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それからしばらく経ったある日のことだ。サンレザー号がキレ市に停泊して一週間が過ぎ、次の航海の準備を進めているときだった。

「誰か来るぞ?」船員の一人が言った。

「保安局みたいだな。何かあったんだろうか。」

そして、格式ばった白い服に身を包んだ数人が、サンレザー号に乗り込んで来た。「我々は保安局のものだ。船長に話を聞きたい。」リーダーらしき人物が、そう切り出した。

「保安局が一体何の用だ?」と船長が尋ねる。

「最近キレ市内で、不審者の報告が相次いでいる。そのことについてだ。」保安局員曰く、ここ数日の間に魔術によるものと思われる被害報告が、複数寄せられているらしい。幸い死傷者は出ておらず、器物への被害にとどまっているようだ。だがこのままではいずれ大きな事故が起きる可能性があるとして、保安局は調査に乗り出したのだという。

「事情はわかった。だが、どうしてここに?」

「被害報告は君らが入港した時点から出始めているのだ。であれば、君らが不審者を呼び込んだと考えるのが妥当ではないかな?」

船長は、その理屈も分かるが、と言いかけたところで口をつぐんだ。保安局には逆らうべきではないと判断したのだろう。

船長は、ユルヴで起きた事件、便乗させた冒険者のこと、それからリエナの件について、自分が知っている限りのことを彼らに説明した。リエナの名を聞いた保安局員は、目の色を変えてこう話した。

レイトナハト・リエナという少女が、二か月前に行方不明になっていた。加えて彼女は、最近発掘された魔導書をとある研究施設から奪ったというのだ。船長が驚いてリエナの容姿を伝えると、彼らはすぐに彼女を見つけることができるだろうと言った。保安局との話し合いが終わると、船長は船長室に戻っていった。

「リエナが……まさか。」ローダーが信じられないという表情で言った。

「そんなはずはない。同名の別人に決まってる。」ウィントが反論する。一呼吸おいて主張を続けた。

「大罪を犯して逃げようとする人間が、本名を教えると思うか?そんなのおかしいじゃないか。」

ローダーはウィントをなだめながら言った。

「だが時期はぴったり合う。二か月前といえば、ちょうどリエナを救助した頃だ。」

「じゃあ……彼女が?信じられないよ。」ウィントは不安になった。


リエナは、キレ市内のはずれで自分の名が綴られた手配書を見つけた。「……悪いのは私じゃないのに。」

彼女は今までの顛末を思い返していた。ウィントらに救助されるより前の出来事を。

(発掘現場で出会った人たちは何も知らなかったけど、優しく接してくれた。遺跡から出てきたのが私の本だとわかったら、私に返そうとしてくれた。でも……)

「私が本を盗んでしまったせいで、多くの人が命を落とすかもしれないんだ。」

リエナは、胸の奥底にずっと抱えていた恐怖を思い出した。──あれがまた起きるのか。でも、私はどうしたらいいのだろう?

*


それからさらに二週間、サンレザー号は未だにキレから離れられずにいた。保安局がキレ市外への通航をすべて禁止にしたので、航陸船、航空船とその他のあらゆる交通手段は、キレを離れることができなくなっていたのだ。「困ったことになったな。」船長が言うと、船員たちはため息をついた。

「保安局はさ、やっぱり俺たちを疑ってるのか?」とローダー。

「冒険者たちの噂だと、五分五分らしい。騙されて利用されてたって意見と、グルだって意見で、仲間内でも対立してるんだとか。」セウが言った。

「ふーん。保安局も一枚岩じゃないんだな。もっと上からの命令で動いてるんだろうか。」誰かが言うと、別の船員が笑い飛ばした。

「保安局の上ってなんだよ?国か?」「そりゃそうだろ。お偉いさんの命令なら何でも聞くんじゃねえの?」

「バカ、只の盗人騒動に国が首突っ込んでくるかよ。」「そうか?盗まれたものにもよるんじゃないのか。」

船員たちの話を聞きながら、ウィントは考えていた。リエナは自分の持ち物を受け取ったとき、"本"が無かったことに対して特に反応していた。あれはやはり、盗んだ魔導書のことだったのだろうか?

「なあ、ウィント。」ローダーが話しかけてきた。「お前、あいつの助けになれたらとか考えてるだろ。」

「えっ?」

「『えっ?』てなんだ。リエナのことだよ。」

「ああ……」

「気持ちはわかる。助けられるときに手を差し伸べたいって思うのは当然だ。だけどな、そういうときこそ冷静になるんだ。」

「どういう意味?」ウィントは首を傾げた。

「例えばだ、もしリエナが本当に悪いやつなんだとしたら、残念だが俺たちの出る幕じゃない。けどあいつが利用されたり、騙されてトラブルに巻き込まれているんだとしたらだ……」

ローダーは劇的効果を狙って間を置いた。

「あいつは多分、お前には巻き込まれてほしくないと思うだろ。」ウィントはその言葉の意味を理解すると、少し恥ずかしそうにして、それからうなずいた。

「うん、そうなのかな……。もし僕たちが動くなら、リエナから手紙が届いてからだ。」ローダーにだけ聞こえる声量で、ウィントはそう言った。

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