第21話 消えない傷跡

「優しいのね、ロッソは。でもね、私に帰る資格なんてないの。だって私、もう人殺しだから」


 エレナは既に殺人を犯しているのか?


 一体誰を?


 いやそれより。さっきから何か違和感がある。何か、三年前のエレナの姿と違う気がする。


 風にたなびくドレスの裾に目を凝らしたとき、俺は驚愕した。


「エレナ……その脚……どうしたんだ?」


「あぁ、ロッソ。私が殺人の告白をしても、私の怪我のことを気遣ってくれるのね。本当に優しい。そう。これはね」


 エレナはドレスの裾をたくし上げる。痛々しい傷跡が露わになった。


「勇者ジーグを殺したときに、両脚を斬り落とされたの」


「なんだって……」


 勇者ジーグはエレナの憧れ。いつか追い越すと宣言していた存在だ。


 そんな人を、殺した?


 いや、そんなことはどうでもいい。


 なぜあのエレナがそんな罪を犯さざるを得ない状況に陥ったのか、知る必要がある。


「エレナ、その傷、回復できないのか?」


「無理よ。今の私はヴァンパイア系の魔族。陽の光と聖剣の光に弱い。だから勇者ジーグの使う聖剣で斬られた箇所は、私でも二度と再生できない」


「なぜだ」


 俺はただ一言、絞り出す。


「なぜエレナがこんな目に遭わなければならなかったんだ!」


 俺は気付くと絶叫していた。怒っているのか悲しんでいるのか、可哀想で仕方ないのか、自分でも分からない。ただ、感情の激流が全身を貫いていた。


「ありがとう、ロッソ。こんなになった私を心配してくれるのは、あなただけよ。さ、一緒に魔界で暮らしましょう? 特別に選ばせてあげる。自分の意思で私と来るか、今ここで私に殺されて魔界で蘇生されるか」


「なぜ、殺すなんて簡単に言えるんだ?」


「だって、殺す殺さないなんて、魔界では日常茶飯事でしょ? それは人間界でも同じはず。それにね、ロッソ。私はあと六十年もしたら、ペイヴァルアスプに身体を明け渡さなくちゃならない。でも、私はロッソといられるなら何でもいいの。だからそれまでの間、楽しく暮らしましょうよ。ね?」


 なぜ、魔王に身体を明け渡していいなどと考えるようになったのか。エレナは、誰よりも魔王討伐に燃えていた少女だったのに。


 誰よりも、勇者とその一行に憧れていたのに。


「俺は、そんなの嫌だ!」


 気付くと俺は、走り出していた。


 エレナを抱きかかえて、そのまま遠くへ逃げよう。それしかない。


「貴様、変な気は起こすなよ?」


 ロードフェニックスが立ちはだかる。


「エレナ様が貴様との会話を望まれたから、黙って見ていた。だが、エレナ様の言葉を否定するのであれば、この黒凰が許さない!」


「邪魔だ」


 俺はアヴァロンが落とした【金剛杵】を拾い上げ、思い切り振り抜いた。


「ぐごっ、」


 存外に効いたようで、ロードフェニックスは建物を突き破って吹っ飛んでいった。

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