5話 「想定していませんけど」
市街地のバスターミナルに到着すると、そのままバスを降りて、電車の駅へと向かう。
「じゃあ、この辺りから同じ高校の人も増えだすから、別れよっか」
「そうだな。なんか、塾の時と同じ感じだな」
「そうそう!塾着いたら、しれっと別れてたよね」
バスと、俺たちの地域内であれば同じ高校の人も居ないので、関わっていても問題ない。
だがここからは、この市街地の駅から同じように高校に向かう生徒が増えてくる。
この後は、2人別れてそれぞれ登校するということである。
理由は、周りに変な噂を立てられそうだと俺は思っている。
基本的に、塾の頃からバスに乗っている間は、話をしたりして、塾に到着したら何事も無かったようにそれぞれ塾入りしていた。
その流れは覚えていて、お互いにこうしようと決めたわけではないが、自然な流れでそうなっていたことはよく覚えている。
「じゃあ、お互いに頑張ろう!」
「うん、頑張ろう!」
お互いに、今日1日頑張ろうと声を掛け合った後、別々に駅へと向かう。
電車内と、駅から高校までの道のりは一人。
蓮人は、自宅から高校までそんなに距離があるわけではないので、自転車で通っている。
そのため、登校時にタイミング良く遭遇するということはなかなかなさそう。
早めに、この辺りで一緒になれる同士が見つけることも、今後の目標になりそうだ。
高校に到着して教室に入ると、自分の席で荷物を下ろして片付けを行う。
クラスの雰囲気はというと、まだ同じ中学だった人たちで話をしたり、硬い雰囲気が残っている。
「将暉、おはよう」
「蓮人、おはよう」
そんな俺のところに、蓮人が声をかけてきた。
相変わらずに爽やかイケメンぶりである。
「友達になれそうな人いたか?」
「まぁ昨日から早速、サッカー部の見学に行ったけど、その時に一緒にいた奴らと仲良くなれそう」
「もう部活に行ってるのか」
「昨日、いっぱい勧誘してたろ? それに、野球部とかは、入学前から活動しているやつもいるみたいだぞ?」
「マジか、すごい気合の入りようだな」
入る部活に迷わない人たちは、早速活動に参加しているらしい。
逆に、高校になって部活の種類が増えて、目移りしてしまう人も、早めに部活見学を始めているか。
「お前、部活動すんの?」
「今のところ、やる予定なし」
「ならサッカー部に入らね? 普通にシュートブロックとロングキック出来てただろ。DFやれるぞ」
「それは、クラスマッチの範囲での話だからな?」
基本的に、高校の部活は球技を中心に、遅くとも中学から継続している人ばかり。
高校から素人で入部するとか、無理ゲーすぎる。
「試合は絶対に応援しに行くから、勘弁してくれ」
蓮人の実力であれば、1年から試合に出られる可能性があるような気がする。
その時に、必ず応援に行くという話をして、サッカー部入部という話は誤魔化した。
始業のチャイムが鳴ると、生徒達が一斉に自分の席に着く。
少しして担任教師が教室に入ってきて、今日1日のスケジュールについての説明が始まる。
今日は、まずはHRなどで委員や係担当を決めたり、生徒証の写真撮影などが行われる。
「早速、1時間目のHRで委員とかの配役を、決めていきたいんだけど……。学級委員長だけは、こちらで決めさせていただきました」
学級委員長は予め学校側が決めているらしい。
そういえば、中学の時もこんな感じだったな。
女子の方は、姫野さんが新入生代表をしていたくらいだから、間違いなく学級委員長になるだろう。
「こちらから男子は奥寺君、女子は姫野さんにお願いしたいんだけど……。いいかな?」
「へ?」
何故か姫野さんの名前が呼ばれる前に、俺の名前が呼ばれた。
想定していなかった事態に、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。
俺の事を知らない大半の生徒達が、俺の声に一斉でこちらに視線を向ける。
「いきなりでごめんね、奥寺君。出来れば、やって欲しいのだけど……」
さっきの反応が拒否に近い反応だと感じたのか、教師が申し訳無さそうにお願いしてきた。
別に嫌なわけではない。こういう事が起きると思っていなかったからなのだが。
俺の素性を知らない人ばかりの中で、そんな教師が下手に出なくていいと思うのだが……。
この状況に耐えられんと言わんばかりに、笑っている人が約2名いる。
蓮人と姫野さんである。
蓮人は下を向いて、抑えきれない笑いをこらえようと震えている。
姫野さんは、楽しそうに笑顔でこちらを見ている。
「いや、全然大丈夫です」
断る理由はもちろん無い。
仮にも、断れるような状況ではない。
ここで嫌ですとか拒絶したら、入学早々第一印象が終了する。
「本当!? ありがとう! 姫野さんも大丈夫ですか?」
「はい。問題ありません」
「じゃあ、この2人にこの後の話し合いの進行をしてもらって決めていきます」
俺と姫野さんに、前に出て来て、配役を決める話し合いの進行をするように促される。
「司会進行か板書、どっちやる?」
「俺、字が汚いから司会進行やるわ」
「うん、分かった」
小声でサクッとお互いの役割分担を決めて、話し合いを始めていく。
入学したてで周りのことを知らないため、みんなが周りに気を遣っているため、なかなか立候補や推薦、などといったものはなく、なかなかに進めるのに苦労した。
というか、勉強はぼちぼちこの人生で頑張ってきたつもりだが、リーダーシップとか人望は全く無い。
勉強が出来るという理由で、小学校時代に教師が毎年のように、学級委員長をやらせようとして来た。
それを適当に誤魔化してやらずにここまで来たが、こんなところで、しんどい思いをすることになるとは。
結局なかなか決まらずに、じゃんけんなどをフル活用してほぼ無理矢理に近い形で、何とか役を振り分けた。
「な、何とか全員振り分けられたか……」
「お疲れ様。大変だったね」
振り分けた結果を用紙に記入しながら、姫野さんと小声で雑談をする。
「こんなこと慣れてないからね……」
「何か見てて意外だったよ。何でも言われたら、出来るってイメージだったから」
「何でもは出来ないよ。というか、うまく出来ないことの方が多いよ」
姫野さんにとって、俺のイメージは塾に通っていたあの頃のイメージのままなのだと思う。
あの時は、勉強が少し出来ただけであって、塾ではその部分しか見せていなかったわけで。
「姫野さんが思ってるほど、俺は出来るやつじゃないよ。勉強だって、今では負けてるし。高校生活が続いていけば、幻滅されそうよ」
俺が苦笑いをしながらそう言ったが、姫野さんはあんまり納得していない。
「そうかな? あのいきなり指名された時の呆気にとられたような顔は、あの頃と変わってないけどね!」
「間抜けってことですよね……」
「そうは言ってないよ。変わってないなぁって思っちゃった」
「そんな間抜けに恋したの、誰でしたっけ?」
こんな定期的にアホ面になり、間抜けな反応をするやつを好きになった美少女さんとは一体。
「あー、そんな感じで昔の事を引っ張り出すんだ」
姫野さんはそう言いながら、とても楽しそうに笑っている。
慣れない上に、ややこしい仕事ではあるが、姫野さんとなら連携もとりやすく、何とかなりそうだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます