第6話 頂のヘラクレス

 六月ももうすぐ終わる。


 本格的な夏に入ろうとしている西表島いりおもてじまの気温は高い。平均最高気温が30℃を超え、8月まで高温・多湿の日が続く。


 強い日差しを受けながら、ホテルヘラクレスを目指して山道を歩くリーサ。想像以上の森の中をかれこれ一時間ほど歩いており、とっくに限界は過ぎていた。


 本当にこの先にホテルがあるのか。そんな不安がずっと頭から離れない。自然を感じたい。都会にいる人間ほど強く思うに違いない。


 リーサもそうであった。しかしこれはどうだ。本当にここは人が通る道で合っているのか。ジャングルではないか。アマゾンではないか。


 もちろんどちらも行ったことなんてない。だがそれほどの大自然である。


 見たことのない植物。昆虫。生物。


 最初は感動していたが、次第にそれは恐怖へと変わっていった。


 頭皮から顔へと滝の様に流れる汗は、今ではそれが当たり前となり、何も感じなくなっている。


 鬱蒼うっそうと茂る見たことのない植物を、リーサは出来るだけ直視しないようにしていた。よく見てしまうと、葉や茎部分に生えている毛や、その他の構造が気味悪く感じてしまうからだ。


 向日葵ひまわりも遠くで見ると、とても綺麗で夏を感じさせる。しかし間近で見てみると、管状花かんじょうかと呼ばれる中央部分にある集合体が、申し訳ないが気持ち悪いと感じる時がある。


 見たことのない植物ゆえに、今それを発見して、これ以上不安な気持ちになりたくなかった。


 目の前をさえぎる大きな葉を、右手で持ち上げてくぐると、一気に視界が開けた。


 遂に辿り着いた。


 謎に包まれた【ホテル・ヘラクレス】。


 写真で見た通り、この島に全く合っていない中世ヨーロッパを思わす外観。いったいどういう流れでここに、これが建っているのだ。


 色々通り越して怖い。


 リーサの顔は一瞬くしゃっと崩れ、涙が出そうになった。


「ここがホテルヘラクレスかぁ! カッコいい!」


 テンションが上がったイザナギはスピードを上げて飛び回る。


 アホが一人紛れている。リーサは頭を抱えた。


 辿り着くまでの道中も騒がしかった。リーサの不安や恐怖とは反対に、イザナギはこの大自然を楽しんでいた。まるで子供のように。


 山道を歩くことに必死で、いちいちそれを相手にしなかったが、内心ではイラついていた。


 何よりイザナギは地面を歩くことはしないので、浮遊してあちこち飛び回る姿に殺意を覚えていた。


 ホテルを見上げると、頂上には何やら像が象徴的に立っている。


 あれはギリシャ神話で最大の英雄。


 ヘラクレス像だ。


 毛皮を頭からまとい、両端の皮を胸前で結んでいる。


 だけ。


 ほぼ全裸ではないか。


 そして右手には棍棒を持ち、りんとして立っている。


 何をそんな恰好で自信満々で遠くを見つめているのか。


 凛としている場合か。


 ヘラクレス像につっこみを入れたあと、リーサは改めてホテルを見る。


 ホテルの外観は、全体的に石材を使用し、パルテノン神殿のような円柱がいくつも建っている。どれも写真でしか見たことは無いが、フランス・パリにある【エトワール凱旋門】や、【マドレーヌ寺院】、【サント・ジュヌヴィエーヴ聖堂】がイメージに近い。


 外観だけで相当な費用がかけられていることは想像出来た。


 ただやはり。


 西表島には全く合っていない。


 はちゃめちゃにズレている。


 リーサはそんなことをあれこれ考えたが、とにかく暑くて疲弊していた。


 もうそんなことはどうだっていい。早く休みたい。ベッドで横になりたい。冷たいトロピカルなジュースを飲みたい。


 最後の力を振り絞り、リーサはホテルへと入って行く。

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