操っていた人形だ。お前が仲間と交わした言葉はすべて余との対話だ。

 勇者よ、確かにお前とそこにいる仲間達との間に絆などは微塵も存在しない。しかし、お前はその人形共を仲間として信頼し、そこに確かな絆があるものと信じた、それは真実ではないか。仲間を信じる心の美しさには嘘や偽りは一つもない。


 ……そう、お前がその隣にいる魔法使いの娘に惚れていることを、余は知っている。お前の心に本当の愛を育むために必要だったから用意したのだ。

 お前が落ち込めば甘い言葉で慰め、花が綻ぶような笑顔でお前の冒険を彩り、旅の中で確実にお前との距離を縮めていった。まったく余にとって最も困難な事業がこれであった。この世界で唯一余の思うがままに動かない、予測を超えた動きをするものがお前だからだ。お前を理解しようと努め、どうしたら喜ぶかを必死に考え、試行錯誤を尽くした日々は今振り返ってみると感慨深いものがある……。

 お前の愛した娘は実在しない。しかしだ、お前の心には確かに愛という感情が芽吹いたではないか。これは間違いなく本物だ。愛という感情は、この世界においてお前が初めて生み出したのだ。


 この世界のほぼ全ては作り物だが、お前がこれまでの旅の中で得た感情や、流した血と涙は偽りなどではない。お前は本物の人生を生きた。余が認めよう、お前は立派な真の勇者だ!そして、この世界で本物の生命を持つお前こそが、唯一余の生命を奪うことができる存在なのだ。勇者が大魔王を倒す、これはそういう物語なのだ。そして今、その勇者の物語もいよいよ大詰めとなった。


 あんなに小さく弱かった生き物が、これからいよいよ大魔王を討ち滅ぼす。余は今、万感たる思いだ。しかし、もはやなんの未練も後悔もない。ただ最後に、余の感動と感謝の思いをお前に伝えたかったのだ……。



 ……さて、話はもうこれくらいで良かろう。勇者よ、今聞いた話は全て嘘だ。忘れて良い。追い詰められた魔王が勇者を惑わすために苦し紛れに放った戯言に過ぎん。

 お前の仲間達はきっとこれまでで最高の動きをするであろうし、余の力はお前が仲間と力を合わせて全力を尽くせばなんとか勝てる程度であろうぞ。いや、最後は宿敵の言葉などより、信頼する仲間の言葉に耳を傾けた方が良かろうな。


「さぁ、こいつさえ倒せば世界平和だ!気合い入れていくぞ!」


「どんな魔法を使ってくるか分かりません。補助と回復は私に任せてください!」


「勇者様……この戦いが終わったら、私、お話したいことがあるんです。だから……絶対に勝って、生きて帰りましょうね!」



 ───フハハハハ!さぁ、勇者よ!かかってくるがよい!


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