こいぬのクリスマスケーキ

今秦 楽子

こいぬのクリスマスケーキ



こいぬのクリスマスケーキ

               

                                     今秦 楽子





こいぬとサンタが乗ったクリスマスケーキではない


「子居ぬ」な、こいぬのクリスマスケーキ



 英子はナオに虐待を、ナオは警察に通報を。


 その結果、英子は加害者となり、ナオは被害児童として施設に身を寄せた。


 あれから一ヶ月。くしくも今夜はクリスマス、英子は逮捕の前に予約したケーキをとりに行き、仕方なしにホールごと頬張る。いつもナオは砂糖のサンタを好んで食べていた。「甘すぎるな」赤い服にほんのり香りづけられた苺の香を感じながらケーキを残す。


 きっとナオは豪華な夕飯を食べているだろうなんて考えながら「気持ちだけでも」と英子は骨付きのローストチキンを焼いた。焼き時間に付け合わせを作りながら


  キリストに祈りを捧げる。きよしこの夜にナオが夢安く眠れる事を。



そんなわけはない。ナオはザワっとした気持ちを抱え、消灯をとっくに過ぎた24時をすぎてもまだ起きていた。もちろんサンタなんて来ない。幼い頃は薄目を開けながらサンタが来るのを待っていた、「あんなの幻想だった」なんて思いながら。


 施設では規律正しい生活を強いられていた。起床も就寝も早く、時間時間にする事が決まっていて、「休む」と言う作業は寝る前のわずかなテレビの時間だけだった。もちろんチャンネルを決める権利はない。

 基本的におしゃべり禁止、身の上話はもとより、苗字も知らない児童だけがひしめいていた。ナオはそんな生活もまんざらではなかった。英子の顔色を見ながら過ごす緊張感から解放される、それだけで安堵していた。

 英子が嫌いなのではない、ときおり見せる「発狂」がナオを苦しめていた。それ以上にナオ自身が「発狂」を引き起こしている自覚こそナオを窮地に追い込んでいた。


 ナオは13になる。英子がのぞんで望んでできた子。名前の通り真っ直ぐすくすくと育った。英子の言うことは素直に受け入れ何もかも成果を出してきた。

「おんしぇんいく?」

「うん、おんしぇんの後コーラ飲みたい」

「いいよ、ママビール飲みたいけど運転あるから、ママもコーラにしよ」

がむしゃらだった。週末に休みが取れる仕事をしながら、車を借りてスーパー銭湯でよく過ごした。癒しがいつの間にかストレス発散となり、それでも何も解決できなくなると「発狂」となる。ナオは物心がついた時から父親はいない。常に英子と二人三脚。いつも英子のペースに合わせてがむしゃらだった。そうすることで「発狂」からまぬかれると言う理由づけで。


 そう言いながらも英子はあまり怒ることはなかった。どちらかと言えば褒める事を大切にしていたけれど。

「すごい! ナオちゃん画伯やね」

「これねじゅみ、お相撲してんねん」

「Amazonで額縁たのむね、飾ろうね」

気持ちと建前とがチグハグになったりもする。そう言ったときに「発狂」が起こる。これに萎縮しながらまっすぐまっすぐ折れそうになってもまっすぐ育ってきたのがナオだ。

「大きなのっぽの古時計〜おじいさんの時計〜」

「それやったらオーディション大丈夫ちゃう?ナオちゃん歌うまいよ」

「やった! セリフ! セリフある!」

「ミュージカル、がんばりね、ソロバン辞めたいってママから伝えるわ」

「一応、キリのいい級まで頑張って欲しいって。ソロバンの先生から言われた」

「ママ、ソロバン合格したよ」

「おめでとう! ミュージカルに専念できるやん」

 ナオは意思を通しながらも言われた通りのことを正しく間違えることなくやってきた。そこに「ナオ」と言う個性はいつの間にか死んでしまっていたのかもしれない。ナオを形容する言葉、えらいね、すごいね、かしこいね。他人からはよく言われていた。英子の中でもその言葉たちに間違いはなかった。それに加えユーモアがあり英子の笑いのツボもおさえていた。英子だけが知るナオの個性。


