3

それから数日は砂嵐もなく、平穏な航海が続いた。砂塵の雲は晴れ、また空が青く澄んでいく。

ウィントは見張り台から顔を出して、夜空に浮かぶ航空船団の影を眺めていた。大山脈か、それとも赤道群島へ向かう航路だろうか……

そんなことを考えていると、いつの間にか目を覚ましていたゼレがつぶやくように言った。「そろそろ交代の時間だ。」

「ハイランティア君は極北群島の出だったな。帰りたいと思ったことはないのか?」

「そうですね……。」ウィントは少し考えて、答えた。「あの島にはもう、僕にとって故郷と呼べる場所がないんです。」

「そうなのか。」

「ええ。両親は幼い頃に亡くなりましたし、親戚もいません。」「それは……すまなかった。」

「いえ、気にしてません。今はこの船の人たちが家族みたいなものです。」「そうか。」

会話はそれきり途切れてしまった。


明け方のことだった。ウィントは、ふいに目が覚めた。いつもなら、一度寝るとなかなか起きられないはずなのに。

ぼんやりとした頭で周りを見渡すと、ゼレが望遠鏡を使って東の水平線を見ていた。

「おはようございます、ゼレさん。」

「ああ、おはよう。」ゼレの声音からは、眠気を感じられなかった。

「どうしました?こんな時間に。」「いや、ちょっとな。」

彼の返答に他意は感じられなかった。ただ少し気になることがある、といった様子だ。

「何が見えているんです?」「……海だ。」「海に何かが起きているんですか?」

「君も見たほうが早いだろう。」そう言うと、ゼレは望遠鏡を手渡してきた。

ウィントはそれを覗き込み、そして言葉を失った。

「初めて見た。本物の水の海だ!」ウィントは興奮気味にまくし立てる。

ゼレはそれを制しつつ言った。「航路図に書いてあっただろう。ユルヴ市島に向かうときは、いつもここを経由するんだ。水の海に挟まれた地峡があって、そこを通るんだが……」

「その地峡が見当たらないんですね。いつもより水位が高いのかも……」

ウィントの言葉に、ゼレはうなずいた。

「皆が起きたら、地峡の事を知らせてやってくれ。私は少し寝ることにするよ。」

そう言い残し、彼は梯子を降りていった。

それからしばらくして他の船員たちも次々と目を覚まし、朝食を終えたところで船長と副長が甲板に姿を現した。「みんな、聞いてくれ。」と副長が言う。全員が集まったのを確認すると、船長は話し始めた。

「昨晩の見張りが、ユルヴ地峡について報告してくれた。どうやらその地峡がなくなっているか、もしくは見つけられないほど細くなっているらしい。」

「なくなったって、どういうことですか?」誰かが質問を投げかける。

「俺にも分からん。異常気象か何かだろう。」船長は、淡々と説明を続けた。「言うまでもないことだが、船では水を越えられない。そこで、これからの進路を航海長が説明してくれる。ラーク、頼む。」

船長が一歩下がると、ラークと呼ばれた航海長が前に進み出た。

「現在、我々は水に囲まれた島……ユルヴ市島へ向けて進路をとっている。だが、そこへ至るユルヴ地峡が航行不可能と分かった今、ユルヴ市島への寄港は断念せざるを得ない状況だ。」

「そこでサンレザー号は、件の水の海──ユレーヘの環状湖を南側へ迂回し……」そう言いながらラークは海図を取り出すと、海岸線の一点を指し示した。

「ここへ向かう。ここには橋が架けられているから、それを渡れば湖を横断できるはずだ。積み荷の取引や補給には当然、徒歩で橋を越えなければならない。」

「橋なんてあったのか?」ウィントは首を傾げる。

「お前は寝ていたから知らないんだろうが、前に停泊したときにある商人が教えてくれたんだ。」ローダーが小声で言った。

ラークは続ける。「それからこの辺りは牧草地になっているから、橋のすぐそばまで船を近づけるのは無理だ。だから牧草地の境界に船を停めて、ユルヴ市の陸運業者に物資の運搬を依頼することになる。」

「それじゃあ、私たちの仕事はないってことですね。」船員のひとり、セウが残念そうに言った。

「そうだな。基本的には、そういうことだ。」と副長が言う。

ウィントとローダーと、さらに十数人の船員たちはぼやいた。

「ということは、さらに次の港までずっと船の上か。気が滅入るなあ。」「まったくだ。」

ラークが退いて、船長が話を締めくくろうとした。

「とにかくだ。牧草地の気候限界にたどり着き次第、ユルヴ市の陸運業者へ依頼を届けに行ってほしい。希望するものは挙手を──」

先ほど不満を述べた全員が、一斉に手を挙げた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る