第29話 グランドマスター

「明王式【浄華聖焔】」


 イメージ通りの火柱が立ち昇る。


 もう、余計なことは何も感じない。


 エレナを連れ戻す。邪魔をする奴は燃やす。


 それだけしか考えられない。


 オルクロードは法力の業火に包まれた。だが。


「大したものだ。魔力とは違うようだが、これだけの力を練り上げてくるとは」


 俺の炎は金炎によって相殺された。


「エレナ様の婚約者を名乗るだけのことはあるようだな。だがもう、お前の存在などなくても、人類の根絶は可能だ。それが出来れば我々はなんでもいい。たとえエレナ様の命に背くこととなっても、私はお前を殺す」


「どうでもいい。俺はエレナを連れ戻す。邪魔をする奴は倒す。それだけだ」


 これは本心だった。もう、人間も魔族も信じられない。信じられる者などいない。ならば、自分の力で道を切り拓くのみだ。


「明王式【三鈷剣】」


 法力が凝集し、独特な形の剣が形成された。


 それにしても、不思議な響きのする技名だ。東方の武術だろうか。


「剣技【グローム】」


 法力の剣で、俺は得意の剣技を繰り出す。一撃のみならず、二撃、三撃と叩き込んでいく。


 オルクロードの金色の硬皮には、稲妻状の亀裂が走り、徐々に砕けていく。同時に流血する。


 間違いない。こいつ、中身は柔らかいな。


「明王式【羂索】」


 途端に法力が縄の形に凝集し、勝手に動いてオルクロードを縛り上げた。


「終わりだな」


 俺は【三鈷剣】を相手の喉元に突き立てる。


「そうかな。ただではやられんよ」


 すると、オルクロードは大きく息を吸った。


 まさか、ブレス?


 警戒した俺は、一旦退がった。


「冒険者エレナ・メルセンヌは勇者殺しの大罪人! 先日サルーテを襲った洪水も彼女によるものだ!」


 とんでもない大音声でオルクロードは叫ぶ。


 まずい。王都の住民にも聞こえてしまう。


「そしてここに、冒険者ギルドのマスターでありながら彼女を擁護しようとする男がいる。皆、これを許していいのか?」


 市民を扇動して俺の身動きをとれなくするつもりか。


「やめ……」


「それは本当か? ロッソ・アルデバラン」


 振り返ると、大剣を構えた巨躯の男が立っていた。見知った顔だ。久々に見るが。


「グランドマスター……!」


 王国の冒険者ギルドを統括する立場、グランドマスターたる男。レオ・シリウス。


 本部からここまではかなりの距離があるはず。それを一瞬で詰めてくるとは。やはり噂に違わぬ実力者だ。

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