選択……ドキドキ ヾ(。>﹏<。)ノ゙

 宇宙服のようなヘルメット越しに見た外の世界は……まぶしくて、どこかしらふわふわしてた。そこにって、そこにあらず、というような感じ。通りには誰もおらず、第一、外には、隠れるところは、どこもないし。

 山も森も、いまは、ほとんど、なくなっちゃったし。

 川や海のお魚さんも、みんな死んじゃたみたい。どこに行っても、どこに隠れても、新型太陽コロナにやられてしまうから。

 あたしとお母さんは、どこに逃げればいいのか……あっ? 洞窟? 違った、お母さんは、もう使われなくなった地下鉄をめざしていたんだ。


 でも、ここにずっと隠れているの?

 あたし、人を刺しちゃったよ、あたしは悪い子、悪い子だね……あのとき、ほんの一瞬だけど、ってしまったお父さんお母さんの顔が浮かんだの。

 すると、メラメラと新型太陽コロナに対する憎しみとかうらみつらみがいてきて……思わずあの人を刺してしまったよ。ほんと、取り返しのつかないことをしてしまったね。

「大丈夫よ、あなたが刺したのは……私と同じAIヒューマノイドだから」

「え? そうなの?」

「うん……」

 突然、お母さんはなんだか苦しそうな表情になった。

「どうしたの?」

 あたしはハッとして、お母さんの腕を力強く握った。

「あ」

 お母さんの腕の肌合金ががれていた。

 まさか、とあたしは驚いた。

 急いでお母さんの服を脱がしてみた。

 すると……

 思っていたとおり、お母さんのお腹や肩や首のあたりの肌合金が剥がれて、中の機械と配線ともろもろの機能が丸見えになっていたよ。

 服を着てごまかしていたんだ。


「ど、どうして?」

「……あなた用の……世界一の防護服とヘルメットに補強するため、私とお父さんの肌をぎして造ったの。私たちの皮膚は、対新型太陽コロナ対応だから、見映みばえは悪いかもしれないけど、この防護服とヘルメットなら、何年も…外で生きていけるから」

「あ」

 思い出したよ。

 ……あのとき、お父さんも苦しそうな表情になっていた……喋らなかったのは、きっと肌の特殊金属を強引にはがしたときに言語機能を傷つけてしまったんだ。

 そうおもった。

 このままだと、お父さんもお母さんもコロナにやられてしまう……。


「私たち……こんなことしか、できないから」

 お母さんが囁いた。

 低いけれど、やさしい、あたたかい声だった。

 なんだかあたしの目頭が熱くなって……流れた涙を見たお母さんが驚いた。

「あ、あなた……」

「え? お母さん、どうしたの?」

「こしらえ物の芽が……いまの涙ではがれて……ほら、芽よ……本当の芽が、出ているわ」

「ええっ? よかったぁ、それなら、あたし、戻ることができる。お母さん、給付金も貰えるよ」

「あのね、芽が出たら……あなた、これから、どうなるか、きちんと教えてもらっているでしょ?」

「うん……芽が出たら、やがて、あたし、樹木に変身するんでしょ? そして、いっぱい、葉を繁らせ、光のなかの放射線や悪いものを全部吸収して……」

「あのね、言うほど簡単なことじゃないのよ。自分が、自分じゃなくなる……ってことよ」

「うん、学校の授業で学んだよ。一人が変身して樹木化すれば、新型太陽コロナが放出する悪いものを吸収できて、単純計算で……1人で、100万人分のいのちが救える……って」

 

 あたしは知ってるよ、そんなこと常識じゃん。でも、誰もが変身できるわけではないからね。〈ニキビの素〉を飲み、ニキビができたら〈明日の種〉をニキビのなかに植え、そして、芽が出るまで……確率的には天文学的な……みたいなことは学んだよ。


「それでいいの? 無理にそうすることはないのよ。このまま、逃げるっていう選択もある……」

「でも、逃げるって、どこに逃げるの? 誰もいないところで暮らして行けるかなあ……あたし一人では……なあんもできないし。それに、まず、お父さんお母さんの肌を返さなきゃ」

「そんなこと……いいのよ」

 このとき、あたしは悟った。

 変身したのは……いまのお父さんお母さんなんだと。本物のお父さんお母さんに変身したんだ、きっと。

「ね、お母さん……お父さんのところへ戻ろうよ。そしてね、あたしを、政府の人のところへ連れて行って。本物の芽が出たことを報告して、樹木になるための準備もしなくっちゃね……それに……あたし……人を傷つけてしまった罪をつぐなわないと……」

「だ、か、ら、そのことはさっき言ったように人じゃないんだから……」

「ううん、あたし、別に、罪滅ぼしで言っているんじゃないし。また自分を犠牲にして他人を救おうなんて、思ってないよ。ただ、そうすることで、お父さんお母さんと本当の家族になれる気がする……そうだよ、あたしたちが本物の家族に変身するの」

 あたしが決断した選択を口にすると、お母さんは黙ったまま目を見開いたまま、じっと考え事をしていた。

 すかさず、あたしは……最後の頼み事をした。


「……あと、ふたつ、お願いがあるんだ。週に1回、いや月に1回でいいから、樹木になったあたしのところに来て、話しかけてみてくれない? ひょっとしたら、意外な方法で意思疎通できるかも。ほら、あたし、ハッカーだから、樹木になっても、あれこれと一生懸命に考えてみるよ、意思疎通の新しい方法を! なんとかできるかもしれないし。あたし、あきらめないわ。あっ、それとね、あたしだけじゃなく、ほかのひと、そう、樹木になったみんなのところにも、たまには行ってあげてくれない? 寂しがってるかもしれないから」


 あたしは胸を張って言った。

 お父さんお母さんが、樹木になった皆んなのところに行ってくれれば、お父さんお母さんがルーターになって、あたしとみんながネットワークでつながるかもしれない……ふとそんな光景を想像していた。


「……だからね、お父さんお母さんには、これからも、いっぱいもらいたいの。だって……せっかく本当の家族になることができたんだもん」



             ( 了 )

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ニキビが、できたよ。 嵯峨嶋 掌 @yume2aliens

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