 芯が一本通っていてまっすぐまっすぐ伸びたナオの心は思春期という壁を突き破る勢いも迂回する衰えも持ち合わせていなかった。ただ痛みを英子や友達に向けることなく自分で処理して自分を傷つけていった。ナオの体には無数の痛みの結晶が切り刻まれている。

「ナオちゃんそれどうしたん?」

「転んだ、すり傷になったん」

「そうなんや」

「あ、先生、今日もなおお腹が痛いとか言ってるんですか」

「それもあるんですが、ナオちゃんの腕と太腿の傷ご存知ですか」

「はい、すり傷と聞いてます」

「私も初めはそういうふうに聞いたんですが、どうも自分で作ったみたいです、このことは本人から母親へは話さないでほしいと言われてまして……」

「ナオちゃん、その傷どうしたい?」

「消したい」

「シミとかにならん様に皮膚科いく? ママついていくし」 


 ゆえに施設では児童らと入浴できない。いつも一人で、シャワー浴。時々先生が気を利かせて残り湯で入浴させてくれるのだ。自分で自分を傷つけてきたことを悔やむほど感情が豊かではなかった。……ただ傷がある、それが皆を不快にする、だから個浴……全ての事象を「仕方ない」で済ますのがナオの個性なのかもしれない。


 英子は新居に身を置いた。偶然にも逮捕前に契約を済ませていた新居。ナオとは今まで1DKのすべての部屋をプライベート空間なくシェアしていた。ナオが欲しくてたまらなかった自室のある新居。だがナオのいないナオの部屋の扉は閉じたまま。ただただ帰らぬ主人を待つ。

「新しい家に行ったらベッドと机、買ってな。IKEAとかがいいな」

「不動産屋ちょっと見てみる?」

「事故物件でもいいねん、部屋があって予算内やったらさ。ナオ、自分の部屋が欲しい、ママはママの部屋作ったらいいやん」


 逮捕の瞬間、たくさんの警察車両がマンションを囲み、英子が腰縄に手錠といった風体でエントランスに降りてきた。歩道を渡り警察車両に乗り込む場面。それを誰にも見られていない保証はなく風評が恐怖だった。自分にかかるそれより、犯罪者の子どもと噂される恐怖が瑛子の微力を奮いたたせサクッと引越しを済ませた。

「部屋、せまなるからソファーはナオの部屋に入れんといてね、ピアノおいたらせまくなるけどダイニングとかだめ?」

「ピアノはナオちゃんの部屋以外おかれへんよ、サンタさんに頼んでもらったピアノやろ。今さら……」


 英子は逮捕後20時間ののち検事と面会した。誰もが子供の「しつけ」に理解を示してくれなかった。英子はあくまでも「しつけ」の一つだと主張したのだが、ナオに身体的なケガがないもののしっかり証言が取れていたことで容疑を否認したまま暴行罪が成立した。この暴行罪、言葉の暴力も含まれる。


 英子は7万の罰金刑を科され、初犯となった。

 最後までしつけだと反省の色がなかったことが検事や裁判官の心証を悪くした。裁判の終わりに、裁判長はこういった。「身体には現れなかった傷ですが、十分彼女の心は傷ついています。親としてこれからどう関われるか自問しながら生きてください」


 英子の中で曲がった正義があった。だからこそ裁判までの勾留期間も保釈請求せず耐え、意地の悪い看守たちとも渡り合ってやり過ごしてきた。その間「反省」はない。諭す人が誰一人いなかった、英子にとって簡素な判決だった。

「しつけ、叱咤をしました。被害者が言っていることに対しては黙秘します」

「名前は黙秘します」

「居住地は黙秘します」

「今は無職です」

「家族については黙秘します」

「ナオが家に帰ってきた時刻は17時02分ではないです、04分です」

 英子に裁判官からの言葉が響くのが時遅くしたクリスマスの夜のこと。さむい寒い夜、ケーキ屋が気をきかせて添付してくれた「ろうそく」を眺めながら、涙に明け暮れた。



 クリスマスを迎える前の12月に入った頃、英子は親として絶望した。ケースワーカーから事態の重みを思い知る。ナオからの拒絶。ナオは「発狂」から解放され「発狂」のない世界が存在することを知った。規律しかない空間の中に「くつろぎ」を感じた。そして英子に拒否を突きつける。更に次段階として、中長期的な里親への話が進んでいた。


 里親……育てられない親の代わりに一時的に家庭内で子どもを預かって養育する制度で、里親と子どもに法的な親子関係はなく、実親が親権者となる。里親には、里親手当てや養育費が自治体から支給される。


 犯罪者のムスメとして育つよりもナオにとってはいい選択なのか。そんな里親に彼女は愛に包まれることがあるのだろうか。自他共に認める超ヒトミシリなナオが、自分を表現でき、自分の長所を伸ばし生きてゆけるのだろうか。

 いまだに親ぶって我が子の行く末を案ずる、滑稽でしかなかった。自分は法を犯したのだ。そんなことをよそに。








 

 あけて新年。年末年始の人の浮かれ様が英子を奈落へといざなった。犯罪者に親族はいない。暮れに父親も亡くしてしまった。ふがいない状況の中父親を心の中で見送った。式典には参列しなかった。英子の母親にだけは心配するので住所を教えた他、誰一人知らせなかったし、転送される予定の年賀状は届かなかった。

 

 英子はサロンセラピストとしての仕事をしていた。タイミングなのか10月いっぱいの閉店を機に退職を決めていた。店に迷惑をかけずに社会的な制裁を受けることなく。そして、段階を経て独立しようと考えていた矢先の事件だった。

 3月いっぱいは勉強にあてたいという計画も予定通り、犯罪者とはいえ社会的な失墜はそれほどなかった。

 けれど罰金刑以上の罪には保健師助産師看護師法に抵触する。看護業務に関する業務停止命令が、3ヶ月告げられた。よって、看護師であることを公にしたセラピストというふれこみを封印した。それもあり新規開拓や営業など意気込んでいた開業準備はおろそかになる。


 今まで英子自身の軸を作り上げることでナオは素直についてくる、英子の足元を見ながらナオも世の中に巣立っていくのだろう。本当に当たり前に考えていた道だった。そこからナオがいなくなるなんて。ナオから拒否され離れていかれるなんて

 考えもしなかったし、起こりっこない事象だった。

 築いてきた基礎からシロアリに喰われたかのごとく、無残に崩壊していくイメージだけ、世間の浮かれようと対比して精神もシロアリに喰われた。


 人は傷つくと寝込む。眠るだけが癒しだった。起きては夜を待つ、眠る。ただただそれを正月は繰り返した。オイルも圧も、温もりも。そんなもの何の役にも立たなかった。セラピストとしての自負がまた崩れる。とにかく眠った。

 あまり食べなかったが、持論、「コメさえ喰らっていれば何とかなる」コメだけは毎日炊いた。正月休みが明け、人々は働き、七草がスーパーにで始めた頃、英子は冬眠から覚めた。


 相変わらず児童相談所からはナオからの拒否の報告とナオ方の準備の進捗を伝える連絡ばかりで、ナオばかりが先へ先へと進んでいた。ナオは自発的に里親を選んだ、児童養護施設という選択肢を取らずに。

 養育里親を使っても、ナオに戻りたい意思が芽生え英子に受容できる能力があれば再び家族として再出発できる。というのが児童相談所からの提案。「決してあなたからナオさんを取り上げる意思はないです」という体で伝わった。


 少しずつ前に進むべく力が出てきた。

軽く調べてみた。どうやら、この里親はボランティアではない。市町村から養育費とお手当が出るらしい。合わせて月に14万ほど。決して高い金額ではないが13のナオにかけるには十分すぎる金額に思えた。もちろん他人に対し、また被虐待児、思春期の女子に愛を持って接するにはそれぐらいの対価は必要とも思う。市町村が求める愛とそれに係る対価、英子はナオに14万相当の愛を注いでいただろうか。


