第28話 風邪と看病

「ゲホッ……ゲホッ……!」


 頭がぼーっとする。身体が熱いのか寒いのか分からない。


「熱は……三十八・八度か……。これは今日の仕事は無理か……」


 朝の六時半、俺は仕事を休むため葉月にLINEを送った。


『風邪引いたみたいだから今日は休む。雅弘さんにも伝えておいてくれ』


 携帯を枕もとに置こうとした時、着信音が鳴った。


『もしもし、月城です』


『だからあれほど言ったじゃないですか!傘貸しますよって!』


 電話の相手はさっきLINEを送った葉月だ。滅茶苦茶怒っている。


『いや、だって、しょうがないじゃん。借りたらお前濡れるじゃん』


『それでも風邪引いたらダメじゃないですか!悠人さんが優しいのは分かってますけど、ああいう時は遠慮しないで借りて下さい!分かりましたか?』


『……はい、分かりました。すいません』


『じゃあ今日はゆっくり休んでくださいね。体調良くなったらまた連絡して下さい。それではお大事に、失礼します』

 

 やっぱり昨日ずぶ濡れになったのが悪かったな。最寄りから家までは日菜乃と一緒に帰ったがその前が問題すぎた。ケチらないでコンビニで傘買えば良かった。


「悠くん、おっは~!朝だよ~!起きろ~!」


 ここで一番めんどくさい女の登場だ。


「……日菜乃、風邪引いたみたいだから、そっとしておいてくれ……」


「風邪引いたの!?大丈夫!?でも風邪引くって事は馬鹿じゃないって事じゃん!悠くん良かったね!」


 今俺が元気なら数発ボコってるところだが、生憎そんな体力が無い。


「とりあえず、俺は寝るから。お前は早く学校行ってこい」


「私が学校言ってる間に死んでたりしない?大丈夫?」


「そんな簡単に死んでたまるか。いいから早く学校行け」


「は~い」


 俺は日菜乃を素早く追い出して眠りに付くのであった。


        *


 日菜乃が学校に行ってから俺はしばらくの間は熟睡出来ていたのだが、昼を過ぎた辺りから容体が悪化し始めた。


「嘘だろ……。三十九・八度……って。いよいよダメか」


 病院に行こうとベッドから立ち上がろうとしたが身体に力が入らない。これはまじで死ぬんじゃないだろうか。視界がぼやける、俺はそのまま意識を失った……。


 気が付くと俺は何故か川岸に立っていた。川の向こう側で手を振っている女の人が見えた。よく見ると俺の祖母だった。俺は一歩、また一歩と、川へと近づいていった。そして川に入ろうとした時、聞き覚えのある声が後ろから聞こえてきた。


『ちょっと!そっちに逝くにはまだ早いんじゃないの!?私を一人にするつもり?』

 

 俺が目を覚まして起き上がると、隣には日菜乃がいた。


「気が付いた?かなり魘されてたみたいだけど大丈夫?」


「……川の向こう側でばあちゃんが俺に手を振ってた」


「それってもしかして、『三途の川』ってやつじゃないの?」


「……かもしれない。川に入った時にお前の声が聞こえた。だから俺は目が覚めた。ありがとな、」


 日菜乃がゆっくりと俺に抱き着いた。


「……良かった。戻ってきてくれて。二時間近く魘されてたから本当に心配してたんだからね……?」


 時計を見ると二時を過ぎていた。確かに俺は十二時頃に気を失ったはずだった。


「でも、なんでお前がこの時間にいるんだ?学校終わるにはまだ早いだろ?」


「悠くんが心配で早退してきたに決まってるじゃん。朝の状態見た限り、どう考えても一人にしたらやばいと思ってね」


「そうか、ごめんな」


「謝る事じゃないよ、私は悠くんの彼女なんだからさ。その辺だってちゃんと面倒見るよ。迷惑だなんて思ってないから安心して休んでね」


 弱った身体に優しい言葉は染みるな……。俺は少し泣きそうだった。


「とりあえず何も食べてないでしょ?食べて栄養付けないとね。おかゆとうどんならどっちがいい?」


「……おかゆで」


「りょうかい!少し待っててね~」


 十五分後、鍋を持った日菜乃がベッドまでやってきた。


「お待たせ~、熱いから気を付けてね~。ていうか、悠くん動けないし私が食べさせてあげるね♡」


「別にいいよ……!自分で食べれるから……!」


「遠慮しなくていいから。ほら、あーん♡」


「……いただきます」


 どうせ自分では食べれないので、俺は諦めて素直に日菜乃の厚意を受け取った。


「……美味しい」


 トロトロの卵に細かく刻んだネギとショウガ、身体の芯から温まる。逆にこれを食べて昇天しそうだった。


「美味しいなら良かった。まだまだあるからゆっくり噛んで食べてね。ほら、もう一口どうぞ♡」


「……うん」


 俺は日菜乃に食べさせて貰いながら、おかゆを完食した。たまには風邪を引くのも悪くないなと思った。

 

        *


「……悠くん、九時だよ~。一回熱測ろう?」


 おかゆを食べて、もう一度眠っていたところを日菜乃に起こされた。

 熱を測ってみると三十七度近くまで下がっていた。身体も少し軽くなった気がする。おかゆのおかげかな。あと今気づいたが、おでこに冷たいタオルが乗っていた。


「日菜乃、このタオルずっと交換してくれてたのか?」


「そうだよ?少しは楽になった?」


「かなり楽になった、頭もすっきりしたし。ありがとな」


「どういたしまして。そうだ、どうせなら身体も拭いてあげるよ」


「……じゃあお願いするよ」


 今更、身体を触られるのを恥じらうのも変な話だ。というか、そういう間柄になっている時点で既に変な話なんだけどな……。


「……旦那、相変わらず良い身体してますね。……じゅるりっ」


「おい、今はお前の小芝居に付き合ってる余裕は無い。早く拭いてくれ」


「あ、ごめんごめん」


 ここまで看病してくれたんだから最後までちゃんとやってくれよ……。

 身体を拭き終えて、服を交換して俺は寝る準備をした。


「熱は下がったけど、一応はもう一日様子見た方が良いかもしれないね。ぶり返すと大変だからね」


「かもな。じゃあ俺は寝るわ、おやすみ」


「うん、おやすみ。ちょくちょく様子見に来るからね」


「あ、日菜乃!ちょっと待った!」


 寝室から出て行こうとした日菜乃を俺は呼び止めた。


「……今日一日、看病してくれてありがとな」


「当然だよ、私は悠くんの『彼女』なんだから」


 そう言って日菜乃はニコッと笑って寝室のドアを閉めた。


「『彼女』か……」


 俺は日菜乃の彼氏、だが俺は二十二歳の社会人だ。一方で日菜乃は十六歳の女子高校生。俺が付き合って良い訳が無い。それでも俺達は恋人の関係を続けている。いつかきっとこの関係が公になった時、周りの人間は一体どんな反応をするのか。

 たとえ、批判されても俺は別れるという選択はしないだろう。別れれば日菜乃はまた一人になってしまう。俺はそうならないためにもこの事を隠し通さねばならない。

 日菜乃と『結婚』するその日まで――。

 



 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ニートの俺が通りすがりの女子高校生に飛び降り自殺を阻止された挙句に愛の告白をされる話。 倉之輔 @Kuranosuke3939

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