目の見えないおじさんが、初めてテーマパークに来て、不思議な少女に会う話

大橋東紀

目の見えないおじさんが、初めてテーマパークに来て、不思議な少女に会う話

 人々のざわめき

 子供のはしゃぐ声

 陽気なBGM。

 周囲の楽しげな雰囲気と裏腹に、俺は落ち込んでいた。


 人生初のテーマパークで、はぐれてしまった。

 みんな早いよなぁ。

 視覚ハンディキャッパー歴が長いから、慣れているのだろうか。


 コツ、コツと白杖で地面を叩きながら、俺は思った。

 俺なんか、杖の使い方も、まだ一人前じゃない。


 その時。


 俺のすぐ横を、声を上げて、何人かが駆け抜けた。

 あぁ、ビックリした。

 視覚情報が無いと、すぐそばに来るまで気付かないもんだな。

 

 みんな楽しそうだな。

 なんか俺一人、取り残されたみたいだ。


 そうだ、俺は取り残されたんだ。

 家族と一緒に、あの事故で死んだ方がよかった。


「おじさん、おじさん」


 一人、目が見えなくなって生き残り、何があると言うのだろう。


「そこの白い杖を持ったおじさん」


 そこで初めて。

 俺はさっきから聞こえている少女の声が、自分を呼んでいる事に気が付いた。


「えっ、俺かい」

「そうだよ。おじさん、一人で来たの」


 声からすると、中学生くらいか。

 知らない男に、いきなり話しかけるか普通?


「もしかして、警戒してる?」


しばらく黙っていると、少女は可笑しそうに言った。


「あぁ、ごめん。ちょっとビックリしてね。交流団体の仲間と来たんだが、はぐれてしまった」

「みんな、おじさんを、放って行っちゃったの」

「おじさん以外は若い人だから、アトラクションに早く乗りたかったんだろう」

「ふうん。おじさんは何に乗りたいの。点字で読める園内地図があるよ。そこまで案内しようか」


 善意で言ってくれたであろう少女に、俺は恥を忍んで言った。 


「おじさん、点字読めないんだ。目が見えなくなったのは三年前からでね」

「点字って、三年かかっても読める様にならないの」

「恥ずかしながら、おじさん、勉強する気にならなくてね。視力を失ってから、何もやる気がしなくて」


 少女の次の言葉は、俺を驚かせた。


「じゃぁ私が、園内を案内してあげるよ」

「え?」


 おいおい、見ず知らずの、年端も行かない少女を連れまわすなんて。

 それじゃ俺が、不審者みたいじゃないか」


「私も友達とはぐれたんだ。一人じゃつまらないし」

「じゃぁ友達を探した方がいいんじゃないか」

「帰りに待ち合わせしてるから大丈夫だよ。それよりおじさん。ここは目が見えない人は、同伴者がいないと乗れないアトラクションが多いよ」

「まぁ、おじさんは乗れなくてもいいけどね」

「ずっとここに立っててもしょうがないでしょ。行こう」


 いきなり腕を組まれた。

 まぁ、ここでつっ立ってても、しょうがないし。

 親切心から言ってくれているのだろう。

 俺は少女についていく事にした。


   

「うわ、うわぁああああああ、たすけて~」


 俺はジェットコースターの座席で、年甲斐もなく、叫んでいた。


「きゃはははは、楽しぃ~」

「揺れる、揺れる、揺れるってばぁ!」

「突っ走れー!」


 コースターから降りて、息も絶え絶えの俺に、少女は行った。


「どう、楽しかったでしょ?」

「ああ。スピードが凄いし、シートが物凄く揺れるから楽しかったよ」

「よかった。じゃぁ次へ行こう」

「えっ、もう行くのかい」



 俺は何に乗っているのだろう。

 水が流れる音と、陽気な音楽が聞こえる。

 俺は恐る恐る、隣の少女に尋ねた。


「ねぇ、今度は何に乗ったんだい」

「ボートに乗って、ゆっくり川を流れているよ」

「やっぱり川か。爽やかでいいねぇ」

「何言ってるの、おじさん。これから私たち、滝つぼに落ちるんだよ」


 その言葉に、俺はたじろいだ。


「え? 嘘だろ、あとどれくらいで落ちるんだい」

「ナイショ。いつ落ちるか、わからない方がドキドキするでしょ」

「それはそうだけど、滝まで、あとどれくらいか教えてよ」


 少女はイタズラっぽく言った。


「うふふ、だーめ」

「おい、ボートが傾いたぞ? う、うわぁああ!」

「きゃあああああ!」


 ざっぱぁん、という派手な水音と共に、水しぶきが少し、俺にもかかった。


「いやぁ、寿命が縮まるかと思ったよ」

「いつ落ちるか、わからなくて楽しいでしょ」

「楽しいと言うか、少し怖かったよ

「スリルとサスペンスって奴ね。次、行くわよ」

「おいおい、もうかい」


 しばらく並んで乗ったのは、前と違って、多人数で乗るアトラクションみたいだった。

 陽気なガイドの声が聞こえてくる。


「これからみなさんを危険がいっぱいの魔界へと御案内いたします。二度と戻ってこれないかもれません。見送りの人たちにお別れしましょう。バイバ~イ!」

「これは怖くなさそうだな」


 俺をおどかす様に、少女は言った。


「それはどうかな~」

「魔界では、ドラゴンを怒らせると、すごーく危険です。突進してくるんですよ。あ、来た!みなさんつかまって!」


 ドーン、という衝撃音とともに、乗り物がグラッと揺れた。


「わっ、ビックリした」

 

