忍法・空蝉の術1
死んでいる面高に対しても、ミツマタに油断するそぶりはなかった。特に利き手の右手に視線を感じる。この状態からでも自然治癒して立ち向かってくる可能性があるのが、魔人の眷属という生き物なのだから。ヘビの立場からすれば絶対優勢の勝負が決まった状態だ。なのに決して油断していない。
——これが本当の【
頭と右腕に食いつかれた状態はあまり気分のいいものではないが、面高は死にながらそんなことを思った。残心とは、敵を仕留めたと思っても完全なる死を確認するまで決して油断しない心構えのことだ。この三つ首の大蛇はおそらく生前、名のある武将だったのだろう。そんな雰囲気が感じられた。
しかしゼナリッタが遠ざかるような動きを見せたなら、注意を向けないわけにはいかないのだろう。ミツマタの真ん中の頭部だけがその様子をうかがった。
「おいおい。将軍サマを放っておいて、お姫サマは逃げようってか?」
『宿主の死亡を確認。これより迎撃を開始します』
システムメッセージが流れてきた。
それは2030年にしてはあまりにも時代遅れなほどの機械音声だった。テレビゲームの黎明期を知っている人間なら『ファミコン』や『スーパーファミコン』のザラついた合成音声を思い浮かべるのではないのだろうか。面高はレトロゲームに興味がなかったので聞きかじりの知識なのだが。
「…………何だ今の声は。どっから聞こえてきたんだ?」
一瞬だけびくりと身体を震わせたミツマタは、面高から目を離さない範囲で周囲をうかがう。迎撃というからにはどこかから反撃が来るかもしれないと身構えるのは自然だ。しかしヘビの敏感な感覚器官をもってしても攻撃の予兆や声の出所を捉えられないようだった。
なにしろそれは、魔界の秘宝による防衛反応なのだから。これは面高本人の意思ではないので『過剰防衛』には問われない。少年は死にながら安心した。
「——周囲に人の気配なし、上空に航空支援の気配なし。すると……今のはお前らへの合図か?」
ミツマタはゼナリッタへと問うものの、令嬢の表情も困惑に染まっている。
『危険ですので、黄色い線の外側で、お待ちください』
駅の構内でよく聞かれるような警告音声が、駅から遠く離れた道路上で鳴り響いた。
それと同時に、死亡した面高を中心とした半径およそ5メートル範囲の道路上に、黄色い円が描かれる。その色は、面高の眼の色と同じだった。
「これは——!」
ミツマタの中央の首が焦りを見せて、周囲や上空を素早く見渡した。しかし地面に何かを描けるような投影装置は発見できなかったようだ。次に極太の尻尾が黄色い線の部分を強く叩きつける。アスファルトの表面がはじけ飛ぶほどの衝撃を受けても、線はそこに残っていた。
「——てめえ、何か知ってやがるな?」
大蛇はフクロウをにらみつけて牙を剥く。
尊林はくちばしを大きく開けてホーホーと鳴いた。やはりそれは『笑っている』ように感じられた。
「ミツマタさんや、お前さん何年に一度くらい地上に出てきてるのかな?」
「……10年ごとに様子は見ているが、それがどうした」
質問の意図を読み取れてないのだろう。大蛇はそう答えた。
「そうか、お前さんと違って拙僧は毎年地上を満喫していてな」
「何だ? なんかの時間稼ぎか?」
「いいや? そんなことをする必要はない。ただな、地上は——特に最近の日本は何をするにもどこへ行くにも警告音声だらけでうんざりすることもある。『ドアが閉まります』『発車します』『バックします』『右に曲がります』とな。そして警告を無視してまで危険地帯に踏み込んで被害を受けたのなら、それを無視した者が悪い——とまあこんな【自己責任論】が流行したのは何年前だったかなあ」
「てめえ何が言いてえんだ」
「言う必要もなかろうよ。お前さんはすでに負けているのだからな」
言葉通り、その時ミツマタは既に敗北していた。
大蛇が誇る3つ首のうち、左の頭部はすでに切り落とされ、落下している最中だったからだ。
「なにっ!?」
今まで余裕だったミツマタの表情に、初めて焦りが浮かんだ。
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