1 世界の仲介者

 気付けば、「喫茶プラゴマティコス」という空間にいた。


 薄暗い部屋に小さなランプのシェード。タキシードを着た黒猫が立ちながら僕に話しかける言葉は不思議と理解できた。


「こちらは不可思議というカクテルでございます」

「なるほどね、どうりで不思議な香りがするわけだ」

「左様でございます」


 白い二つの尖った歯を見せて、マスターは喉を転がした。猫という種族の中では男前の顔をしているとマスターは語った。


 マスターは複雑な表情でこちらのご機嫌を伺う素振りを見せた。心当たりのない僕は気付かないふりをする。


「お母さんを見たんだ」

「.......いかがでしたでしょうか」

「なぜか知らないけど、現実味がなかった」


 マスターは僕の話の一々に左様ですか、と応えて僕が語れば語るほど口数が減った。


「いま生きていて楽しいですか?」

「.......言いたくない。けれどどうして?」

「いえ、聞いてみたまでです」



 カッと喉を鳴らす音とともにマスターの後ろに暗闇が広がった。


「改めまして、ご挨拶を。魔法の国への案内人、ルーペです」

「魔法の国.......?」

「ご存じですよね」

「うん.......でもなんで?」

「魔法の国の女王様からあなたへ招待状が届いています」


 振り返ると、そこに光りはなかった。ただ闇が限りなく続いていた。ルーペの目が光を放つと道のようにそれは広がる。ベルの音も消えてマスターの足音のみが木霊する。


「ルーペ、僕はやっぱり行けない」

「.......それは許されておりません」

「.......でも、僕の師匠にまだ挨拶ができていない」

「.......とにかく、私についていくことしか許されていません。”不安を捨ててください”」


青い小さな花が道を飾り、小川のせせらぎがどこかで聞こえた。ここはどこだろうか。


「.......ここは生と死の狭間です。私はここの仲介者も務めております。ランタオ様」

「.......僕の名はどこで?」

「女王様からの通達に書いてありましたとも」


 小川の音が遠ざかり、耳をすませば不快感に襲われる歌声が聞こえてきた。


「この声は?」

「魔法の国の歌でございます」

「.......どんなところか物語っているみたいだ」

「.......」



 ルーペは話すことを完全にやめて、僕ら再び話す機会を失った。ルーペののんびりとした足音と僕の急ぐ足音。疲れを感じることがないまま、歩き続けた。  

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魔法の国から 赤井 @ryuryuryu3678

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