17話「頭の中って成長してない」

 定期テスト以外に大きなイベントがないこの時期でも、大きく盛り上がる時間がある。

 それは体育の時間であり、現在サッカーが行われている。


「誰かあいつを止めろ!」

「サッカー部のあいつを止めるなんて、出来ないって……」

「女子も見てるから、良いところ見せたいけどなー……」


 言うまでもないが、蓮人がクラスの男子相手に無双している。

 元々中学の頃からうまくて、チームとしてもよく朝礼の時に表彰されていたのだから、実勢も十分なのだろう。

 クラスの男子三人がかりでボールを取りに行っても、あっさりと抜かれている。


「まぁ蓮人は止められんな」


 蓮人と別チームになってゴールまで突っ立っている俺は、蓮人の動きを見ながら、改めて蓮人のサッカー技術の高さに驚く。

 そんな蓮人に、観戦している女子の多くが釘付けになっている。

 まぁそりゃモテますわな。

 そんな感じでちらりと女子陣を見ていたら、二人の女子と目が合った。

 姫野さんと中原さんだ。


 姫野さんは目が合うと、少しだけ笑みを浮かべた。

 一方、中原さんは手のジェスチャーで「前へ出ろ」と言っている。何故?


 よそ見をしていると、すごいスピードのドリブルで、俺の立っているゴール前へ向かって来た。

 ただ、蓮人の動きは何度かこうしてみたことがある。


「この辺りに来るな……」


 スムーズな動きで、ドリブルからシュートに移行。

 そのシュートコースに俺が飛び込んでブロックする。


「な、将暉!?」

「単純すぎたな。フェイントの一つでもかけないと」


 中学の頃、休み時間に蓮人とサッカーを何度もしていたので、俺もそれなりに動き方は知っている。

 センスのない素人が活躍しているように見せるには、シュートブロックと大きくクリアさえしておけば、それっぽく見える。


 結果としては、蓮人のシュートを何本かブロックはしたが、全部止められるわけではなく、あっさりと惨敗した。

 あんな偉そうなこと言っておきながら、その後普通にシュートを軽く決められる辺り、やはりセンスと経験の差がありすぎた。


「将暉が相手にいると、勝てるわけねぇよ……」

「いや、お前普通にすごいぞ。実は過去サッカー習ってたとかないわけ?」

「シュートブロックしかしてないから……。ドリブルとかパスしたら、利敵行為って言われるレベルでひでぇぞ」

「少なくとも、止めるセンスは感じる。飛び込むコースあってるし、ブロックするときの体の出し方もいい」

「ブロックだけ褒められても、使う場面無いんよ……」

「クラスマッチがあるぞ」

「お前のシュートを、今日ちょっと止めただけで普通に体痛いのに、何戦もサッカー部のシュート止めるとか、体あざだらけになるって……」


 そんな話をしていると、女子たちが将暉のところに集まってきた。


「み、峰岸君っ! すごかった!」

「ありがとう」


 女子のそんな言葉にさわやかに対応。俺とは違う。

 元々イケメンなだけでもモテるのに、ここまで運動も出来ると、無敵なんだろうな。


「蓮人、俺はボール片づけてくるわ~」

「あ、俺も行くぞ」

「大丈夫、そんなに人要らないから」

「そうか、すまんな」


 ここで蓮人を連れて行くと、女性陣のご機嫌を損ねそうなので、一人で片づけることにした。

 大した労力もかからないし、女性陣に話しかけられているモテ男の横でぼさっと突っ立っているのもしんどいしな。

 散らばったサッカーボールを集めて、手と足を使って倉庫へと運んでいく。


「あ、奥寺君。お疲れさま」

「あ、姫野さん。片付けしてくれてるんだね」

「うん。ボール、もらうよ?」

「うん、ありがとうね」


 ボールを渡すと、姫野さんが集めている籠の中に一つずつ入れていく。

 もうグラウンドでは、多くの生徒が更衣室へと戻っていっている。

 俺のボール回収が最後だったようだ。


「もうボール持ってきてる人、いなさそう?」

「うん。俺が最後だったみたい」

「そっか。じゃあ、もうカギ閉めてもいいね」


 倉庫の鍵を閉めて、俺と姫野さんも更衣室へと戻る。


「奥寺君、すごかったね」

「え、俺何もしてないよ」

「そうかな? あの峰岸君……だっけ。彼のシュートを止めてたじゃん」

「逆にそれしか出来んよ。見てる側からすれば、蓮人みたいな方が華があっていいでしょ?」


 事実、女子は蓮人のプレイに夢中だった。

 たまたま目が合ったが、姫野さんも蓮人のプレイにはさすがにカッコいいと思って釘付けになったのではないだろうか。


「私としたら、元々すごい人が圧倒するより、すごい人に対峙する人の方が好きなんだよね。昔から」

「なるほど……。それは、褒めていただいていると思ってよろしいかな?」

「うーん、どうだろうね?」


 姫野さんは笑って最後までは言ってくれなかった。


「ええ、そこは言わないの?」

「言わない。え、もしかして峰岸君に見惚れてたとか思ってる?」

「え、えっと……」


 その通りである。そうだとしたら、当り前だと思いつつも、やっぱり寂しいような気がする。

 蓮人が姫野さんみたいな真面目なタイプを好きではないとは言っても、姫野さんが蓮人を好きにならないわけではなくて……。


「私は奥寺君を見ている方が、”面白い”から、それはないよ」

「面白いって何?」

「さぁ、どういう意味でしょうーか?」

 

 また答えを言ってくれなかった。気になって仕方がない。


「でも、さすがに痛かったでしょ?」

「まぁ、そりゃあね?」

「でも見てて心配になるから、あんまり無茶しないでね?」

「善処します」

「その時の土かな。シャツとズボンに、いっぱい付いてるよ」

「マジか。払わないと……」


 付いているとすれば、大体ボールの当たった部分だろう。

 シュートブロックの際にあたった部位を払えば取れるはず。


「はい、動かない! 払ってあげるから」


 姫野さんがそう言うと、優しく土を払ってくれる。


「一時間でこんなに汚しちゃって……。わんぱくだねぇ」

「返す言葉もないね。だって頭の中、小学生の頃から変わっている気がしない」


 ちょっと大人の知識が増えたりしただけで、根幹にある自分自身は小さいころから何も変わっていないような気がしてならない。


「いいじゃん、それ」

「いいのかな? いつまでもガキってことだけど」

「え? 私が好きになったことから変わってないってことでしょ?」

「……確かに! 急に自信出てきた」

「単純だなぁ。ま、好きになったのはあの頃の私だけどね?」

「じゃあ、姫野さんはしっかり大人になって、思考とか結構変わってきた感じ?」


 先ほどの理論で言えば、お互いに変わっていないのであればそれは……。


「えー、どうだろ。分かんない」

「また言ってくれないの!?」

「いや、こればかりは何にも分かんないや」

「うう、モヤモヤする」


 俺の頭の中は、ちっとも成長していないので、結局姫野さんが言わなかったことなど、何も分かるわけがなかった。

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