第11話 逃走

 クライとロッドは、借りていた部屋を引き払い、買い上げた馬車で街を出た。

 オンボロのくせに、相場の何倍も吹っかけられた馬車だ。それでも、少しでも金銭を持っている者が乗っているのかと、濁った眼を向けて来る民衆が後を絶たず、絶えず警戒し続けなければならない。

「最短でさっさと国境を抜ける方が安全なんだがな」

 不機嫌そうに言うクライに、ロッドは面白そうな声をかける。

「それでもナナイ村に寄るんですよね」

「……まあな」

「来ますかね。一緒に」

「説得する。報奨金付きの捕縛命令まで出たんだぞ。猶予はない。ナナイ村にその話が伝わればより危険だ」

 憮然とクライが言うのに、ロッドはチラリと目を向けた。

「何でですか?カミヨの加護がカレンドルに移ればいいからですか?それとも、イミア嬢ですか」

 クライはロッドに音がしそうな勢いで目を向け、

「カ、カミヨの加護が!それに、絶滅させるわけには、いかんだろう!?」

「はいはい。

 まあ、がんばって口説いて下さい。地味だからと華やかな服や装飾品は喜ばなかったそうですよ」

「地味ではない!控えめなのだ!」

「はいはい」

 ロッドは笑い、クライはムスッと口を閉じて警戒に戻った。

(自分の境遇を嘆かず、婚約者や浮気相手を恨まず、自分達の生活が困窮しているのに、スラムの子に高価な薬を分け与えた。あれこそが、真に清らかな振る舞いだ)

 クライはそう考え、追剥と化した民衆へひと睨みをやって襲撃を諦めさせた。

 ナナイ村へ入ると、以前とは雰囲気が違っている事に気付く。どこか目付きが殺伐とし、表情が暗い。子供の笑い声も聞こえなくなっているし、表で立ち話をする村人もいない。

「ここもか」

 心配になって馬車をカミヨ家の家に急がせ、サッと目を走らせる。

「庭に入れさせてもらいましょう」

 ロッドが言って、形ばかりの塀の中に馬車を入れた。

 その音に気付いたらしく、窓が小さく開く。

「まあ、この前の」

 ライラの声がして、窓辺から人影が消えた。

 次にドアが開けられて、ライラが顔を出す。

(そう言えば、前に来た時は玄関が開いたままだったな)

 クライはそう考え、ここも物騒になったのだとそう実感した。

「クライさんとロッドさん。まだ国に帰ってなかったんですか?危険ですよ」

 ルイスが心配そうな顔付きで出て来た。

「今から国境へ向かうつもりです。

 あなた方は、ここに留まるんですか」

 ロッドが訊き、ルイスとライラは顔を見合わせた。


 イミアは少ない荷物をカバンに詰め、息をついた。

 外を見ると、じめじめと雨が降り続いている。この前青空を見たのはいつだっただろうかと考え、卒業式の前だったと思い出した。

 生まれた国だし、愛着が無い事は無い。しかし両親もとうに亡くなっているし、数少ない友人も、とっくに国を出ている。

 空模様のように陰鬱な溜め息をついた時、馬車が庭に入って来た。

 ライラ、ルイスが出て言葉を交わしたと思ったら、すぐにイミアを呼びに来た。

「大変だ。殿下が私達の捕縛命令を出したらしい。賞金付きで」

 ルイスが困り果てたような顔付きでそう言う。

「何で?」

「カミヨ家が呪ってこのありさま、という理屈らしい。

 薬を卸していた薬局は閉店して逃げ出していたが、どこに、ここに住んでいる事が漏れているかわからない。それに捕縛命令をここの住人が知れば、危ない」

 クライが冷静に言うのに、異議を唱えたくてもそれは無理だった。

「イミア。今すぐ逃げよう」

 ルイスが言い、イミアも嘆息して頷いた。





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