指輪

南山猫

第1話

眩しい。昨日かけていたはずのブランケットは足元に丸まっている。光の元凶は開けっ放しのカーテン。

「ブランケットかけるくらいならカーテン閉めろよ、全く」

そう呟いても何も返ってこない。当たり前、だった日々に戻っただけなのに。

「ああ、もう、どうしてお前はこうも俺の心を掻き乱すんだ!!」

頭を抱える。襲い掛かる頭痛。横を見ると昨日飲んだビールの缶が数本転がっていた。

「酒に頼って忘れようとするなんて、最低だな」

いつからだったか孤独を感じるとどうにも独り言が多くなる。もう一眠りしようと思うがそうにもいかない。さっきから震えている携帯を手に取り、メールフォルダを開ける。

「16、テスト」

一見間違いメールにも見えるがこれが俺の仕事の依頼メールである。今の時間は11時、タイムリミットは5時間後。

机の上のパソコンを開き、コンピュータ言語を打ち込んでいく。どうやらこの言語が使える人間はごく稀らしい。画面とにらめっこすること3時間、パソコンを閉じコンビニに行く。部屋着はまずいと思い、クローゼットを開けた。上下黒のセットを取り出して着替え、ズボンのポケットにスマホをねじ込む。


このご時世、現金を使う人などほぼいないに等しい。それだけIT、AIが発達した世界に俺は生きている、人工知能に生かされていると言っても過言ではない。コンビニでは人間と対照的な見た目のロボットが仕事をしている。

いつも通り塩むすび、茹で卵、それと今日はワインを買って帰る。クレジット決済を済ませて外に出ると誰のものか分からない指輪が落ちていた。内側を見ると"NANA"と彫ってあるように見えるが、最後のAらしきアルファベットが消えかけている。ハッとして右手を見る。5年前と変わらず銀色の指輪が輝いている。久しぶりに取り外して内側を見ると、"NANO"の文字。一瞬、左手の人差し指に付け替えようとするが、すんでのところでやめた。

「まだ、駄目だよ」

そう言って俺の手を抑えて浜辺で笑う彼女の顔が脳裏に浮かんだ。血の味がする、と思ったら無意識のうちに唇を噛んでいた。元あった指に指輪を嵌め直す。近所の小学生が集団で下校しているのが目に入る。ランドセルは形こそ伝統的だが、使っていた頃とは比べ物にならないくらいカラフルだ。彼らのおかげでタイムリミットが迫っていることに気づき、家路を急いだ。


時刻は16時ぴったし、パスコードを打ち込み、Enterキーを押す、これで仕事は終了である。一息ついたところで携帯から着信音の天国と地獄が流れ出した。


「はい、ミヤモトです」

「もしもし、俺だ、ムラオカだ。今回のテストもうまくいった、よくやったな。」

普段メールでくる内容を電話を掛けて言ってくる、さらに労いの言葉、ということは、"アレ"しかない。

「何の用ですか、用件があるなら早く言ってください。」

「まあそんなに急ぐなよ」

「あなたと長い時間話すのはストレスなんですよ」

自分の大切なものを根こそぎ取っていった奴の元でよく仕事ができるものだと自分が不思議になる。

「よくもまあ、そんな口が政府関係者の私にきけるもんだよな。まあいい、本題に入るぞ。



明日、我が国は隣のD-y0国をハッキングし、自爆させようと思う。」


暗転


「…おい、聞いてるのか」

視界が黒くなる。危うく携帯を落としそうになった。

「はい、聞いてます」

「というわけだ。明日の午前9時、今日と同じプログラムを、いいな」

「はい」


電話が切れる。膝から崩れ落ちた。この仕事を始めてから15年、初めて国をハッキングしてから13年は経つ。もう、とっくに罪の意識など失っていた、はずだった。

D-y0国、なんだ、ただの1つの国じゃないか。

何度頭の中で呟いても、受け入れられない。どうしてもあの"ナノ"のくしゃっとした笑顔が邪魔をする。



D-y0国-それはナノの故郷


彼女すら守れなかった俺に、彼女の故郷をを守ることなどできるのか。規模の小さい物すら守れないのに、規模が大きい物を守ることができるのか、自明である。不可能だ。床に投げ出した携帯を恨めしげに見つめる。また

、天国と地獄が流れた。


「はい、ミヤモトでs…

「そういえば、これを聞くのは久しぶりだが、また"規律"に反したりしてないだろうな、"禁忌の子"」


その憎たらしい声で、心の奥底に閉じこめたつもりだった、どす黒い渦に囲まれた記憶が顔を出した。

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