第31話 屑(ゴミ)掃除

「ラーク女公爵、アリエス嬢のこと聞きましたわ。身内にあのような野蛮な方がいて本当に大変でしたわね」

「ラーク女公爵に何もなくて良かったですわ。お体は大丈夫ですか?」

アリエスは男爵位返上と禁固五年の刑が言い渡された。彼女は最後まで伯爵夫妻に騙されただけで自分は悪くないと主張し続けたそうだ。

伯爵夫妻は領地返上と爵位を伯爵から男爵位に降級、禁固十年が言い渡された。

実行犯であるならず者たちは処刑となった。彼らは平民で私は女公爵であることから彼らの処刑は免れなかった。

アリエスと伯爵夫妻が処刑になっていないのに、ならず者たちが処刑というのは理不尽に思えるかもしれないがそれが身分社会というものだ。

ヴァイス殿下が守ってくれたため私自身、無傷とは言えこれを機に私を貶めようとあらぬ噂を立てられてはたまらないので社交界に積極的に参加していた。

実は傷物なんじゃないかと噂を立てようとする者は少なからずいるのだ。

私は群がる貴族たちに笑みを見せる。

「ええ、私も彼女とずっと一緒に暮らしていたのでぞっとしましたわ。けれど事前に情報を掴むことができていたので助かりました。どこかで踏み止まってくれることを祈っていたのですが、こうなってしまいとても残念ですわ」

「ヴァイス殿下がご協力なさったとか」

私の無事など彼女たちにとってはどうでもいいこと。本当はそっちが聞きたかったのだろう。ヴァイス殿下は第二王子で王太子に何かあった場合は彼が次の王になれる可能性が高い。

ヴィトセルク殿下が無事に王位を継いだ後、ヴァイス殿下はヴィトセルク殿下の補佐になるから彼の妻になれば社交界で王妃の次に力のある女性になれるのだ。

それにヴァイス殿下は見た目も良いので狙っている令嬢は多いのだろう。今まで外国に暮らしていたから彼の人となりはベールで包まれているけど令嬢たちにとっては些末事のようだ。

「はい。私一人では対抗することができませんでしたのでご協力をお願いしました」

「ヴァイス殿下はお優しいのですね」

一人の令嬢が牽制を始めた。

『優しいから手を貸しただけであんたに気があるからじゃない。勘違いしないように』と、いうことだろう。

「ええ、本当にお優しい方ですわ。まさか殆ど初対面の私にここまで優しくしてくれるとは思いませんでした」

『あなたが困った時、ヴァイス殿下が私を助けた時みたいにあなたを助けてくれるといいですね』と私は返しておいた。

令嬢は私を睨んでくる。

人となりの分からない男を地位が高いという理由だけでどうして将来の伴侶に選べるのかしら。どんなに地位が高くとも、自分以外の令嬢を見下せる地位にいても家庭環境が地獄であれば何の意味も成さないのに。そう考えられるのは私が前の人生で地獄のような結婚生活を送っていたからでしょうね。

もし、ヴァイス殿下と結婚したとしたら私は幸せになれるのかしら。

ヴァイス殿下は私に好意を示してくださる。それはとても嬉しいことだ。だからって無条件で彼を受け入れる理由にはならない。もう二度とあんな結婚生活は御免だ。

女公爵として後継ぎは必要だ。だから最悪分家から養子を取れば良いとも思っている。

「!?」

情報収集&牽制という名の会話を楽しんでいると肘のあたりを強く掴まれて後ろに引かれた。自然と体は後ろに傾く。

私の腕を掴んだのはワーグナー殿下だった。どことなく焦りと苛立ちが彼から滲み出ている。原因は分かっている。

「スフィアっ!どうして俺の手紙を無視したっ」

ワーグナー殿下はアリエスのことを知るすぐに私に手紙を送って来た。内容は私とやり直すことだ。殿下の浮気が原因で、しかも殿下からの婚約破棄。だから殿下から私に婚約を申し出ることはできない。だから私から殿下に婚約を申し出るようにという命令書だった。

手紙にはアリエスに関することは一切触れてはいなかった。切り捨てたのだ。この程度の愛に良いように翻弄されるなんてアリエスも私も馬鹿よね。

存在しないものを夢見た結果、前の私も今のアリエスも奈落の底に落ちたのだから。前の人生で私の死後、アリエスがどんな人生を送ったかは分からないけど。こんな人と一緒にいて幸せになれるとは到底思えない。

「殿下、申し訳ありませんが私と殿下の再婚約はあり得ません。そもそも殿下はまだアリエスと婚約したままではありませんか」

ワーグナー殿下から私に婚約の申し込みがあったことを知った周囲の人間は完全に引いていた。それにアリエスが罪人になってすぐに婚約を破棄しようとしていることも薄情だと非難している。

「アリエスとの婚約破棄はすぐにするから、お前は黙って俺の言うことを聞けばいいんだよ」

婚約破棄は無理だろう。

ワーグナー殿下はアリエスを養女にする家を探していたが受け入れてくれる家は見つからず、最近ではかなり強引なやり方をしていた。貴族から王家に苦情まで来ている始末。

アリエスのことは王家にとって吉報だっただろう。このままワーグナー殿下との婚約を維持させ、一緒に平民にさせるつもりだとヴァイス殿下から情報を貰っていた。

私がワーグナー殿下に何の返事も出さなかったら行動を起こすと思っていた。

ねぇ、ワーグナー殿下。どうせならその地位、徹底的に落としてしまいましょう。二度と這い上がれないように。

「それは無理です。殿下は私との婚約中に私の従妹と恋仲になり、私との婚約破棄を希望なさいました。しかもその際に私がアリエスを虐めたというありもしない罪まで着せて。このような不義理をしておいて、アリエスの状況が悪くなったから私に乗り換えると言われて素直に従うことはできません。それに冤罪に関して謝罪も受けていませんし」

