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翌日。太陽が天頂に差し掛かる頃、砂塵が目立ってくるようになった。

航海士の判断で甲板員を艇内に避難させることになり、砂密扉の付近は人でごった返していた。ウィントは、ベテランの船員とともに見張りをしていた。

その時、船体が大きく傾いた。

二人はよろけながらも、なんとか踏み止まる。

しばらくして揺れが収まると、船員たちの慌ただしい声が聞こえてきた。

おもむろに、ウィントの隣で海の様子を見ていた船員──ゼレがしゃがれた声でつぶやいた。

「踏み抜きだ。かなり大きくなるぞ。」

彼の肉声と艇内放送越しの声が重なって、エコーがかかった。

「踏み抜き?雪原で起きるあの落とし穴みたいな……」傾いたキューポラの中で、ウィントは訊ねる。

「そう、それと同じだ。そろそろ現れるぞ。」

その言葉通り、みるみるうちに大きな峡谷が出現した。右舷側のパドルウィールが完全に浮いてしまっている。このまま何もしなければ、船もろとも谷底へ落ちてしまうだろう。

船体が谷へ身を乗り出した形になったおかげで、見張り台にいた二人からは谷底の様子がよく見えた。ちょうど真上に来た太陽が、谷底まで光を差している。「ゼレさん、あれ……」

「ああ。」

そこには、巨大な遺跡の姿があった。だが、谷と共に裂けたのか、ひどい様相を呈している。

「だいたい200mくらいの深さですね。」とウィントが言うと、ゼレがそれに応じた。「それくらいの深さなら、多分有史以後のもの……この辺りならダジワの下町だろう。めぼしい物はないな。」

「ひとまず船をどうにかしようじゃないか、ハイランティア君。」

「了解です。」

船長の的確な指示の甲斐あってか、しばらくすると船は無事に元の体勢を取り戻した。

「あれだけ崩れていたのによく戻ったな。みんなご苦労だった。」船長は船員たちをねぎらう。航海士の予測通りに砂嵐が到来し、あたりはすっかり暗くなっていた。


砂嵐は2日間続いた。その間も何度か小規模な踏み抜きに遭遇したが、大きな被害は出さずに済んだ。3日目に砂嵐が収まると、夜だというのに甲板はすし詰め状態から解放された船員たちで溢れかえっていた。

「いやあ、今回は大変だったな。」「全くだ。」などと談笑する声が聞こえる。ウィントとローダーも、彼らと一緒に酒を飲みながら話に加わった。

しばらく雑談を楽しんでいると、やってきた一人の船員が叫んだ。

「船尾のほうに何か引っかかっているらしいぞ!」

ウィントとローダーが船尾に駆けつけたころには既に人だかりができていて、様子がよく分からなくなっていた。「おい、魔法陣が彫ってあるぞ。何語だろう?」「古い文字じゃないのか?」

引っかかっているものは、どうやら古代遺物のようだ。ウィントはより一層興味をそそられたが、まだその形容を捉えられずにいた。

そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた船長が、群衆を押し分けてやって来た。

「何を騒いでいるんだ。」

「船長!これを見てくださいよ。」

ひとりの船員がそれを指し示すと、人混みがさっと退いた。そこには、一抱えほどの大きさの黒い円盤が転がっていた。「これは……」

船長は一瞬考え込むような表情を見せた後、ぶっきらぼうに言った。

「古代兵器の可能性もありえなくはない。次の港に着くまで、誰も触るんじゃないぞ。」船長の言葉を聞いて、一同が眉をひそめた──ウィントを除いて。彼は、船長の言ったことが場を収めるための方便だと確信していた。

「船長は、別段魔法陣に詳しいわけじゃない。兵器の可能性があるというのは確かにそうだけど、刃のついた道具を見て全部武器かもしれないって言っているのと同じだ。」ウィントは、小声で隣の船員に話しかける。

「そういうもんか……」

「大丈夫だって。たぶん、あれはラジオゾンデか何かだよ。」ウィントは、そう言ってその場を後にした。

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