第5話




 ……っていう夢を見たんだよ」

「長っ!」


 涎を拭きながら語り終わったはじめさんに私はツッコむ。


 ここは一言探偵事務所ひとことたんていじむしょのオフィス。麗らかな午後の日差しが眠気を誘うこの一室で、たった今昼寝から目覚めた一さんは寝ぼけ眼で滔々と自らが見た夢の内容を私に語った。結局夢だった。最悪だ。どうりでこの小説の冒頭にカギ括弧が二つあったわけだ。冒頭部からここまでずっと一さんの一人語りだったのか。よく私も一言も喋らず聞いていられたものだ。けっこう暇なのか? 私。というか、


「夢の中の私酷すぎじゃないですか? もしかして私って一さんにはそう見えてるんですか?」


 それならショックすぎる。こんなに法外に安い時給で身を粉にして働いているというのに、あまりに報われなさすぎる。本気で今後の身の振り方を考えたほうが良いのかも知れない。


 でも。


 それでも。


 そんな風に思案しながらも。


 結局この後も私は一言探偵事務所で働き続けるのだろう。借りを返さなければいけないから。


『人に借りたものは返しなさい』


 幼い頃、今は亡き父に口酸っぱく言われ続けた言葉だ。いつ返済できるか分からない。一さんに借りた恩はそれほどに大きい。大恩と言っても差し支えない。だから私は一さんに――「ちょっと一回止めようね」


 一さんが横から口を挟む。


「なんか今モノローグっぽいこと考えてたよね? 一応言っておくけど無いからね? この作品はこれでもう終わりだからね? このあとシリアス回とかにはいかないからね? 出オチからの爆発オチの夢オチで普通に終わるから。あと八重花やえかちゃんのお父さんバリバリご健在だよね?」

「チッ」


 私は舌打ちする。一さんのこういう感の鋭いところがムカつく。というか鋭すぎ。以前、本人はやんわり否定していたけど、一さんは不思議な能力を持っている。

 

 テレパシー。


 人の考えていることを直接読む能力。一さんはその力を所有する人間だ。私は一年前に起こった例の『百富町もとむちょう連続失踪事件』の手がかりを追うため、女子大生を装ってこの一言探偵事務所に潜入したのだ。おそらく一さんはあの失踪事件のことを――「ちょっと一回止めようね」


 再び一さんが横から口を挟む。


「なんかまたモノローグっぽいこと考えてたよね? いや、超能力の使い手とかじゃないからね僕? あと失踪事件とかも起こってないよね? 百富町もとむちょうすんごい平和な町だから。飼い猫が一日居なくなっただけで大騒ぎになる町だから」

「チッ」


 私は舌打ちする。どうしてもこうも一さんは私の考えを読むことができるんだろう。やっぱり探偵という職業柄、観察眼なんかは普通の人より鋭いんだろう。


「いや、多分過分に褒めてくれているであろうところ悪いけど、八重花ちゃんが分かりやすいだけだからね?」


 一さんは呆れたようにそう言って嘆息する。それはつまり他の誰でもなく、私のことだから分かると言いたいのだろうか。え? それってつまり一さんは私のことを――「もう大概にしようね」


 三度みたび一さんが横から口を挟んでくる。


「考えてたよね!? 無理やり恋愛モノにしようって絶対考えてたよね!? 無いよそんな展開!? 僕には百合愛ゆりあさんっていうれっきとした婚約者が居るからね!?」


 一さんは言う。まさか、このあと一さんの婚約者である百合愛さんが『百富町もとむちょう連続失踪事件』に巻き込まれるだなんて、この時の私たちは想像さえしていなか――「やめろおおおお!」


 一さんが絶叫して椅子から立ち上がる。


「人の婚約者を妙な事件に巻き込もうとするなあああ! ていうかどんだけ好きなの連続失踪事件!? そんな物騒な事件この町で起こることないからね!? 都会から人が引っ越してきただけで蜂の巣をつついたような騒ぎになる町だからね!?」


 ゼーゼー言いながら一さんが否定する。見れば肩で息をしている。少しからかい過ぎたようだ。


「すみません。少し揚足を盗りすぎました」

「いや、揚足はじゃなくてだから。『揚足を取る』って鶏の手羽先とかを盗むことじゃないからね? というかもういい加減終わりにしようよ?」


 一さんはうんざりしたような顔でそう言う。


「じゃあ私たちの関係もこれで終わりってことですか?」

「妙な勘違いを生むような言い回ししないでね。もう定時過ぎたから帰ろうってことだから」


 一さんはため息混じりに言って椅子に座り直す。そういえば今日も何の依頼もなかったことを思い出す。だべって終わり。大丈夫だろうか。この探偵事務所。一さんがデスクに置かれたPCをシャットダウンしようとした直後、メールの受信音が聴こえた。これは私の妄想ではなくて本当に鳴った。一さんが「おっ」と嬉しそうな声を上げる。おそらく新しい依頼のメールだったのだろう。


「仕事の依頼ですか?」


 私が訊ねると、PC画面を見つめる一さんが相好を崩す。


「どうやらそうみたいだねー。えっと……なになに……。南の島でのお仕事です。諸事情により依頼内容は現地にて説明させていただきます。えー……宿泊費、旅費等は全て当方で負担させていただきます。マジか! 顎足枕あごあしまくら付きで南の島なんてちょっとした観光気分になっちゃいそうだなー」

「私家に帰ったら荷物纏めておきますね」


 そう告げて事務所のドアノブに手を掛けた私は一さんに呼び止められる。


「えっ、八重花ちゃんも行くつもりなの?」

「当たり前じゃないですか。私が行かなくて誰が一さんのサポートをするって言うんですか。で、旅程はいつからですか?」


 コイツ本当にサポートする気あるのかよ、とでも言いたげにジト目で私のことを見ていた一さんの気を質問によって逸らす。案の定一さんはPC画面に視線を戻し、文面を読み上げる。


「えーと……。日程は……来週の金曜日から三日間かー。準備する時間はありそうだねー。……それと宿泊施設は島の中にあるみたいだねー。えっと施設名はペンションニカタだって。ふーん。変わった名前だねー。ペンションニカタかー。ペンションニカタ……」


 一さんがペンション名を呟きながらこちらを見る。私はアイコンタクトを送って頷く。エスパーになった気分だ。


「一さん」


 私の呼びかけに一さんも首肯する。そして一言のもとに決断する。


「よし、断ろう」


 私たちの暮らす世界は今日も平和だ。

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一言探偵の一言 nikata @nikata

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