4話「朝の出来事」

 翌日。スマホと目覚まし時計が、けたたましく朝の訪れを告げる。


「ちっくしょ……。眠い」


 眠たすぎて、俺を遅刻させまいと必死に音を鳴らす道具たちに、謎の恨みをつい抱いてしまう。

 スマホは耳元においているが、目覚まし時計はベッドから相当離れた位置に置いている。

 ベッドから確実に起きがって、歩み寄らないと取れられないようにしている。

 そうでもしておかないと、寝直す可能性しかないという過去の俺の考えである。


「はよ止まれや……!」


 スマホは、フリック1つですぐに静かになるが、アナログ目覚まし時計はなかなか静かになってくれない。

 止めるために手と足を動かしていると、目が段々と覚めてくる。


「今日から丸々1日かぁ……」


 昨日は、入学式だけでお昼までだったが、今日からはしっかりと6時間目まである。

 まだHRや入学テストなどがあって、本格的な授業は始まらないが、長い1日である事は間違いない。

 気合い入れて、頑張っていくしかない。


 朝の支度を終えて、バスで市街地へ向かうべくバス停へと向かう。


「あ、奥寺君。おはよう」

「うん。おはよう」


 バス停には、姫野さんが先に到着していた。

 改めて彼女とこうして会うと、昨日のあっま事が現実だったのだと思い知らされる。

 3年ほどで、こんなに女の子って変わるものなのだろうか。

 ……しかも、俺が言ったことが理由だなんて。


「何かすごく見てるけど……。何か変なところある?」

「いやいや。そんなことないよ」


 じっと見てしまって、ちょっと居心地悪くさせてしまった。


「一人暮らしだから、起きるのも一人なんだよね?」

「そうだよ」

「凄いなぁ。私なら、毎日起きられる自信無いもん」

「目覚ましとか、ベッドから相当離れた位置に置いたりして、意地でも起きられるようにしてる」


 そんな生活についての話をしながら、到着したバスに乗り込んだ。


 朝は通勤や通学の人が非常に多く、昨日の帰りとは違ってかなり混んでいる。

 多くの席はすでに乗客が座っているが、2人分座れる長椅子が1つだけ空いていた。


「あそこ、一緒に座ろうか」


 混んでいるバスの中で、立ったままでいるのはかなり疲れるので、一先ず座ることにした。


「一緒でもいいの?」

「もちろん。っていうか、昨日も隣だったじゃん」

「そうなんだけど……。そのー……。ちょっと奥寺君と近くなっちゃうから」


 姫野さんは、少しだけ顔を赤くしながら、そんなことを小さな声で言った。

 確かに、昨日はバスの最後尾の席にある大きな座席で、隣り合ったとはいっても、ピッタリとくっついていたわけではなかった。

 そもそも、バスで2人座れる席で家族やカップルでもない限り、あんまり隣り合って座る光景はなかなか見ない。


 これは、俺の配慮が足らなかったか。


「ごめん。気になるようだったら、姫野さんが座って。俺は立ってるから」

「いや、別に嫌なわけじゃないから……! 一緒に座ろ」


 姫野さんが慌てたように座ると、俺の制服の袖を摘んで少し引っ張って、座るように促してきた。

 俺も姫野さんの横に座ると、再びバスを走り始めた。


「今日、入学テストだね」

「そうだな。しっかり順位が出るって、入学説明会でも言ってたな」

「このテストも、全科目勝たせてもらうからね?」


 入学テストは、合格発表後に行われた入学説明会で出された春休み中の課題から、出題される。

 昨日話したように、『条件』が今後も続いていくことになった今、姫野さんと自動的に点数勝負をする流れになっている。


「ここら辺で一度勝っておかないと、姫野さんに相手されなくなっちゃいそうだからな。俺も頑張りますよ」

「流石に、そんなことひどいことしないよ?」


 驚いたような顔をして、姫野さんが否定した。

 優しい反応をしてくれているが、今後の結果次第で距離を取られてしまった、なんてことが無いようにしないといけない。

 そうでないと、過去慕ってくれていた+美少女に見放されるという事実で、俺の心が壊れてしまいそうだ。


 そんなことを思っている時だった。


「おっと!」


 朝は、みんな慌ただしく移動をしている。

 時間が無くて、無理な運転をする人も少なくない。

 バスが、目の前を無理やり割り込んできた車を見て、急ブレーキをかけた。


「あっ!」


 乗客全員が、急ブレーキに大きくふらつく。

 姫野さんも、俺の方に倒れかかってきた。

 俺は姫野さんを抱きとめて、完全に倒れ込むのを何とか防いだ。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫……。ごめんね」

「いやいや、これは仕方ない」


 抱きとめた時、姫野さんの体をしっかり目に触ってしまった。

 華奢な体なのに、びっくりするくらいの柔らかさが、俺の腕に伝わった。

 その感触に、動揺している事を悟られないように、余裕のあるような対応を必死に取った。

 姫野さんも抱きとめられたことを意識しているのか、顔が真っ赤になっている。

 幸いなのか分からないが、こちらが変なことを意識してしまっている事は、何とか気が付かれなかった。


「お、奥寺君が横にいなかったら、体をぶつけて危なかったかも……。ありがとう」

「怪我とかしなくてよかった。俺が、横にいる意味があったね」

「うん。でも、ちょっと恥ずかしかった……かも」


 姫野さんが恥ずかしがる気持ちは、とても良く分かる。

 でも、そんなに恥ずかしがらないでほしい。


 俺が、姫野さんを抱きとめた時に感じた感覚が、いけないものとしてより強く意識してしまう。

 姫野さんが恥ずかしがれば、恥ずかしがるほどこっちも意識して恥ずかしくなる。

 俺、ダメなことしたわけじゃないよな?


 この後、ちょっと恥ずかしい気持ちを抑えながら、市街地に到着するまでの時間、雑談をして過ごした。


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