 どんな親がナオにおとうさん、お母さんと呼ばせるのだろう。







「お邪魔します」

今まで虚と過ごしていた部屋にようやく主人が帰ってきた。ナオが扉を開ける。英子はナオと一緒に買いそろえようと引っ越し前に相談していた、必要なベッドとカーテンを事前に用意した。今日は試験的な外出ということでナオが新居に帰宅した。年季の入った新居に。行きたい場所がナオの部屋というリクエストに合わせナオを迎えた。


 ナオは高校3年生受験生に、なっていた。


 英子の新居の近くに居住する50代の夫婦と実子のいる家庭に養育された。ナオからはその母は子宮の癌で子を諦め、実子は幼い頃に養子縁組を結んだ兄だと教えてもらった。ナオとは3才差の家族。父親は市町村の高校で教壇に立ち、母はそれを支えていた。


 これからはナオが帰ってきたい気持ちになったら、外出や外泊ができる、というところまでこぎつけた。それには英子の意識変える努力が必要だったし、経済的な自立を果たし、ようやくナオとの和解が実った結果だった。


 英子は母親の計らいで父親を納棺する際だけ父への面会を許してもらった。母と英子と納棺師たちとで父を棺に納めた。その折に触れた、納棺師という職業に魅了されハローワークに行きついた。


 逮捕前、家計がピンチな時に、看護業務として地域医療の保清業務に廻る訪問入浴の職業に単発のバイトに入っていた。お宅へお邪魔し、健康状態のチェックを終わらせ入浴の身体準備を行う。助手の洗髪作業の後に洗体作業から参加し、皮膚状態の観察も同じく行う、浴後身なりを整え必要ならば処置を施す。これを1日7〜8件廻る仕事だった。

 湯灌と似ていた。

 湯灌とは……ご遺体を入浴させて洗い清めることをいい、故人が無事に成仏し来世に導かれるよう、現世の汚れや悩みなどを洗い流す儀式として古くから行われてきた。


 英子は生きていく上で「癒し」という言葉にこだわっていた。風呂が癒しの人もいるし、リラクゼーションが癒しの人もいる。それに携わることで身体を天に捧げられると感じていた。看護師に関わらず福祉施設で助手として入浴介助のバイトをしていたほどだったから。

 仕事にきれいとか汚いとかあったとしても汚くても良い、他人が幸せになれば、他人に幸せが舞い込むことがあれば。石鹸で垢が取れてゆく様は爽快であった。


 この世での付着したけがれにはきっと故人の深い悩みが乗っかっているのだ。それらを取り払い新たな来世へ導かれるお手伝いができる。そんな感覚だった。だから納棺師をベースワークにした。あいた時間を勉強と開業に向けて歩んでいった。


 とにかく、実直に先輩から教えを乞い、大切なご遺体に触れさせていただいてきた。天に向かうご遺体たちはそれぞれいろんなお顔を見せてくださる。父親の様に穏やかに眠ったご遺体ばかりではない。けれどどんなご遺体でも、生前には意思があり、生きてきた意味があり、それを全うし旅立たれる。生前に近いお顔立ちでお送りできる様、真摯に向き合った。


 またリラクゼーションの開業も順調に実績も増え、最近になって講座で知り合えた仲間を雇用できる様になった。

 湯灌とオイルケア、二足のわらじで身を天に捧げた。



 これからが勝負。ナオを「発狂」せず愛し続けること、これができなければ身も蓋もない。


 ナオもまた親を犯罪者にしたという自責の念に取り憑かれながら生きてきた。


 ナオが受けた暴行とは平手で頬を叩かれる、服を掴んで引きずられる、押し倒される。といった行為だった。傷害にいたるものでもなかった。許せず通報した。それは感情的ではなく、社会的に許されるものではないとの判断からの通報。英子は警官に取り囲まれ、ナオは女性警官に保護された。ナオは物腰の柔らかい丁寧な対応に素直にあったことを話した。簡素な裁判であったため、直接英子と関わることなく裁判官に証言通りのことを話した。英子が罰金刑の実刑となったと後で知った時、ことの重大さを知った。