 そんな俺には構わず、ガイドは喋り続ける。


「いやー、ドラゴンは逃げていきました。でも、まだ油断は禁物です。これからドワーフの国へと入っていきます」

「これ結構、派手なアトラクションだね」

「意外と迫力あるでしょう?」

    

 ヒュン、ヒュンと風を切る音がして、周囲の客がざわめいた。

 ここぞとばかり、ガイドがまくし立てる。


「あー、ドワーフが出た! 槍が飛んでくる! 槍が飛んでくる!」

「ひぃい、もう勘弁して」

「おじさん、この船で一番楽しんでるよ」


 ガイドが楽し気に続ける。


「あいつら、投げやりなんだ。投げやりな人生」

「おお、槍と、投げやりをかけてるのか」

「え~。今さら何言ってるの、おじさん」

「ハハハッハ。むりやりだったみたいですね」

「ぷぷっ、また『やり』だ。はっはっは」

「うふふ、はっはっは」


 俺と少女は、いつまでも笑い続けていた。



 どのくらいの時間が流れただろう。

 俺は少女の案内で、最初に出会った広場に戻って来た。

 ここにいれば、はぐれた仲間と会えると思ったからだ。


「ありがとう。君のおかげで、初めてのテーマパークを楽しめたよ」

「どういたしまして。こっちも、おじさんのリアクションで楽しかったよ」

「こんな事なら……。もっと早く来れば良かったな」

 

 一瞬ためらった後、俺は言った。


「おじさんの娘も、ここに来たがってたんだ。何回も、連れて行ってとせがまれた。でも仕事が忙しくて、先延ばしにしているうちに」


 俺の脳裏を、自動車のブレーキ音と、激しい衝撃音がかすめた。


「おじさんが起こした事故で、妻と娘は死んだ。おじさんは一人、生き残ったけれど、目が見えなくなった。娘が生きているうちに、連れて来てやればよかった」

「喜んでるよ」


 少女がいきなり言ったので、俺は戸惑った。


「え?」  

「娘さん、喜んでるよ。おじさんが楽しんでるのを見て」

「う~ん、そうかなぁ」

「そうだよ。一緒に回れて嬉しかった。お父さん」


 その時。

 俺は。

 園内BGMを始め、全ての音が消えた気がした。


「ああ、いたいた、ごめんなさい! 子供たちを追いかけるのに必死で、はぐれちゃいました」


 背中から、今日、引率してくれた団体職員の声がかけられ。

 消えていた全ての音が、元に戻った。


 俺の姿を見つけて、走って来たのだろう。

 息を切らせている職員さんに、俺は言った。


「あぁ、どうも、お疲れ様です」

「みんな、あっちにいますよ。ごめんなさい。一人じゃ心細かったでしょう」

「いえ、この子が一緒にいてくれたんで」

「え? 誰がですか?」


 彼は言うには。

 遠くから姿を見つけた時から。

 俺は一人で、ここに立っていたという。



 帰りのバスの中で、俺は考えていた。

 死んだ娘が、一緒にテーマパークを回ってくれた。

 そんな事を信じるほど、俺はロマンティストじゃない。


 ただの、いたずら好きな少女に振り回されたのだろう。


 でもあの子は、どんな状況でも、人生は楽しめると教えてくれた。


 ちょうどその時。職員さんが話しかけてくれた。


「今日はお疲れ様でした。本当に、一人にしちゃってごめんなさい」

「まぁ、若い人たちが楽しんだのなら、それでいいですよ」

「みんな、遊び疲れて寝ちゃいましたね」


 俺は思い切って言ってみた。


「あの……。今更ですが、俺も点字を習いたいんですけど」

「本当ですか。じゃあ大人向けのカリキュラムを用意しますね」

「ありがとうございます」


 さて、俺も、ひと眠りするか。


 ずっとバスのエンジン音が聞こえていたが、俺はやがて、眠りに落ちた。


 そして夢を見た。

 夢の中では、夜の遊園地で。

 シャンデリアの様にきらびやかなパレードの前に、あの少女が立っていた。


「頑張ってね、お父さん」


 その声を聞いて、俺はもっと深い眠りに落ちて行った。

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