第14話 支配人のプラン

 エレベーターから降りて来たのは、おかっぱ頭の眼鏡男子。中島だった。


 中島はフロント前で従業員たちが何やら話している光景を、一瞬確認するが、直ぐに視線を外してロビーのソファーに腰を下ろした。


 持ってきたノートパソコンを開き、電話をかける。


「もしもし、お疲れ様です中島です。……はい。はい。現在の状況なのですが、30ページほど書き終えたところです。……はい。そうですね。この後の展開は頭の中になんとなくあるので、完成までそこまで掛からないと思っています。……はい。え?……あ、そうですか、ちょっと待って下さい。えぇっと、役者が一人追加で、登場人物も一人追加……。うーん。そうですねぇ。この段階から一人追加となると、結構な修正が必要になりますね。はい。いや、出来なくはありません。ただ、作品において、無意味な人物を登場させるのは、個人的にやりたくないなと思っています。はい。……分かりました。では一先ず、一人追加して再度物語を構築してみます。はい。またご連絡致します。それでは、失礼致します」


 電話を切ると、そのままパソコン上のメモに文字を打ち込む。


 中島の電話のやり取りを聞いていたホテル従業員たち。


 宮川は何かを閃きかけていた。


「金子君。すまないが中島様に、職業を尋ねてみてくれないか」

「職業ですか?」

「あぁ。頼む」

「……分かりました!」


 首をかしげながら、金子はゆっくりと中島のソファへと向かう。


「中島様」

「……はい?」

「お取込み中すみません。少しよろしいでしょうか」

「えぇ、構いませんよ」

「実は今のお電話の内容が、自然と聞こえておりまして」

「あぁ、うるさかったですか? だったらすみません」

「いえ、あの。中島様のご職業って、なんですか」

「脚本家です」

「脚本家……」

「はい。TVドラマや舞台、映画の脚本も書いてます」

「それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 とてつもない大声で宮川は叫んだ。ロビーにいる人間全員が驚いた瞬間には、宮川は速足で中島の元へと歩きだしていた。


「それだそれだそれだ! それだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

「え、ちょ、な、なんなんですか!」

「それだ!」

「いや、だから何が?」

「中島様! 一生のお願いです! 私たちに力を貸して下さい!」

「力!?」

「はい! 政治家の間宮敬一郎まみやけいいちろうをご存じでしょうか」

「え、えぇ。知ってますよ」

「その方が明日、ホテル・ヘラクレスに参られます!」

「へぇ。そうなんですね」

「間宮敬一郎は、ホテルの評論家でもあり、おそらくこのホテルを見定めようと突然宿泊予約をしてきました! 正直なところ! 現在のヘラクレスは廃れる一方! 数少ない従業員で、なんとか持ちこたえています! そんな今! 間宮に酷評でもされると! このホテルは完全に終わってしまいます! なんとか明日! 間宮の前で最高のおもてなしをしなければなりません! どうか! 中島様のお力をお貸し下さい! お願いします!」


 宮川は全身全霊で頭を下げた。


「……間宮間宮言い過ぎじゃないですか?」

「つい熱くなってしまって……!」

「……あの、一回整理してもいいですか?」

「はい!」

「内容は分かりました。ただ、どうして僕なんですか?」

「中島さんは脚本家とお伺いしました」

「はいそうですけど」

「それを知って閃いたんです。明日やって来る間宮様に、衝撃的で感動する出来事を、このホテル・ヘラクレスで体験してもらうんです! その脚本を! 書いて下さい!」

「はぁ?」


 さすがに従業員たちも驚きを隠せない。


 中島は全く予想していなかった申し出に理解が追い付かない。


「あ、あの、全然意味が分からないんですけど」

「いいですか中島様! 登場人物は私たちです! 私たちの誰かが、明日来る間宮様を人質に取る!」

「え、なんで!?」

「犯人は武装している! 危ない! そこへやって来たホテル・ヘラクレスの従業員たち! 必死の説得も時間の無駄! 焦る間宮! もうここまでかぁ! という最高のタイミングで我々が見事、間宮を助ける! この衝撃的な体験と感動を与えることが出来れば! きっとホテル・ヘラクレスには素晴らしい評価が付けられるはずです! なのでそういった脚本を書いて下さい! おねっしゃす!」


 なんとも奇天烈なプランを考えたものだ。崖っぷちのギリギリの所に立ちすぎて頭がどうかしたのだろう。赤木、岸本、矢吹は同じ考えに至っていた。


「支配人。さすがにそれはちょっと無理があるのでは……」


 金子は優しく、宮川に伝えた。


「無理かもしれないがもうやるしかないんだ! いいかい? 今から一夜漬けであの子たちを一流のホテルマンにすることは不可能だ! 10年かかっても不可能だ!」

「いや、ディスりすぎじゃない?」


 岸本は笑いながら言うと、赤木と矢吹を見た。


 同じく二人共笑っている。


「少々強引なプランだが、もし成功すればどのホテルよりも記憶に残る体験になるはずだ! そう思うだろ金子君」

「……まぁ、確かに記憶には残りますけど」

「中島様! いかがでしょうか」

「ごめんなさい」

「中島様ぁぁぁ!」


 宮川はその場に崩れ落ちた。そして情けない声で説得を続けた。


「お願いします中島様! なんとか力をお貸し下さい! もう頼れるのはあなたしかおりません! このタイミングであなたに出会えたことも何かの縁です! きっとこのために、出会うべくして出会ったに違いありません!」

「そんなことはないと思いますけど」

「もう、ギリギリなんです……。ホテル・ヘラクレスは、私が大学を卒業したと同時に就職しました。それからお客様のことを第一に考え、どんな逆境に合っても、なんとかここまでやって参りました。しかしもう、この子たちを雇うので精一杯です。不真面目な従業員が多いですが、それでも、私の部下です。仲間です! ここが潰れてしまうようなことになれば、この子たちは路頭に迷います! 私はどうだっていい! せめてこの子たちの未来を、繋げてあげたい! だから、何もせずに諦めたくないんです! なんとか、お願いします……!」


 宮川は土下座をして、深く頭を下げた。


 その光景と、宮川の想いを聞いた金子、岸本、赤木、矢吹の心は、確実に動かされていた。


 しばらく沈黙した中島は、重い口を開いた。

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