金のタオルと銀のタオル(オマケ付き)

ちろ

金のタオルと銀のタオル(オマケ付き)

「あなたが落としたのは、この金のタオルですか? それとも、こちらの銀のタオルですか?」


 あぁー……。

 よくあるやつぅ。


 仕事の疲れを癒すために立ち寄った、町外れの銭湯。運の良いことに他のお客さんはおらず、大浴場は貸切状態だった。

 ……湯船から、『男湯の女神』とやらが現れるまでは。


「……あの、女神様」

「なんですか?」

「ここ、男湯なんです。女性が入っちゃ駄目だと思うんですが……その辺、どうお考えですか?」


 女神様は、「愚問ですね」と笑う。


「私は『男湯の女神』なので、男湯にいるのは当然のことです。私は長年に渡って、男湯の法と秩序を守ってきました。ですから、何も問題はありません」

「……そうですか」


 男湯に女神って、いろいろ矛盾しているような気がするけれど……まぁ、神様が言うのなら、問題ないのだろう。


 それに、こういう『金と銀の選択』を迫られるは森の泉だけだと思っていたが、どうやらそれも固定観念だったようだ――まさか、銭湯でも同じ現象が起こるとは。


 確かに温『泉』と書くくらいだから、ここに女神がいるのも自然なことなのかもしれない。


「さて、それでは選んでください。あなたが落としたのは、この金のタオルですか? それとも、こちらの銀のタオルですか?」

「ええと――」

「というか、湯船に落とさないように気を付けてください。不快に感じる方もいますから」

「ごめんなさい……そして、落としたのは普通のタオルです」


 正直に告げる。

 お伽話が有名すぎて、もはや常識とも言える選択かもしれないが。


「あなたは正直者ですね。こちらの金のタオルをあげましょう」

「あ、どうも……ありがとうございます」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………え?」


 あれ?


 普通のタオルは?


 これから体を拭かなくちゃならないから、普通のタオルも返して欲しいんだけれど……。

 こんな金属製のタオルで体を拭いたら、切り傷だらけになってしまうよ。


「なんだか不満そうな顔ですね……あぁ、もしかして、オマケが欲しいのですか? こういう賞品には副賞が付き物だと、そう言いたいのですね?」


 そう言いたいわけではないが、とりあえず頷いておく。

 あ、でも、欲張りだとか思われないかな……?


「重ね重ね正直者ですね。そんなあなたには、大サービスとして、オマケを差し上げましょう」

「普通のタオルですか?」

「いいえ。普通の金箔です」

「いらない!」


 少なくとも、今この瞬間は!


「それと、コレも差し上げましょう。今治の――」

「あ、今治のタオルですか?」

「いいえ。今治の金箔です」

「いらないって!」


 もう金はお腹いっぱいだから!


 それに、金箔は今治の名産品でもなんでもないよね!


「大変価値のあるものですから、大切にしてくださいね。では、私はこれで」

「ねえ、ちょっと! 話を聞いてくださいよ! 僕のタオルを――」


 ――行ってしまった。

 正しくは、潜ってしまったと言うべきか。

 ブクブクと。


「どうすればいいんだよ……コレ」


 もちろん、高価なモノであることは間違いない。


 だが、金のタオルの吸水率はゼロパーセントだ。


 こんなもの、言ってしまえばただの鉄板なんだから……体の水滴を拭うことには向いていない。残念ながら、金は常温において固体なのである。


「……考えても仕方ないか」


 ずぶ濡れのまま、浴場を後にする。

 結果――脱衣所をビチョビチョにしてしまい、清掃員のおじさんに怒られたのは、言うまでもないだろう。 

 金とタオルは使いよう、である。

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