第四話「帝室教師」
「ニコラ様。帝室教師の方が来られました」
「帝室教師……?」
翌朝、朝食の後にボーっとしていると聞き馴染みのない言葉がセーラから発せられ、困惑する。
帝室教師と言うからには家庭教師みたいなものなんだろうか?
ただ、記憶ではそのような存在はいなかったはずだ。
強いて言うのであれば、今いるセーラが算数や外国語、作法などを教えていてくれていたくらいだ。
今までの僕自身の学力は年相応、少し優秀なくらいだろうか。
ただ、すぐさまセーラがいなくなるほどの能力を示していたわけでは無かったはずだ。
なぜ急に帝室教師などという存在が現れたのだろうか?
困惑する僕にセーラが教えてくれる。
「ニコラ様は後一年ほどでサストン校に入学されるので、準備という形で帝室教師が付けられるということになりました。2人の交代制でニコラ様に授業を行うとのことです」
私はもうお役に立てませんのでと寂しそうにセーラが言う。
そこまで言わなくてもいいだろうに……。
セーラはあまり自信が無いのが玉に瑕だが、よく尽くしてくれるメイドだ。
20前半だろうか。もう結婚相手を探す年であるはずなのに一向に結婚しそうな様子はない。
メルバン伯爵家の3女なので血筋としてもかなり良く、見た目も麗しく、引く手あまたであるはずなのだが、メルバン伯は何を考えているのだろうか?
日本ではセクハラで訴えられそうなことを考えながら思考を帝室教師の方に戻す。
そうか、サストン校に入学することになるのか。
確かサストン校は兄さんが通っていて、姉さんも今年から通うことになっていたはずだ。
今まで帝子は学校に通うことは無かったが、帝は全員サストン校に入れて帝位争いをさせるつもりなのだろうか?
それにセーラは帝室教師を2人も付けると言っていた。
それだけ勉強量が増えるということなのだろうか?
ますます困惑を深める僕の部屋に、一人の初老の男性が入ってくる。
その男はこちらを見るなり、慣れ親しんだような微笑みを向けてきた。
「昨日ぶりですな、ニコラ殿下」
「フラマー子爵!」
どうやら帝室教師はフラマー子爵だったらしい。
ただ、子爵は医師だったはずだが……。
「本日より私、フラマー子爵ヴィクターが帝室教師としてニコラ殿下の指導を行うことになりました。本業がありますので、そちらとの兼ね合いのため、コンウェル伯との2人体制で任に当たることになりますが、どうかよろしくお願い致します」
「わかった。よろしく」
なるほど二人体制なのはヴィクターが過労にならないための措置だったらしい。
そら医師としての仕事をこなしながら子供の面倒を見るなんて手がいくつあっても足りないだろう。
二人体制だとしても同情してしまう。
そんな僕の感情に気付いてか、ヴィクターは僕に笑いかけた。
「これで殿下の魔力視の研究も近くで見られますな」
楽しみで仕方ありませんぞと言うヴィクターに、僕は気づく。
そういえばヴィクターは僕の魔力視に興味津々だったし、隠居するつもりだったのを撤回すると言っていた。
案外自分から志願したのかもな。
そう考えると、たくさん頼ってやろうと思えてきた。
なら早速研究に取り掛かろう。
そう口にしようとしたが、その意気込みは挫かれることになる。
「ただ私は帝室教師としての立場がありますので、魔力視の研究を一緒に行うことももちろん致しますが、それ以外の勉学にも励んでいただかなければなりません。コンウェル伯には帝学を担当していただきますので、私はその基礎となる部分、自由七科(リベラル・アーツ)を概ね担当致します」
「自由七科(リベラル・アーツ)?」
「ええ。言語学、語学、哲学、数学、神学、史学、魔法学からなるものですな (*2)。これらを身に着けると、それ以降の学問の理解がしやすくなる基礎教養と呼ばれております」
「かなり多いんだね」
「そうですな。ただ、帝学に哲学、神学、史学が含まれているのでそちらはコンウェル伯にお任せすることにして、私は残りの四科目を担当致します」
ふむふむ、日本で習うことから理科を抜いて神学と魔法学を足したような感じかな。哲学は日本じゃ必修じゃなかったけど、僕は倫理の時間があって高1の頃に習った覚えがある。
ただ、一つ気になる点がある。
「言語学と語学は一緒じゃないの……?」
別なのが恐ろしくてしょうがない。
国語なのか外国語なのか、どういうことなのか。
「言語学は主にこの帝国の言語、ロエグランド語での発展的な内容を、語学は外国語の実用を目的としたものですな」
うーん、まあ概ね国語と英語みたいな感じで思っておけばいいのかな。
でも外国語っていうことは──
「何カ国語も勉強しないといけないの?」
今世ではそうでもないはずだが、前世の英語に対する苦手意識が影響を与えてしまっている気がする。
案の定ヴィクターとセーラは不思議そうな顔をしていた。
「殿下は既に3カ国語ほど喋られると聞いておりましたが?」
「いえ、4カ国語です。ガリー語、アレマン語、神聖語、キムレー語を学んでおられ、日常会話と調べながらの読み書き程度であれば支障無く行えるかと思います」
「おお神聖語まで、素晴らしいではないですか!」
あれ、確かにそう言われてみれば全部喋れる。
かなり小さい頃からセーラたちに鍛えられてきたせいかもしれない。
英才教育って恐ろしい……。
「それだけ学ばれていては他に学習すべき言語もあまりありませんし、それぞれの会話能力と読解能力を磨いていくので十分そうですな」
なるほど、実践ばかりになりそうだということは分かった。
基礎を永遠とやらされるよりかは良いかもしれない。
「では語学は週に1度どこかで午前を使ってやる程度でよろしいでしょう。問題は言語学、数学、魔法学の配分ですが……」
やった、週一回で十分らしい。ありがとう、過去の僕!
僕が舞い上がっている間に、ヴィクターはカリキュラムを考え始める。
そうか、魔法学もヴィクターが教えてくれるんだ。
僕は習得できないからもっぱら座学や魔力視の研究に割かれる時間になるのだろうか?
いや、でもたしか魔法の仕組みがほとんど解明されていないと言っていたから研究10割かもしれない。
そうなるとかなり楽しみな時間になりそうだ。
ワクワクする僕の内心が表情に表れていたのか、ヴィクターはこっちを見て苦笑すると、口を開いてカリキュラムを伝えてくれた。
「魔法学の指導は午後の私の都合の付く時間に致しましょう。その他の私の担当する午前2回分に数学と言語学をそれぞれ指導することに致しましょうか。どうですか?」
「それでお願いします!!」
思わず敬語で喋ってしまうくらいに良い内容だった。
いや、もうヴィクターは先生になるのだから敬語でも大丈夫か。
「そうですな。教師に当たる人物に敬語を使うのは問題ないでしょう」
やはりそうらしい。
それにしても、かなり魔法の研究ができそうだ。
他の勉強をしないといけないのは辛いがしょうがない。
数学や国語は得意だったし、さっさと合格をもらって魔法学をさせてもらうのでもいいかもしれない。
そんなことを目論んでいると、ヴィクターが早速と言わんばかりに聞いてくる。
「では今日は何を勉強しますかな?」
まだ10時台なので、昼までは後2時間ほどある。
本当は魔法をしたいけど午後って決めたしなあ……。
悩む僕を見てヴィクターがまたもや苦笑する。
「今日は午後も空いておりますから、午後は魔法学をやるということでいかがですかな?」
どうも僕は表情に出やすいらしい。
気をつけないといけないな。
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