第6話


 え。

 

 「……出張、ですか?」

 

 どうして、俺に?

 所長と技術本部案件だろ?

 

 「竹内君の考えている件とは別です。

  研究所の子育て休暇制度について、

  本社の総務本部がヒアリングをしたいと。」

 

 え? 資料一式、メールで送っ……

 

 

 「こちらでは大きな案件は暫くありません。

  木曜日出張で準備をお願いします。一泊二日です。」


 日帰りしようと思えばできる距離で。

 土日含めて四日間、時間休込みの月曜朝一直行まで含めれば五日間ってことか。

 

 長閑な話だ。時の流れが違いすぎる。

 工場詰めのコストカッター達が聞いたら激怒するだろうな。


 「承りました。準備致します。」

 

 「ありがとうございます。」

 

 静かに一礼した時には、柏木部長の真黒甲は、もうPCを向いていた。


*


 どうだろう。


 東京のホテルは高い。金・土含んで四日間も泊めれば六万は消える。

 柚葉は扶養家族ではないから、社割が仕えない。


 BMI値はまだ27程度だ。

 服のサイズでいえば13号から15号くらいだろう。

 そもそも、サイズ、劇的に変わってしまったから、

 ユ●クロで準備したって結構物入りだ。

 

 意地を張らずに扶養にしとけば、月に2万弱入ったのにな。

 まぁ、東京時代の残業手当分、クソみたいにあるから、

 多少削ったところで家計を削らなきゃいけないわけでもないが。


 どうだろう。

 柚葉が行きたがるかどうか。

 

 案外、いや、かなりの確率で独りでいたがるかもしれない。

 30超えたおっさんと一緒にいたくないだろうし。


 黄昏が、音のない住宅街を、淡く彩っている。

 長く伸びた影法師が、雲に隠れながら、千切れそうに揺れている。


 ……しらふじゃ、手も、震えっこない。

 穴に吸い込まれるように填まった鍵をかちゃりと廻す。

 

 「……おかえり、有樹おじさん。」

 

 柚葉は、少し、落ち着いてきた。

 

 果物と野菜と肉の健康的な生活と、

 女子社員プロデュースの日々のこまめな肌ケアのせいか、

 吹き出物の凹凸は分かりにくくなったし、目のくぼみは、ほぼ、見えなくなった。

 痩せる前、4Lのダボダボしたジャージのままだが、顔の横幅はだいぶん減った。

 窓から差し込む薄橙色の淡い光に照らされた頬に、少しだけ輪郭が戻っている。


 ……大したもんだ。

 誰も見ていないのに、ちゃんと己を律している。

 段ボールで匍匐前進する中の人に毎日二周してもらってるもんな。


 偉いな、柚葉。

 本当に。

 

 「………な、なに?」

 

 じろじろ見てしまった。

 成人した女性を。

 

 「柚葉、

  お前、東京行くか。」

 

 「……ぇ。」

 

 つぶらな瞳が大きく見開かれている。

 何をそんなに驚いているのか。

 

 「出張が入ってな。

  明後日から四日間。」

 

 本当は二日間なんだが。

 

 「あ、あぁ……。」

 

 「こっちにいたいなら気にするな。

  俺一人で行くから。」

 

 「……そういうわけじゃないけど、

  お金、いっぱいかかるでしょ。」

 

 掛かるな。

 なんだかんだで10万円は確実に超える。

 

 あ。

 少しなら、減らす方法がないわけでもないのか。

 

 「ツインにすれば、少し安くなるぞ。」

 

 「……ぇ。」

 

 「嫌か?」

 

 「い、いいの?」

 

 ……ん。

 ん??

 

 い、いや。よくないな。

 血縁関係のない成人の男女が同じ部屋に泊まるなんて。

 

 「そ、そこはもう、いまさらだよ?」

 

 え。

 

 「だ、だって……

  い、いま、そうだもの。」

 

 あ。

 あ、あぁ……。

 

 うわ、めちゃくちゃ非常識だ。

 我ながら、非常識きわまりないな、俺。

 

 「血縁関係があった者同士なら、

  ないものと比べて問題が……。」

  

 変わらない。

 変わらないな。

 ……俺、物凄い馬鹿だ。

 

 「い、いいの。だからいいの。

  行きたい。ツインで行きたい。」


 「お前、気、使わなくても。」

 

 「……独りでここにいても、寂しいだけだから。」

 

 あ。

 そっか。


 柚葉、そうだったのか。

 独りでいたいのかと思ったけれども、違ったのか。

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