1章3節:序列十位《ヴェンデッタ》

 私たちがカウンターの前の座席に並んで座ると、ギルドの受付兼酒場の店主のおじさんが露骨に怯え始めた。

 掲示板を見ている間、私たちを見ないようにしていたし、目前に居る今も視線は横を向いている。


「あ、あんたら……とんでもないな。あの男を倒しちまうなんて」


 恐怖混じりの笑みを浮かべながら、そんなことを言う。

 私はいつも通り「愛想の良い快活な少女」のフリをした。

 こうやってヘラヘラ笑っていれば大抵の奴は『見下してもいい下らないやつ』だと思ってくれる。見下せるからこそ心を許し、油断してくれる。

 せっかくこんなにも華奢な外見をしているのだし、「ナメられないように」と見た目に反した威圧的な振る舞いをするよりかは、その方が合っているのである。


「なはは、ごめんね、物騒なのは迷惑になると思ったんだけど、この子が短気でさ~」

「ちょっとリア様、見てただけの癖に何を……! 全く、どうしてこんな風に育ってしまったのか……」


 横でぶつぶつ言って怒っているリーズを無視して話を続ける。


「お詫びと言ってはアレだけど、スラムの連中の失踪に関する依頼について聞かせてよ。受けてあげるつもりだから」


 私が笑顔でそう言うと、店主は少しだけ話そうか話すまいか迷う素振りを見せた後、恐る恐る口を開いた。


「それはありがたいんだが……もしかしてあんたら、序列十位の《ヴェンデッタ》か? そうだったら、あのゴロツキを簡単に倒しちまうのも納得だが」


《ヴェンデッタ》――私、リーズ、ライル、ウォルフガングの四人で結成した冒険者パーティの名である。ちなみに名付けは私であり、かつての世界において「復讐」を意味していた言葉だ。

 そして「序列」というのは、ありていに言うと「冒険者ランキング」である。各冒険者パーティはギルド内部で依頼達成率や達成数、遂行した内容の難易度など様々な基準によって評価されており、世の中に千以上存在するであろうパーティの中でも評価値が上から十位までに入っているものは「序列入り」と呼ばれている。

 なるほど、序列に入るとこんな場末のギルドにも情報が共有されるのか。

 私がニコニコしたまま「よく知ってるね」と言うと、店主は尚更に困った顔をした。


「……知ってるも何も、ギルド界隈じゃ相当な有名パーティだしな。『序列に入るくらいの稼ぎならもっと良い暮らしが出来る筈なのに、各地を渡り歩いては危険な依頼だけを受け、確実に成功させる神出鬼没のイカれた連中』なんて聞いてる」

「ふふっ。実際、私たちより上の九パーティはもっとマシな暮らししてるだろうね」

「あと、『陽気なフリして全く隙を見せやがらない桃色の髪の女、とんでもない速さで戦場を駆け巡る赤髪の女、市販のロングソードで竜を殺した男、よく分からん軽薄そうな男の四人で構成されている』って話もな……今は一人居ないみたいだが」


 なんだ、せっかく愛想良くしていたのにおじさんがずっと怯えているのは、既に他のギルドからメンバーの特徴について共有されていたからか。

 私が納得していると、話を聞いていたライルが、隣に居るリーズの方を見て渋い顔をしていた。


「えっと……なんか俺の扱い、酷くねえ?」

「事実、あなたは軽薄だし、その癖して内心では何考えてるかよく分からない怪しい男でしょ」

「失礼な、俺の脳内はいつも可愛い女の子のことでいっぱいだぜ? 昔と変わらずキュートなのに中身はドス黒に育っちまったリア、黙ってりゃ良い女だけど口うるさいのが玉に瑕なあんた、あと、この前に滞在した公国で見かけた兎族の子、森で見かけたエルフちゃん……」

「口うるさくて悪かったわね、バカ」


 目の前で繰り広げられる痴話喧嘩を見て、店主の気が少し和らいだのを感じた。

 どうやら私の笑顔よりも、この二人の言い合いの方が効果的だったらしい。王都占領の日を境に笑えなくなってしまったから、鏡に映る自分を見ていっぱい練習したんだけどな。

 店主は酒場の外を眺めるように遠い目をした。


「全く……この辺りに居るのは冒険者ですらないゴロツキばかりだから仕方ねえが、モノをよく知らずにとんでもない相手に喧嘩売っちまったもんだ」

「むしろ知れ渡ってたら困るよ。もし、おじさんが『そういう人』なら殺さなきゃいけなくなるからね」


 どうせこちらのことはバレているようなので、私は表情を変えずに平然と言い放った。

「襲撃されるリスクの低減」という観点から、冒険者の容姿や居場所を特定出来るような情報を外に漏らすのはギルド内でご法度ということになっている。

 長いこと活動していればどうしても誰かに素性を知られてしまうとはいえ、信用商売であるギルドがその原因を作ることは許されない。

 実際、他の地域のギルド職員で《ヴェンデッタ》の情報を売り渡した輩が居たので、情報を買った冒険者パーティごと私一人で始末した経験がある。

 相手の方に非があったとはいえギルドに無断で実力行使をしたので評価値に対するペナルティを受けたが、必要なことだったので仕方がないし、今後もそうするだろう。

 従って、これは単なる脅しではなく、自らの命を大切にしてもらう為の「おせっかい」である。

 おじさんは私がしたことの噂も聞いていたのか、慌てて両手を突き出し、否定の意を表した。


「お、俺は情報売ったりなんかしてねぇし、今後もするつもりはないからな!? こんな寂れた酒場兼ギルドのおっさんなんて信用出来ないかも知れんが、裏切っちゃいけない奴らの見極めくらいは出来る!」

