エピローグ・澄郷町にて(なしくず死、蘇るゾンビたち)④
『かれいどすこーぷ』の前にたどり着いた。
店の前に大きな看板が立てられ、「かれいどくんの店はココ!」とデフォルメされた笑顔のゴリラが描かれていた。街の雰囲気に違わない古いタッチの絵だった。
「かれいどくん。枯れ井戸くん」
ゴリラの名前を二回呼んだだけだけど、ルダのイントネーションで、なんとなく悪口を言われたんだろうと察しがついた。
「この『かれいどくん』っていうキャラの、でっかいぬいぐるみが一番売れてたんだって。ひとつ一〇万円。消費税導入直前のおはなし」と、僕はおどけた。
「え、ぼったくり。センパイはぼったくりのお金で育った子なんですね?」
「綺麗なお金で育ったら、もうちょいいいやつになれたのかな?」
「え、善人のセンパイとか気持ち悪いからやめてください」
真顔で否定される。ルダからのフォローを待つも、不思議そうに眠たげな視線を返すだけ。
こういうやつなのだ。悪意はないのだろう。ただ思ったことを言っただけで。
「今では考えられないけど、当時は大人気だったんだって。金持ちが、子どもとか孫のために買って車に乗せるんだ。『かれいどくん』をうしろ向きに乗せて、後続の車と目が合うように置くのがイケてる証し。ステータスだ」
もちろん、僕の家にもある。見栄っ張りの父親らしい。親父から何度も何度も聞かされた話だからか、見てきたような話しぶりだなと自分で笑いたくなった。目をキラキラと輝かせて語る父の顔が浮かぶ。無邪気なもんだ。
「そもそも、なんでゴリラのぬいぐるみを車に載せることなんかがステータスだったんですかね?」
ルダは尋ねる。その「なんで」を親父が聞いたら怒りを通り越し、泣いてしまうかもしれない。
「当時の人たちに聞いたってちゃんと答えられる人はいないだろうね。ただ、『そういうもんだったんだよ』ってだけで」
過去の自分の熱や虚栄心を笑うだけ。それでいいはずだ。
でも父親の固執の仕方は異常だった。三〇年も前の思い出を昨日のことのように語り、澄郷が息を吹き返すことをずっと期待していた。
――時代は繰り返すんだよ。
――もう一度、あのときの澄郷が、賑わっていたあのときが帰ってくるんだ!
僕は少年時代、『かれいどすこーぷ』が閉店し、単身赴任で東京に出た父親とは月に一度しか会わなかったけど、会うたびに必ずそう口走っていた。
父親はゾンビのようだ。彼自身、澄郷に不死身のゾンビ性を求めているのだろうか?
ゾンビには血が通っていない。蚊すら、いつか寄ってこなくなるかもしれないな。
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