メイドが私のことを浮気女と思っている様ですが、目がどうかしているのかしら。

江戸川ばた散歩

妄想するメイド

 まあラリサ様、お嬢様が婚約破棄? 

 本当、そちらは大変なことがございましたのね。

 そう言えば、私もちょっとだけ大変なことがありましたのよ。

 婚約? 

 そんな、貴女、もう私結婚しているじゃないですか。

 まあ、結婚しているからこそ、浮気しているって疑われたんですがね。

 うちの旦那に? 

 いえいえそんなことはございませんのよ。

 後でうちの家政婦ハウスキーパーに聞いた話なんですの。

 と言うのも、私の浮気を疑ったのは、うちのハウスメイドの一人なんですの。

 アンナという名のそのメイドは、元々はうちの実家の知り合いの家の雑役女中オールワークスをしていたんですが、知り合いが亡くなりまして。

 職を失うって言うことで、うちに紹介されてきたんですの。

 まあ態度とか粗雑なところもないし、読み書きもちゃんとできるし、まあこれはいいんじゃないか、って家政婦も言っていたんですのよ。


 ただ、アンナが来てから、どうも他のメイド達の様子がおかしくなったのですわ。

 何と言うか、私に対する視線が、何処か探る様なものになって。

 出かけると言えば、着いてくるのは大概侍女なんですが、どうも彼女もいつもより視線がおどおどして。

 何かあったの? と聞いても、何でもない、という内容を返して。

 だから私も、夫に、最近そういうことがあるって言ったのよ。

 で、彼から執事に言い、そこから家政婦の方に話が回っていったという訳。


 家政婦はうちで二十年がところ仕切っているひとで、信用がおけるわ。

 何がどうして雰囲気が変わったのか、判ったにら教えて頂戴、と私からも頼んでおいたのね。

 そうしたら、その十日後くらいに、アンナが解雇されたの。

 何故また、と思ったら、家政婦はこう言ったのね。


「アンナは奥様が浮気をしている、とメイド達に言いふらしていたのですよ」


 寝耳に水だったわよ。

 そんなことある訳ないじゃないですか。

 だいたい去年子供を産んだばかりで、可愛いさかりの息子に構いっきりで夫が嫉妬するってことはあっても、外の男とどうこうなんて考える暇もある訳ないじゃないですか。

 で、家政婦もアンナに問い詰めた訳。

 するとアンナはこう答えたって言うの。


「自分はメモも取っております。ほらこれをごらん下さい」


 それで家政婦もそのメモとやらを見た訳。


『○月×日八時半 奥様は門のところで馬車に乗る男Aと抱き合い接吻』

『○月△日二十時四十五分 奥様は男Bを招き入れ、自室へ通す』

『○月△日十五時二十分 奥様は男Cと応接のソファで横に座り、耳元でこそこそと囁いている』


 家政婦は細々とまた小さな文字できちんと書き付けてあるそれを見て、呆れたそうよ。

 だってそれ、全部夫のことなのよ。

 執事も家政婦もその時間に夫が家に居たことはよく知ってるわ。

 それにメイド達も、一つ一つの時間を追っていくと「あらそうでしたあれは旦那様でした」という次第。

 なのにアンナはいつも私が違う男を連れ込んでいる、と言っていたのよ。

 まさか夫の顔、雇い主である旦那様の顔を知らないのでは? と思ったけど、そうでもなくて。

 ちゃんと写真を見せれば、夫のことはうちの旦那様、という様に答えるのよ。

 何なのか判らないけど、このままうちに置いておいては、下手なこと起こしかねないから、ということで解雇したということなんだけどね。

 で、私の侍女のメリエンと小間使いのアーシャからも謝られたわ。

 奥様のことで少しでも誤解してしまってすみません、って。


「考えてみればそんなことある訳ないんですよ。そもそもこの家に旦那様以外の男が堂々と入り口から入ってくることなんて、それこそ奥様のご実家の方か、旦那様がご一緒にお連れになるご友人しかないじゃないですか。私達も何でそんなことを信じたのか……」


 本当に済まなそうな表情だったので、過ぎたことはもういいのよ、と言って収めたのだけど。


「ちなみにアンナはその後何処かに紹介状を出したの?」


 一応そう聞いてみたわけ。


「メイドがいつも足りないって言われているゼルフラン様のところへ出した、ということでしたが……」


 そう、貴女のところですのよ。ラリサ・ゼルフラン様。

 もしかして、貴女のお嬢様の婚約破棄のことも……

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メイドが私のことを浮気女と思っている様ですが、目がどうかしているのかしら。 江戸川ばた散歩 @sanpo-edo

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