「王子である俺に謝れと言うのか」

王族は威厳を保つために人に頭を下げてはならない。帝王学で学ぶらしい。

くだらない。

自分の過ちも認められない人間が人をどこに導くと言うのか。

「それだけのことを殿下は私にしました」

自然と人々の目が短くなった私の髪に向く。痛まし気な視線から殿下に対する侮蔑の眼差しへと変わる。愚鈍なワーグナー殿下がそのことに気づくことはない。それも想定済だ。あなたが愚鈍で良かったと初めて思ったわ。

「仮に謝罪を受けたとしても私が殿下と婚約を結びなおすことはありません」

「はっ。お前如きに求婚する奴なんていないだろ。意地を張っていないで大人しく俺の言うことを聞け」

「お生憎ですが、女公爵になってからそれなりに求婚届は来ております。わざわざワーグナー殿下のお手を取る必要はありません」

「王子である俺よりも良い?」

「はい」

私に対するワーグナー殿下の怒りがどんどん増していく。昔から短気で、感情を制御するのが苦手な人だった。まるで理性のない獣のように感情のまま動く。

「私はスフィア・ラーク女公爵です。ラーク家当主として家門に害成す存在を受け入れるわけにはいきません。それと重ねて申し上げますが、殿下とアリエスは未だに婚約中となっております。我が国の法律上、重婚はできません。私との婚約を希望なさるのならアリエスとの関係を清算してからにしてください。その時は正式にお断りのお返事をさせていただきます」

「スフィアの分際で俺に指図するなっ!」

すぐ暴力に走る。

「そこまでだ」

ヴィトセルク殿下の声が会場に響き渡り、同時に騎士たちがワーグナー殿下の振り上げた腕を掴み、後ろで捻る。私の隣にはいつの間にかヴァイス殿下がいた。

「貴様ら、王子である俺にこんなことをして許されると思っているのか。不敬罪で全員処刑してやる」

「愚弟よ、お前にそんな権利はない。人を裁く権利は司法と王にある。お前はそのどちらでもないだろ」

人垣の中からヴィトセルク王太子殿下とリオネス王太子妃が現れた。

「ワーグナー・ヴィザール、ラーク女公爵を含む多くの貴族に対する暴言と暴行は目に余る。また厚顔無恥にもラーク女公爵に向けて自分との婚約を強要することから反省は見られず、行いに対しての自覚もないことからお前は王子に相応しくないと陛下は判断された。俺も賛成だ。お前に対する貴族からの苦情が日ごと増えていき、政務に支障をきたす程だ」

ヴィトセルク殿下はリオネス様から受け取った王の書状をワーグナー殿下に投げつける。

「喜べ、愚弟。今を持ってお前とアリエス嬢の婚姻は成された」

「は?」

「婚姻書に関してだが、諸事情によりお前の代理として陛下が、アリエス嬢は両親がいないがラーク家の分家に当たるのでラーク家の当主である女公爵が代理でサインをしておいた」

ワーグナー殿下は足元に転がって来た紙を一枚手に取る。それは代理で私と陛下がサインをしたアリエスとワーグナー殿下の婚姻書だった。

晴れて二人が夫婦になったことが公の場で明かされた。

「兄上、アリエスは罪人です。それに爵位だって返上して、平民に」

「ああ。だからお前も王籍から抜いておいた。今のお前は王族ではない。アリエスと同じ平民だ。良かったな。愛する女と一緒になれて」

ヴィトセルク殿下はにやりと笑った後、会場を盛り上げる道化師のように両手を広げた。

「さぁ、皆の衆。新たな夫婦の誕生を喜ぼうではないか。身分よりも愛を取った素晴らしき夫婦の誕生だ。盛大な拍手を」

貴族たちは最初戸惑っていたが、数か所で拍手が起こるとそれにならうように盛大な拍手が巻き起こった。

「俺が平民、王子である俺が、平民、俺が平民、俺が」

盛大に起こる拍手の中、ワーグナー殿下は膝から崩れ落ちるように座り込み、絶望に満ちた顔をしていた。

もっと胸がすっきりすると思っていた。

「帰るなら送るよ」

踵を返した私にヴァイス殿下が優しく声をかけてくる。視線を向けるといつもの安心できる笑みを彼は浮かべていた。

「送らせて」と懇願するようにヴァイス殿下が言うので私は頷いていた。

するとヴァイス殿下は嬉しそうに私の手を取ってエスコートする。ヴァイス殿下のエスコートを受けながら会場を出た時も馬車の中でもヴァイス殿下は終始ご機嫌だった。

「ああ、そうだ。君に届いた求婚届け、くれる?こちらで片付けておくよ」

「え、でも」

「受けるつもりはないんだろ?」

「ええ」

「愚弟のせいで色々迷惑をかけたしね。今は少しでもスフィアの負担を減らしたいんだ。俺の手を煩わせるとか思わなくて良いから。王子である俺から言っておいた方が何度も送って来るような馬鹿は減るだろ」

何度断っても同じ人から求婚届は来た。

今は何だかとても疲れている。暫く思考を止めてしまいたいと思う程に。

「では、お願いします」

「ああ、任せて。おやすみ、スフィア」

「おやすみなさい、ヴァイス殿下」

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