番外編SS『キスの日』
「今日がなんの日か知ってるか」
帰宅した爽真が鞄をソファに置くと、そう言いながらキッチンへやって来た。
「言うと思ったよ。想定どおり。キスの日でしょ?」
「んじゃ――」とご機嫌で顔を寄せてくる爽真。
「見て分からない? 揚げ物をしているの」
「分かるけど、ちょっとくらい――」
「それも言うと思った。――はい」
キッチンカウンターの上に置いておいたそれを取って渡す。
「キスチョコ……」と木崎。
「ちゃんと用意しておいた私、偉くない?」
「いや、違うだろ」
「じゃあこっち」
小さいケースを取って渡す。kissのシアーグリッターだ。
「なにこれ」爽真が剣呑な眼差しを向ける。
「まぶたに塗るやつ」
「俺に塗れっての? いや、何でも似合うとは思うけどさ」
「初めてkiss商品を買っちゃった」
「莉音は使いそうにないキラキラだもんな。――まさかと思うが」
爽真が私が鍋から上げたものを見ている。ふむ、さすが爽真だ。よく気がついた。油切りの上にそっとそれを置く。
「キスの天婦羅」
たまたまスーパーで売っているのをみつけた。そのとき『キス』を色々買うことを思い付いたのだ。
「大喜利かよ」と爽真。「俺は莉音のキスがいいんだけど」
「あとでね」
「なんでだよ。せっかく久しぶりに時間があるのに」
そうなのだ。ここ二週間くらいお互い忙しくて、一緒に夕飯を食べる時間さえなかった。
「――久しぶりだからこそ、ゆっくり楽しみたいかなって。ご飯も。キスも」
ああ恥ずかしい! 木崎相手に素直になるのはまだ慣れない。でもね、思っていることはちゃんと口に出して伝えないといけない。それが上手くやる秘訣だって佐原係長が言っていた。
「そうか」爽真の声がご機嫌な調子に戻っている。「莉音は俺と楽しみたいか。じゃあ仕方ない。あとにとっておこう」
「うん。着替えておいでよ」
「その前に」と、爽真は私の左手を取り顔の高さに持ち上げた。目を見ながら、薬指にちゅっとキスをする。そのすぐ上には先月贈ってくれた指輪がはまっている。
いらない、とは伝えたのだ。いずれペアの指輪を買うのだから。
だけど爽真はどうしても贈りたいし、つけてもらいたいと引かなかった。
仕方ないから、ダイヤが埋め込み式のものならいいよと譲歩した。
一緒にお店に見に行き、一緒に選んだ指輪だ。
「続きは夕飯後な」と爽真が手を離す。
「天婦羅、がんばったんだから」
「ああ、うまそう。――よし写真を撮って藤野に自慢しよう」
「やめてよ、藤野の彼女さんはすごい料理上手なんでしょ?」
「でもキスの日にキスの天婦羅を揚げる謎センスはないはず」
褒められてるのか貶されてるのか。
どちらでもいいけどね。爽真が楽しんでくれるのなら。
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