8
それから一日が経った。
「ありがとうございます。本当に助かりました。」少女が礼を言う。医務室には、彼女と船長とゼレ、それから、通訳としてウィントが呼ばれていた。
「いえ、当然のことです。」
ウィントの言葉にゼレも同意する。「それにしても、どうしてあんなところで溺れていたんです?」ウィントは聞いた。
「それが、私にも分からないんです。気づいたら砂漠を歩いていて、私の……えっと、持ち物も無くしてしまって……」彼女はそう言うと、顔を曇らせた。
「何か心当たりは?」と船長。
「いいえ。何も思い出せなくて……。ごめんなさい。」
「大丈夫だ。気にすることはない。」
ゼレが慰めるように言った。
「そうだ。君の名前を聞いていなかったな。僕はウィント。この船の乗員だ。」
「私はリエナと言います。」
「よろしく。リエナさん。」ウィントは微笑みながら言った。
「はい。こちらこそお願いします。」
「それで、これからどうするつもりかな?」と船長が聞いた。
「このまま船に乗せてもらえると嬉しいのですが……」少女は不安そうに言った。
「次の港に着くまでは構わんよ。なに、気にすることはない。」「ありがとうございます。」
「それなら、僕の部屋に案内しよう。そこでしばらく休むといい。」とウィント。
「はい。」とリエナは答えた。
ウィントが彼女をつれて部屋を出ていくとき、船長が言った。
「さて、私は仕事に戻るよ。ウィント、その子には気を付けていてくれ。」
気を付けていてくれ……?まるで、彼女が怪しいみたいな言い方じゃないか。ウィントはそう思ったが、あえて指摘することはしなかった。
「分かりました。具合が悪そうだったらすぐに知らせます。」とウィント。
船長は立ち上がると、ウィントたちを通り越して甲板の方へと向かっていった。
*
「ウィント、お前にそんな度胸があったとはなあ。」ローダーが感心したように言った。
「いつの間にそんな子と仲良くなったんだよ。」「やめてくれ。そういうのじゃないってば……」
ウィントは少し後悔していた。リエナを自分の部屋に匿っておくという発想は悪くなかったが、同室の親友がここまで鬱陶しい存在になり得るとは思っていなかったのだ。
彼は、どうにかしてリエナから話題を逸らしたかった。
「そういえば、左パドルはどうなってるんだろう。ローダーは行かなくていいのか?」
「俺はパドル故障の原因究明までは手伝ったからいいんだ。」
「そうか……原因は?」
「牧草が噛んだんだろうよ。なあ、それよりその子なんなんだ?」
駄目だった。ローダーの関心は完全にリエナに向いているようだ。
ウィントはため息をついて答えた。「リエナっていうんだ。極北語しか分からないみたいだから、質問攻めはやめてやってくれ。」
「極北って……お前の故郷の?」
「ああ。」
「じゃあ、その子は極北群島から来たのか。」ローダーの視線がうざったい。僕とこの子に同じルーツがあったら何だっていうんだ。
「それで……ぶっちゃけた話、リエナは何者なんだ?」
「それが分からないんだ。記憶喪失らしい。」
「へぇー……記憶喪失ねぇ……」
「本当だよ!」
「分かった分かった。」
そう言って、ローダーは両手を挙げた。まったく信用されていない。「これからどうするんだよ?」
「とりあえず、次の港までは船にいるらしい。それまでこの部屋で過ごしてもらうつもりだよ。」
「まあ……冒険者と同じ部屋に入れるのは、少し心配だわな。」ローダーは諦めた表情で言った。
その時、ドアをノックする音が聞こえてきた。「ウィント、入るぞ」とゼレの声が聞こえる。「どうぞ。」
ゼレはゆっくりと部屋の中へ入ってきた。手には大荷物が抱えられている。
「私の……?」リエナがつぶやいた。
「ゼレさん、それ……」ウィントが指さす。ゼレは頷いて言った。
「パドルを探しがてら、彼女がいたあたりを少し探ってみたんだ。全部じゃないと思うが、彼女の所持品だろう。」ゼレは荷物を置きながら続けた。
「それから、同じ場所で棺のような箱が見つかった。彼女とどういう関係があるのか分からんが、一応な。」
「本が……本が無いわ。」リエナが、ゼレが持ってきた物を確認しながら言った。
「本?ゼレさん、彼女、本が無いって言ってます。」ウィントがゼレに尋ねた。
「大事なものみたいだな……。気の毒だが、昨日の嵐で遠くへ飛ばされてしまっていたら、まず見つけられん。」「そんな……」とリエナは肩を落とした。
「ごめん。」とウィント。
「いいの、ありがとう。他のものが戻ってきただけでも十分だから。」そう言って、リエナは微笑んだ。しかし、その笑顔はどこか寂しげだった。
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