京浜線

 品川から東京まで新設区間を乗車した神尾中将はご満悦で、それに仙石は鼻を高くしていた。

「電車というのは出足が速いね」

「ええ、そうでしょう。近距離輸送に向いておるのです。これからの都市輸送は、鉄道院の電車が担います」

「だが電気設備が艦砲射撃を受ければ、たちまちに走れなくなってしまう。ほどほどに頼むよ」

 軍人らしい意見に、少々の不満を匂わせながら頭を下げた。仙石は軍人も好きではないらしい。


 神尾中将を見送ってから、議員たちに呼び込みをした。まるで八百屋の親爺である。

「さぁさぁ、これから試乗会だ! 鉄道院自慢の新型電車を、新設線路からご堪能くだされ!」

 電車の座席はあっという間に議員で埋まった。我々役人には乗車する場所などないので、何本か電車を見送ってから並走する東海道線で追いかけることにした。


「東京の街を高架から見下ろす気分は最高だな」

「この高架も煉瓦造りですよね」

「これだけの煉瓦を焼き、深谷から輸送するのは工場も運用担当も、さぞ大変だったろうな」

「深谷といえば、渋沢栄一の故郷ですよね。一枚噛んでいると思いませんか?」

「煉瓦に向いた土があったのだろう。渋沢ほどの人物ならば、大事業に名前が上がっても不思議はないよ」

 そういえば、渋沢は南満州鉄道の設立委員だ。仙石は繋がりを作れたのだろうか。


「それと、丸ノ内の開発は三菱が担うそうです。三菱といえば仙石総裁が社長を勤めた九州鉄道の大株主ですよ」

 きっかけを私が作ったとはいえ、噂好きな部下に少々ゲンナリしてしまう。

 情報を集めてまとめるのが好きならば、いずれ政治家か資本家になるだろうし、単なる噂好きなら凡庸なつまらない役人に留まるだろう。


「しかし仙石総裁は恵まれていますね、就任早々に晴れ舞台だなんて」

 まさに東京駅は後藤新平が用意した晴れ舞台、高架線と京浜線電車は赤絨毯だ。それだけの厚遇で迎えられたのだ、仙石に対する期待が覗える。

「出足の速い電車に追いつきますかね」

「汽車は大井町に止まらないから、その間に少しは追いつくだろう」


 ところが品川を出ると、あっという間に追いついてしまった。

「おい、様子が変だぞ」

「電車……止まっていましたね」

「見えたか? 架線が切れていたぞ」

 私たちは青ざめた。

 状況確認のために部下は川崎で降りたが、私は一番列車が心配でそのまま乗車することにした。


 窓をじっと睨んでいると一番列車を見つけた。妙な角度に傾いて止まっており、パンタグラフは架線から外れて伸びきっている。


 脱線か!?


 汽車を神奈川駅で降り、京浜電気鉄道で現場に向かう。

 京浜に対抗するべく作った電車が脱線し、京浜に乗って向かっているとは、何たる皮肉。仙石が聞いたら目を吊り上げて歯を噛み鳴らし、怒鳴り散らすに違いない。

 いや、そんなことは言っていられない。鉄道院の沽券こけんに関わる一大事だ。


 確かこの辺りだったと子安駅で降り、線路伝いに走っていくと、一番列車が傾き動けなくなっていた。

 接触か?

 車両の異常か?

 いや、路盤が崩れたのだ。ご自慢のアメリカ製パンタグラフが架線から外れて、端の金棒が引っ掛かっている。


 電車に駆け寄ると、仙石が声を張り上げ指揮を執っていた。

「怪我人を救護しろ! 送電を止めろ! パンタグラフを架線から外せ!!」

「仙石、いや総裁、何があったのですか!?」

「路盤が固まっていなかったのだ! 曲線で火花が散り、パンタグラフが外れて架線を切った!」


 乗車しているのは、前述の通り議員ばかりだ。貴族院議員だって、もちろんいる。

 この失態の影響は間違いなく議会に及び、鉄道院の立場が危うくなるのは目に見えている。


 野次馬に医者を尋ね、怪我をした代議士たちを病院へと連れて行き、電車の復旧を手伝った。

 ──老体に鞭打ち駆けずり回ったから、息切れする、動悸が止まない、膝が笑ってしまい一歩も動けそうにない。

 また、これだけの大失態なら、管理職が責任を取らなければならない。

 ならば鉄道官僚として路盤を長く担当してきた私が、丁度よいだろう。

 歳や立場、担当部署を理由にして現場へ赴かなかったことが悔やまれる。


 銅羅どら声を張り上げすぎて、肩で息する仙石の側に寄って報告を済ませた。

 電車が動けるようになったら、引責退官を申し出よう。


 それより先に仙石は、肩に指を食い込ませた。

「明日から、いや、今から机を離れろ! 京浜線は運休だ、何ヶ月かかろうとも路盤を作り直す。未来永劫まで通用する線路に敷き直すぞ!!」

 どうやら、私は辞められないらしい。同い年で総裁の仙石に言われてしまえば、断りようがないではないか。

 仕方ない、もう少し仙石貢に付き合おう。


「後藤め! 原め! この仙石に、とんだものを押し付けおって!! 今に見ておれ!!」

 晴れの舞台に奈落が仕掛けてあったのだから、激昂するのも無理はない。

 仙石は、集まってきた新聞記者を捕まえた。


 翌日、大失態を面白おかしく書いているだろうとハラハラしながら新聞を開いた私は、年甲斐もなくびっくり仰天してしまった。

 鉄道院総裁仙石貢の名前で、謝罪広告が掲載されていたのだ。


 徹底的に対策を施した京浜線電車は、大正4年5月10日に運転再開し、大好評で迎えられた。

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