 ハンザイシャ。英子がそう呼ばれると、ナオは苦しみで胸が押しつぶされた。里親の前の施設では身の上を語ることもなかったので誰からも犯罪者というフレーズが流れてこなかった。新しい親たちがそういった語句を使うたび苦しかった。


 ナオは知っている、英子はナオを愛していたこと。その愛がぶっきらぼうなのも。愛がなかったかの様に新しい両親が話すたび「違う」と言いたかった。けれど喉まで出て呑み込む。なぜなら英子はナオが作ったハンザイシャだから。


 そういった面をなくせば新しい両親はとてもナオを容認してくれた。まず学校に行けなかった所を理解し家庭学習から付き合ってくれた。ナオは事件当時不登校児だった。

 新しい母は教員免許を持っていたので、わからないところもつまずきなく施設や不登校で遅れていた分量を取り返せた。自信がつき2年生の夏から1年ぶりに学校へ通ってみることにした。

 家庭といっても他人ばかりの集団だからわだかまりがない。自然体を出すことができた。今までの真っ直ぐとは違った自然体。


 ナオに友達もちらほらできた。身の上は明らかにはしなかったが、一人だけ信頼のおけるシオンに出会い、シオンだけには何もかも打ち明けた。


「お母さんはママのこといいふうに言わないんよね。言葉で解決できたのに……とかいってる」

「うちはさ親に抵抗できずにきたから、ナオのことすごいと思うな、ナオは自分で自分を護った。それだけやよ」

「110番しなかったらどうなってたんやろ、普通に親子かな」

「『後悔』ってないんよ。悔いるために起きた出来事って言うのは悔いるためにあるんよ。悔いる気づきのために必要だったんよ。ナオは何も間違ってない」

「悔いるため……」

 シオンは英子をハンザイシャにしたのはナオではない、と言い切ってくれた。英子の「発狂」からは逃れなくてはならなかったし汐目だったと肯定してくれた。ハンザイシャになったのは結果。何も負い目に感じることはない。いつも勇気づけてくれた。新しい親たちの「犯罪者」に対する斜に構えた態度も不愉快だと言ってくれた。



 ナオは高校受験も大学進学を見据えた、やや難関校と言われる公立校へ入ることができた。シオンは違う高校に行ったが、いつまでも繋がっていた。

「ママと一緒に住もうかと思う」

「なんで?」

「前言ったやんね、悔いるために起きたことって。何を悔いてきたんかなって思ったら、

今のお母さんたちみたいにちゃんと話が出来んかったって思って」

「話はしてたでしょ」

「うん、してた。けれど今は『自分が主語』の話ができるけど、ママにはそんなしゃべりかたしなかったって。ほんとうは『私が、寂しい』とか、『私が、悲しい』とかちゃんと言えばよかったって悔やまなあかんことがわかってさ。その時は言ったらママが困るとか思って言ってこなかった。寂しい時は寂しさを紛らすことだけやってたらなんとかなるって過ごしてた」

「そうなん、なんかすごい気づきやね」

「今は家族多いから思い知ってんけど、寂しかってん。でも寂しいって気持ちが当たり前でわざわざ改善できひんのにいうなんて酷やなとか思ってたんかな。ようわからんけど」

「それでなんでママと住むん?」

「ママも寂しいから。絶対寂しいはず。その前にもっと『私がしゃべりたい』ねん。仕事が楽しいとか、人に喜ばれる仕事とかが生きがいとか言ってるけど、それでは埋められないんちゃうかなとか勝手な想像。律儀に返事のない手紙送ってくるんはそうやな」

 高校に入ってから、英子に対する考えが柔軟になってきた。英子は月初めと中頃に手紙をよこす。LINEのようなやりとりはしんどいと伝えていたから。そしてナオは返事を出さない。一方通行の手紙であるが実の母親が存在のわかるやりとりだった。


 意思がかたまり高校2年に進学し、里親と進路について話し合う。家を出て自活するか、家にいるかの二択しか新しい親たちは提示しなかったが。ナオはためらわず発言した。


英子のもとに帰る、と。






 これからが勝負。ナオも「発狂」させず英子を愛し続けること、これができなければ身も蓋もない。



             と心に誓った。






                                                        (了)

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