恋を知ってから

 人間関係はあまり得意じゃない。

 相手のことを考えて、気を遣って、適切な距離を保って接する。

 みんなが自然にやっていることだ。

 当たり前のように見えて、それはとても難しい。

 少なくとも俺には、簡単なんて一言で片づけられない。


 話した相手が笑っている。

 笑顔なんだからきっと楽しい。

 そう思っていても、内心では真逆のことを考えている。

 速く終わってほしい。

 つまらないからやめてくれないか。

 決して表には出さないけど、本音はそう思っているかもしれない。

 

 この人とは仲良くなれそうだ。

 趣味も合うし、きっと気も合うだろう。

 本当にそうか?

 そう見えているだけじゃないのか?

 俺がそうあってほしいからと、思い込んでいるだけじゃないのか?

 考え過ぎだってよく言われる。

 だけど俺には経験があるんだ。

 距離を見誤って近づきすぎて、大怪我をするまで気づけなかったことが。

 あの時のショックを、孤独を感じた絶望を、俺は生涯忘れない。


 だからもう……。


「関わらないつもり……だったんだけどな」


 必要以上に人と接しない。

 相手の領域に踏み込まず、こちらの領域にも踏み込ませない。

 嫌いだと思われないように一歩引いて、友人にはなれなくても、知り合い程度になれれはそれで十分だ。

 少なくとも、普通に生活する分にはそれでいい。

 敵を作らない生き方をしよう。

 ひっそりと静かに、目立たないように。

 そんな俺には、恋をする機会なんて訪れないと思っていた。

 誰かを好きになるということは、その人の領域に踏み込んでしまうことだから。

 そして俺は、踏み込んだんだ。


「お待たせ。夢原さん」

「うん! 今日はちょっと遅かったね? 何かあった?」

「ううん、考え事しながら歩いてたからかな」

「へぇー。白濵君のことだから、なにか難しいこと考えてそうだね」


 そう言って彼女は笑う。

 教室では見せないような、女の子らしい笑顔で。

 

「そうかもね。難しいことかな」

「やっぱり? 何のこと考えてたの?」

「人間関係について?」

「ああー……難しいよねぇ」


 しみじみと痛感するように、彼女は肩を落とす。

 彼女にとっても、人間関係の難しさはわかるのだろう。

 ただ、そう。

 今の俺と彼女は、きっと考えていることが違う。

 俺が考えている人間関係……その難しさは、一人の女の子との距離についてだ。


 あの時、俺は自分の気持ちに初めて気づいた。

 胸が高鳴った。

 どうしようもなく動かずにはいられないほどに。

 これが恋だと知った。

 笑っちゃうよね。

 俺には恋なんて縁遠い……一生かけても機会はないと思っていた。

 本気で思っていたんだよ。

 それが今や、恋に夢中だ。


 違うか?

 夢中なのは恋にじゃなくて、彼女にか。


「聞いてよ白濵君。またラブレター貰っちゃった」

「へぇ、また?」

「うん。また……女の子から」

「やっぱりか」


 そうだと思ったから、特に心も乱されない。

 あの一件以来、夢原さんの人気はさらに上がっている。

 特に女の子からの人気が。

 元々王子様と呼ばれてチヤホヤされていた彼女だけど、最近では頻繁に告白されたり、ラブレターを貰うことが増えたようだ。


「本当にさぁー、違うって言ってるんだよ? 男の子より女の子が好きとか、そういうんじゃないって。何度も否定しているのに……」

「減ってくれないんだね」

「うん」


 仕方がないと思う。

 彼女は直接知らないと思うけど、玉砕を望んで告白している人も大多数いる。

 上級生をスパッと斬り裂く鋭い断り方は、一部のファンたちにこう思わせた。


 自分も夢原さんに罵られたい。


 その結果が今だ。

 罵られたいから告白してるなんて、夢原さんが知ったらきっとショックだろうな。

 自然に知るまでしばらく待っておこう。

 その間の愚痴は、全部俺が聞いてあげればいい。

 他の誰にもない、俺だけの特権だ。


「しばらく待ってれば治まるよ」

「そうかな? なんだか増えてる気もするんだけど」

「気のせいじゃないかな?」


 たぶん違うけど。


「はぁーあ……前より教室が息苦しい」

「そうだろうね。見てて思うよ」

「ホント! 白濵君と二人でいる時が余計落ち着くよ。この時間のお陰で耐えられてる気がする」

「はははっ、そこまでかな?」


 だとしたら光栄だ。

 彼女の力になれていることが。

 俺にとっては何よりうれしい。


 ああ、もう……本当に。

 彼女のことばかり考えているな。


「教室でもこんな風に、のんびりできたらいいのにね。二人で」

「うん。そう思う」


 心から。

 特別な時間が広がってほしい。

 今、こうして二人で会っている時間も大切だけど。

 願わくはもっと長く、ずっと続いてほしい。


 人を好きになるって、こんなにもドキドキするんだ。

 忘れていた感情が蘇るように。

 こうして彼女と話している中で、思わず言ってしまいたいくなる。

 君が好きだと。

 でも、今は駄目だ。

 きっと彼女を困らせてしまう。


 いつ、どこで伝えるのか。

 それはもう決めている。


「ねぇ夢原さん、ホームルームで言われたこと、どうする?」

「ん? あ、修学旅行のことだよね」

「うん」


 うちの学園は一応進学校で、三年生を受験に集中させるため、修学旅行は二年生の時に行く。

 時期は毎年変更されて、今年は夏休みの前。

 つまり、そろそろなんだ。


「四人一班、もし良かったら俺と一緒の班にならないかな?」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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学園一のイケメン王子様な女の子が、俺の前ではとにかくカワイイ 日之影ソラ @hinokagesora

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