これが現代の将軍3

 面高は困っていた。この状況になっても、まだなんとかならないかと考えを巡らせていた。

 だが、ゼナリッタはそれ以上に困っているのだろう。面高の困惑はあくまで日常の延長線上なら、彼女は監獄送りという人生の大問題に直面していたのだから。


「えーとですね」

 気は乗らないが、面高はヘビに説明した。

「——おれ話し合いとか苦手でして。しかもうちの実戦部隊っておれしかいないんですよ。でも困ったなあ」

「なんだ? 武器を取ってくるくらいの時間なら待ってやるぞ?」


「敵にビビって女の子を差し出すとか将軍としてあり得ないんですよね」

 ミツマタの紳士的な提案を、少年は平然と却下した。

 だが挑発に条件反射で襲いかかってくるほど、ミツマタも短気ではなかったらしい。

「ほう?」


「まあ闘うしかないないってんなら、おれは別に素手でいいんですけど。どうせ負けるわけないんで」

「女の前だからって無理をしない方がいいぞ?」

 面高は何の警戒心も抱かず相手の忠告を無視した。無敵の将軍は敵を警戒することすら世間からの批判対象になるのだ。


「あなた、負けて帰ったら上司に怒られちゃうんじゃないんですか? だったら今すぐ帰った方がよくないですか? 結果としちゃどっちも同じなんで」

 そのわかりやすい挑発に、ミツマタはとうとう怒りを表した。ただしその対象は将軍ではない。三つ首の大蛇は左右の頭部で面高をとらえつつ、真ん中の頭部でゼナリッタをにらみつけた。


「なあ選帝侯せんていこうの娘。これはおまえが悪いんだ」

 ミツマタはゆっくりと言い聞かせるように語る。

「——おまえは最も美しいと言われた砂鉄さてつこうの娘。人間なら、そのおまえをなんとしても手に入れたいと思うだろう。このくらいの少年ならなおさらだ。はったりで俺を撤退させて、おまえのような美しい娘にちやほやされたいと思うだろう。あわよくば男女の仲になりたいと思うだろう。そのためならたとえ命を失うような蛮勇も、なんとかなると思ってしまうだろう。ああ、だからこの少年が本当に俺と素手のまま戦って、死んだとしたら、それはおまえが悪いんだ」


 ヘビが獲物を捕らえるときの攻撃速度は恐ろしく速い。その巨体にもかかわらず、ミツマタも非常に俊敏だった。

 その瞬速は防犯カメラでも記録しきれないだろう。それはつまり、ミツマタが静止状態から面高の頭部に食らいつくまでは、秒間30コマある動画のうちの、たった1コマ分の時間しか無かったということだ。


 攻撃を喰らう瞬間の面高はそんなことを思っていた。これは人間の反射神経で避けられる速度ではない、と。


 面高や尊林やミツマタなど、魔人の眷属は非常に頑強な肉体を持つ。しかし、それでも生物であることに変わりはない。人類の兵器は通用しなくとも、同じ力を持った魔人や眷属同士でなら、相手を殺傷できる。


 眷属はたとえ体を大きく損壊しようと、時間をかければ自然治癒する。しかし、首の切断など、頭部に関する致命傷を受けると生命維持が困難になる。

 これは、眷属がかつては人間だったことに由来するという。人間はたとえ手足を失おうと、頭が無事なら『自分はまだ生きている』と認識できる。


 しかし、その肝心の頭部や頸部を潰されて、自分を自分だと認識できないほど神経をり潰されてしまったら、そのとき眷属は己を復元しようという意思すらなくなり——死ぬ。


 神速の一撃により、面高の脳天から下顎まではミツマタの右頭部の牙により完全に貫かれた。面高の利き手である右腕は左頭部の牙によって貫き固定される。

 脳が破壊されそこに毒液を注入されては、どのような魔人の眷属も無事ではいられない。


 当時の一般人は、将軍がどのように戦うのかという情報をあまり知らされていなかった。それはほぼ全てが国家機密だったのだ。公表される映像は、将軍がやられているシーンが全てカットされていた。将軍のイメージダウンを避けるための広報戦略だったのだ。


 そのため、東京の将軍に日常的な武器の携帯を許そうという議論は起こらなかった。今のままで勝ててるなら、これからも武装する必要なんてないじゃないか——と。

 最強の将軍に武器の携帯すら許さないという規制により、少年は死んだ。


 ◆ ◆ ◆


「ねえ……なんで? あなた、最強の将軍なんじゃないの?」

 ゼナリッタは明らかにうろたえていた。目の前の将軍が人類最強を名乗るのなら、たとえどんな状況にあろうと敵を撃退できると信じていたのだろう。


 素手のままでも、有無を言わさず敵を叩き潰すのではないかと。

 頼りないようでも、いざとなったら無類の強さを発揮するのではないかと。

 実はこの少年は影武者で、本当の将軍が現れて敵を一撃で屠るのではないかと。

 現実はそのどれでもない。


 。この程度で永遠の眠りにつけるのなら無敵の将軍などとは呼ばれないのだ。しかし現代日本は『正当防衛』のハードルが高い。よほどの強敵から一方的にやられない限り、面高は『無許可の武力行使』により罪に問われる可能性がある。東京の将軍の持つ軍事力はそれほど世間から警戒されていた。


 なので面高は死にながら迷っていた。たしかに肉体は毒によりほぼ機能を停止している。見た目は明らかに死んでいる状態で軽口を叩ければ格好いいのだろうが、残念ながら口は動かない。

 うろたえているゼナリッタを安心させてやることもできないのは歯がゆかった。


「姫、お気を確かに」

 尊林は彼女の肩にとったまま、元気づけるように羽で頬を叩いていた。そして小声で告げる。

「——あのヘビからできるだけ距離をとってくだされ」

「……なんですって?」


「どうか早まらないように。姫自らあのヘビめを叩っ殺そうなどと思ってはいけませんぞ。そのお力はできるだけ温存するのがお役目であれば」

「わたしに逃げろというの?」

 赤紫の瞳が怒りに染まる。


「いいえ、姫のお体が汚れないようにでございますれば」

 尊林はホーホーと鳴いた。それは笑っているようにも聞こえる。フクロウは森の賢者だというから、この一見深刻な状況の真相を見抜いているのかもしれない。

「——最強の将軍が数秒後にはあのヘビをブチ殺して、血肉が飛び散りますのでな」

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