第20話 魔妃降臨

 そんなことを考えた刹那、轟音とともにサルーテの城壁が砕け散った。そこから大量の水が流れ込んでくる。


 間違いない。


 例の水道橋のある方向だ。そこから水が流れ込んできたのだ。


「あぁ、エレナ・メルセンヌ様。遂に地上に降臨なされるのですね」


 ロードフェニックスは恍惚とした表情を浮かべ、涙を流す。


 水は洪水のような勢いで建物を押し流し、道を拓き、大河となった。こんな大規模な魔法、見たことがない。


 だが、なんだか懐かしい感じがする。エレナは水魔法が得意だった。


 まさか、エレナがこれをやったのか?


 いや、そうに違いない。俺は妙な確信を抱いていた。


 押し寄せる水の流れは止まらず、途切れた水道橋から街へと降り注ぐ。水路は完成したわけだ。


 水路の中を、凄まじいスピードで音もなく泳いでくる影が見えた。巨大な水龍だ。

 青く輝く鱗に、禍々しく湾曲した角を持つ、長大な龍だ。


 アヴァロンの言っていた第二の可能性に該当するなら、これがエレナの今の姿だということになる。


 確かにエレナの気配は感じる。


 だが、魔妃たるエレナなら、もっと凄まじい魔力を感じるのではないか?


 そう思った瞬間、水龍はこちらへ向きを変え、パックリと口を開いた。


 刹那、凄まじい魔力の圧に襲われた。


 間違いない。エレナ本人だ。


 分身から発せられていた魔力を何倍にも凝縮させたような、濃い闇の魔力を感じる。


 目を開けることすら困難だが、辛うじて俺はエレナの姿を見据える。


 龍の口内で玉座に座するその少女は、三年前のエレナそのもの。黒いドレスを羽織っていること以外は、あの頃と何も変わらない。


「来ちゃった、ロッソ」


 エレナは嬉しそうに微笑む。


 何の命令でもない。


 何も強制されていない。


 なのになぜか、エレナの言葉に、感謝しなければならない気がする。『ありがとう、俺も嬉しいよ』と言わなければならないように思える。


 それほどの魔力が、無意識のうちに、発する言葉にもこもっているのだ。


 生命としての格が違い過ぎる。


 殺すなど、初めから無理な話だと思い知らされた。だが今の俺は殺すなどと考えていない。


 何としてもエレナを連れ戻す。


「エレナ、もう帰ろう。お前が魔王の玉座に座る必要なんかないんだ。俺は、エレナに誰も殺してほしくないし、人類の根絶なんかもしてほしくない」


 俺が決死の思いで語りかけると、エレナは可笑しそうに笑った。

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