第6話

 我が家における最大のピンチ。

 彼女が風邪を引いてしまった。


 近ごろは季節の変わり目で、気温のアップダウンが激しいから、免疫力が弱っていたのだろう。


 かくいう俺の職場にも、激しく咳き込む人、鼻水が止まらない人の姿が目につく。

 家にバイ菌を持って帰らないよう、細心の注意を払っていたつもりだが、甘かったのかもしれない。


「ほら、お尻を向けて。体温を測るから」

「う〜にゃ〜」


 抵抗する彼女を押さえつけて、肛門にペット用体温計の先端を突っ込んだ。


「にゃにゃにゃ⁉︎」


 もがいても無駄である。

 婚約者にケツをいじられるなんて嫌だろうけれども、俺だって好きで婚約者のケツをいじっているわけじゃない。


 数十秒ほどで音が鳴る。


「どれどれ……」


 平熱より1.5度も高い。

 お医者さんに診せるべく、俺は外行きの服装に着替えた。


「君は平気と言い張るけれども、俺が心配なんだよ。だから、一緒に動物病院へいこう」

「うにゃ〜」


 彼女はお出かけ用ケージに入るのを嫌がる。

 暗くて、狭くて、変な匂いがするからだ。


 まったくの同感だと思いつつ、後生だにゃ〜、と視線で訴えてくる彼女を、ケージに詰め込んでロックした。

 繰り返すようだが、俺だって好きで婚約者を閉じ込めているわけじゃない。


「動物病院ではケージが基本なんだ。抱っこしていったら非常識なやつだと思われる。他のニャンコ患者も来ているんだから」

「にゃ〜にゃ〜にゃ〜」

「注射が怖いって? 観念するんだな。体調管理を怠っていた君も悪い。それに猫が引く風邪の中には危険なやつもあるんだ」


 動物病院に到着するまで、彼女はそれ以上の文句をいわなかった。

 さすがに責めすぎたと反省した俺は、


「元気になったら、とびっきりおいしい料理を食べよう。高級な猫カンでもいいし、僕がつくってあげてもいい」


 と気休めにもならない言葉をかけておいた。

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