王子様と通行人④

 しばらく、俺は夢原さんの感情暴発を宥めていた。

 相当溜まっていたのだろう。

 もしくは予定外でテンパって、必要以上に感情が揺れたのかもしれない。

 どちらにしろ俺は、学園じゃ見られない彼女の一面に触れた。


 ゲーセンの中にある自販機でコーヒーを二つ買う。

 両手に一つずつ持って向かった先は、クレーンゲームの横にある長椅子だ。

 そこにちょこんと座っている夢原さんに、左手に持っていたコーヒーを差し出す。 


「はいこれ」

「……ありがと」


 彼女はそれを受け取り、かしゃっと開けて口を付ける。

 俺は彼女から一人分距離を開けて、彼女と同じ長椅子に腰を下ろした。

 燃え尽きた後のように静かになった夢原さんの隣で、俺もコーヒーをごくりと飲む。


「少しは落ち着いた?」

「うん……お陰様で」

「良かった。危うく店から追い出される所だったよ」

「そ、それはごめんなさい」


 彼女が思った以上に大声を出して叫ぶものだから、店員さんが心配をして見に来ていた。

 端から見たら痴話喧嘩と思われてしまったよ。

 あと少し長引いていたら、うるさいから出て行けと言われていただろうな。


「はぁ……失敗したなぁ。まさかこんな所でクラスメイトに会うなんて……」


 落ち着いた夢原さんは、盛大なため息をついて落ち込んでいた。

 相当見られたくなかったのだろう。

 そうでなくちゃ、あそこまで取り乱したりしないか。


「俺もびっくりした。隣町で知り合いに会うこと自体珍しいのに、まさか夢原さんと会うなんて。それに……」


 となりにはクレーンゲームの機械。

 透明なガラスケースの中には、今も可愛いぬいぐるみがちょこんと座っている。

 クマのぬいぐるみ?

 なんか口から血みたいなのが出てる気がするけど……独特だな。


「意外……だよね? 私がその……こういうの好きって」

「うん。まぁ、普段の様子からは想像できないかな」


 学園での彼女を連想する。

 その傍らに、少女漫画やぬいぐるみはやっぱり似合わない。

 

「でもさ? 可愛い物が好きって普通のことじゃないの? 女の子なら当たり前……って、俺が女の子の何を知ってるんだってなるけどさ」

「そう思う?」

「うん」

「……でも私には似合わないと思うでしょ?」

「それは……まぁ、うん」


 何度も思うけど、彼女には似合わない。

 いいや、彼女だからこそ似合わない。

 イメージの力は相当強い。

 俺やみんなの中にある彼女のイメージは、学園の王子様なんだ。

 とは言え、疑問はある。


「でもそれって、そこまで隠すことなの? 周りのイメージはあるけど、女の子なんだから可愛い物が好きでも不思議ではないと思うし。夢原さんほど人気者なら、みんなも笑ったりしないと思うけど?」

「……うーん、私も最初はそう思ったんだけど……」


 夢原さんは歯切れの悪い反応を見せる。

 目を逸らし、言い辛そうに指をモジモジと動かしていた。

 きっと何かあったのだろう。

 そう察して、気になっても普段なら踏み込まない。

 相手の事情に足を突っ込めば、嫌でも深く関わらないといけないから。

 それなのに俺は……。


「……何かあったの?」


 気づけば口に出していた。

 自分でも驚きだ。

 こういう時、普段の俺なら適当に流してさよならするところだ。

 秘密を知ってもお互いに忘れれば良い。

 それで関係は終わる……いや、始まらないだけだ。

 

 ただ、この時の俺は知りたい思ってしまった。

 普段の様子からは想像もできない彼女の一面を見て、興味のほうが勝ってしまった。

 他人に対する興味……それは捨てたはずなのに。


「……それは……」

「別に、言いたくないなら話さなくても」

「ううん、もう見られちゃったし隠しててもしょうがないから」


 そう言って彼女は細く長く呼吸をする。

 気持ちを整えるように。

 そしてゆっくり、諦めたように口を開く。


「私ってさ、昔から女の子っぽくないって言われてたんだよね」

「それは……容姿の話?」

「それもあった。髪を伸ばしたこともなかったかな。小学校の頃は特に男の子と見分けがつかないくらいだったよ。でもそのお陰で男子とも仲良くなれて、よく一緒になって遊んでたんだ。女の子と遊ぶより、男の子と外で走り回るほうが好きだったしね」

「なんか想像できるな」


 今の彼女の容姿を、そのまま小学生くらい縮めてしまえばかっちりハマる気がする。

 男の子と一緒に走り回っている想像は、確かに彼女らしい。

 

「小さい頃はそれで良かったんだ。でも……年を重ねるにつれて、可愛い服とか女の子らしい物にも興味が出てきたの。その時に初めて、自分はやっぱり女の子なんだって思ったよ。けど気付くのが遅かったの……かな」

「遅かった?」

「うん。さっきイメージって言ったよね? その頃にはもう、私のイメージは固まっちゃってたんだよ。男子に交じって遊ぶのが好きな、男の子っぽい女の子っていう。だから初めて女の子らしい格好をしてみたら、みんなに笑われたよ」


 彼女は苦笑いをしながら教えてくれた。

 生まれて初めてスカートを履いた。

 彼女にとってその行為は、一種の憧れだったようだ。

 可愛い物が好きになった彼女は、自分も可愛い格好がしたいと思うようになって……。

 でも、周りの反応は予想と違った。

 女の子らしい服を着た彼女を笑い、似合わないとハッキリ口にされたそうだ。

 

「……酷いなそれ」

「あはははっ、でも事実似合ってなかったしね。自分でも鏡を見て思ったもん。似合わないなーって、男の子だけじゃなくて、女の子にも同じこと言われちゃったから……もうどうしようもないよね」

「夢原さん……だから、隠すようになった?」

「うん。笑われたくなかった。変だと思われたくなかった。だから私は、みんながイメージする私らしい自分を考えて、崩さないように頑張ったんだよ」


 そうして、今の王子様らしい夢原さんは誕生した。

 本当の自分らしさを封印して、他人が思い描く彼女らしさを演じていた。

 他人に気を遣い続けて、作り笑いを浮かべて。

 それがどれほど辛く悲しいことなのか、俺には痛い程わかった。



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