「良かった。それなら、きみの死体を見ずに済みそうで何より」

「やれやれ、顔のわりにおっかねぇお嬢さんだ……さて、関係ない話はこの辺にしておいて。あんたら、あの依頼に興味があるんだろ?」

「うん。『スラムの住人が失踪してる』ってことだけど、詳しく聞かせてくれないかな?」


 店主が依頼主から聞き取った内容を語っていく。

 ライルがさっき言っていた話に加えて、どうやら自警団に所属している男が、武装した不審な連中の姿をたまたま深夜に目撃し、なおかつ生還したらしい。

 人さらい共の考えとしては「生きたまま簡単に捕らえられそうなら誰でもいい」という感じなのだろうか、主に女子供や老いた浮浪者を狙い、暴力で黙らせたり拘束系の《術式》を使用するなどして連れて行ったという。

 過去の目撃者は全員捕まったか殺されているとのことだが、それでも実際のところ、これまでに居なくなった者たちの傾向を見るに、いわゆる「弱者」が多いというのは確かなようである。

 スラムをまとめ上げようとしている自警団としてこのような卑劣な行為を見過ごすのは面目が立たないが、かといって自分たちでは手に余る案件だと判断し、解決を依頼したとのことだ。

「情けない」と言うべきか、或いは「身の程を弁えている」と言うべきか。まあ、スラムの自警団など実態としては大した武力もないゴロツキの集まりなのが普通だから、そんなものだろう。


 一通り話を聞き終えた私たちは依頼の受諾を宣言したうえで、店の一番奥にあるテーブルを陣取って作戦会議を始めた。


「待ち伏せして襲撃し、殲滅しましょう!」


 みんなが席に着くとすぐに、リーズは真剣な表情で私を見てそう言った。

 この子はいつもこうである。真っ直ぐ過ぎてアホの子になっているというか、最短距離で辿り着いた答えを出す傾向にある。

 すると決まって、ライルが「やれやれ」と呆れながらツッコミを入れてくれるのだ。


「殲滅しちゃ駄目だろ。当然、人さらいに来てんのは組織か何かの一部だけで、活動拠点がある筈だからそっちも潰さねえと」

「……そ、そうね! でも、王都周辺でそれらしい場所なんてある?」

「村が幾つかあるくらいか? 急造した拠点を構えてたり、或いはハイレベルな《術式》使いを囲い込んで術的隠蔽をしてたりするとダルいな」


 しばし考え込む私たち。

 二人の言う通り、この辺りで拠点になりそうな場所は思い当たらない。かといって数十人を連れて長距離を移動するというのも無理がある。

 どこかの村を武力で占拠したのか、或いは現代の地図に載っていないような旧時代の廃墟か何かを利用しているのか、何にせよ見当がつかない。

 ヒントになりそうな情報が流れてくる時が訪れるのをじっくり待つのも悪くはないが、せっかく私たちの中には「そういうのが得意」な奴が居るから、ここはお願いしてみようかな。

 私は満面の笑みを見せて、胸の前で両手を合わせた。


「ねえ~、ライル~」

「うわっ出た。リアがその顔する時って大抵、ロクなこと考えてないんだよなぁ……」

「深夜に出歩いてたら連中と遭遇出来るかもしんないし、追跡してみてよ。ほら、城壁跡の端の辺りに借馬屋があったじゃん、しばらく借りとくからそれ使ってさ」

「確かにそれが出来たら確実ではあるけどさぁ……なんで俺だけ……」

「え~だって。長時間、馬の足音とか含めて消せるレベルまで《隠匿コンシール》……気配遮断の《術式》を仕上げてるのはきみだけだし」

「あれ、消耗が激しくてマジで疲れるんだが」

「って言いつつ、何だかんだやってくれるんでしょ? ほら、私の《術式》構成や『能力』はどっちかといえば戦闘寄りだし、リーズちゃんも戦闘バカだし」


 赤髪のお嬢様が「ぐぬぬ」といった具合に悔しそうな顔をする。


「どうせ私は《加速アクセル》と《衝破インパクト》しか使えぬ不器用な女です~!」


 リーズがちょっとだけ拗ねてしまったので、私は彼女の頭をナデナデしてやった。


「よしよし、責めてないって。最終的には奴らを潰す為に絶対に暴れることになるから、その時には期待してるよ」

「リア様が私に期待を……ええ、頑張ります!」

「もう、年下の私に慰めさせないでよ」


 ライルはそんな様子を眺めながらため息をついた。


「なんでウチのパーティの女の子たちはこんな武闘派なんだか……正直バランス悪すぎだぜ」

「だからこそ、きみを頼りにしてるんだよ」

「ったく……姫様に笑顔でそう言われたら実際、断れねぇんだよなぁ」

「私が可愛すぎて?」

「怖すぎて、だ。あんたを知らない奴から見たら確かに屈託ない笑みに見えるかも知れねーが、俺は怖くてたまんねーよ……ま、もし遭遇出来たら行ってくるわ。外から拠点の様子だけ窺ったらすぐに戻るからな?」

「うん。元々『一人で突撃しろー』なんて言うつもりはないよ。拠点の作りとか、防衛戦力とかを無理のない範囲で調べてきて」

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