王子様と通行人③

 あり得ない光景を目にした。

 いるのはずのない人物、不釣り合いな物。

 人には少なからずイメージというものが存在している。

 王子様のイメージ、お姫様のイメージ。

 どちらも異なり、基本的にこれらは性別によっても区別されているだろう。

 男だから王子様で、女だからお姫様になる。

 逆に女で王子様と呼ばれるには、相応のらしさが必要だ。

 

 学園の王子様『夢原悠希』。

 彼女が王子様と呼ばれるのは、彼女に王子様らしいイメージが合ったから。

 可愛いより格好良い。

 綺麗より凛々しい。

 美少女というより、美少年。

 そういうイメージを、俺も持っていた。

 

 だから……。


「ゆ、夢原さんだよね?」


 俺は心底驚いた。

 あの夢原さんがここにいることもそうだけど、一番はそこじゃない。

 彼女が物欲しそうに見ていたのは、子供っぽくて女の子らしい可愛いぬいぐるみだ。

 それをうっとり顔で、まさに女の子らしく見ていた彼女に驚かされた。

 目を疑った。


 彼女はごほんと咳ばらいをして、普段通りの王子様スマイルを見せる。


「いやーその……奇遇だね白濵君! こんな所で会うなんて」

「あ、うん。そうだね」

「クラスの親睦会には来てなかったよね? 暇なんだったら一緒にこればよかったのに! すっごく楽しかったよ?」

「そうなんだ。ごめん、賑やかなのは苦手なんだ」


 あきらかに動揺していたのに、一瞬で元通りになるのはさすがだ。

 ただ残念ながらもう見てしまった。

 彼女の、彼女らしくない光景を見てしまって、忘れられるはずがなかった。

 俺は彼女が見ていたぬいぐるみを改めて見直す。


「夢原さんって、こういうぬいぐるみが好きなんだ」

「え、へ? なんのことかなぁ~」

「いやだって、さっき物凄く凝視してたでしょ? 可愛いなぁって言ってたし」

「うっ……それも聞こえてたんだね……」


 彼女は目を逸らし、小声で何か言ったようだ。

 王子様スマイルが僅かに歪んでいる。


「ち、違うんだよ? これはその、そう! 妹にピッタリだなーって思って見てたの!」

「え? 夢原さんって一人っ子じゃなかったっけ?」

「な、なんで知ってるの!?」

「いや、よく自分で話してるの聞こえてくるし……」


 別に盗み聞きしてるわけじゃないぞ。

 彼女は有名人で人気者だから、周りが勝手に話をしているんだ。

 そういうわけで意図せず、彼女の事情にはそこそこ詳しい。

 もちろん俺だけじゃなくて、大抵みんなが知っていることだ。


「ってことは今のは嘘だよね」

「うっ……そ、じゃなくもないです」


 バツの悪そうな返事だ。

 こんなに余裕のない夢原さんを見たのは初めてだ。

 クラスの誰も知らない表情を、俺は見せられているんじゃないか。

 よく見ると彼女の手には紙袋が握られている。

 大きさからして本だろうか。

 つまりは買い物帰りで立ちとったということだ。

 俺と同じように。


「夢原さんはみんなとカラオケ行ってたんだよね? 学園の近くでやると思ってたんだけど」

「あーうん、そうだったよ」

「え? じゃあなんでここにいるの?」

「そ、それはえっと……買いたい本があったから」


 彼女はがしゃっと持っていた紙袋を揺らす。

 やっぱり本屋さんに立ち寄ったのは当たっていたようだ。

 

「わざわざ隣町に? 学園の近くにも本屋なんてたくさんあるよ?」

「こ、こっちのほうが帰り道だから」

「反対方向だよね?」

「うっ、もう何で知ってるのさ!」


 急に怒られてビクッとする。

 まっとうなツッコミだけど、知っているのは仕方がない。

 周りがよく話しているから。

 いや以前に、俺と通学の方向が同じ時点で気付くよ。

 

 本当にらしくない。

 俺の中にあった彼女らしさが崩れていく。

 ここまで来ると、どんな本を買ったのか気になってきた。

 他人にここまで興味を持つのは久しぶりだ。

 俺は目を凝らし、紙袋を凝視する。

 うっすらと、タイトルらしき文字と男性のイラストが見えてきて……。


「恋する乙女の――」

「うわちょっと! なんで知ってるの!?」

「いや見えたから。というかそれって、少女漫画だよね?」

「うぅ……」


 女の子が少女漫画を読む。

 これは不自然どころか至って自然なことだ。

 ただし、王子様な彼女の場合は全く異なる。

 そもそも漫画を読んでいるイメージすらなかったから、余計にギャップを感じる。


 可愛いぬいぐるみが好きで、少女漫画が好き。

 それはまさに、女の子らしさそのもので、彼女らしさとは正反対だった。

 ハッキリ言って似合わない。

 けど、不自然とは思わなかった。

 ガラス越しの可愛さに見惚れる彼女の表情が、どうしようもなく可愛い女の子だったから。

 恋愛に興味が薄い俺ですら、その横顔を可愛いと思えるほどに彼女は……。


「女の子なんだね」

「なっ!」

「あ……」


 つい、思ったことが口に出てしまった。

 咄嗟に手で隠したけど手遅れ。

 俺としたことが一生の不覚だ。

 らしくもなく、彼女の事情に首を突っ込んだせいだろう。

 意図的に封じていた良くない部分が漏れ出ていた。


 すると彼女は――

 

「はいそうです。そうなんですよ! 見ての通り可愛い物が大好きなんですよ! ぬいぐるみだって部屋にいっぱいあるから! 似合わない癖に、全然可愛くない癖に、可愛い物が大好きで悪かったですね!」

「い、いやそこまで言ってないから!」

「言わなくてもわかるよ! どうせみんな私に可愛い物なんて似合わないとか思ってるんでしょ! はいはいどうせ似合いませんよぉーだ!」

「ちょっ、落ち着いて夢原さん! ここ店内! 店内だから!」


 怒るというより開き直った夢原さんの口からは、次々に本音らしい言葉が漏れていた。

 ここまでハッキリ見てしまうと、王子様らしい彼女が嘘みたいだ。

 ただなんとなく、こっちの彼女の方が自然体で、嫌いじゃないとも思ったんだ

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