5・1 佐原係長は想定内

「私の素晴らしい洞察力によると、宮本は私に相談したいことがあるんじゃないかと思うんだよね」


 佐原係長がそう言いながら、テーブルに置かれたばかりの盆から茶碗と箸を取り上げる。

 よく利用する定食屋。今日の日替わりは目玉焼きのせハンバーグ。お味噌汁は長ネギとお揚げ。

 昼休み真っ只中のお店はほぼ満席で活気がある。彼女に誘われてのランチだけど――


「まあ、店のチョイスは失敗したかも」と佐原係長。「でも社の人間はいなさそうだし、ほら、どんと話してしまいなさい」

 彼女の目がまっすぐに私を見る。

「高橋と何かあったでしょ。宮本、ぎこちないもの」


 なんてことだ。まだ告白メール後の出社はたった半日しか経っていないのに、気付かれてしまった。普段通りに振る舞っていたつもりだったのに。


「どうしよう。私、そんなに分かりやすかったですか? まいったな」

「――ううん。それほどじゃない。ごめん、この切り出し方は悪手だったね。本当は高橋に泣きつかれたの。宮本にフラレたから活路を見いだす手助けをしてくれって」

「佐原先輩、高橋の味方なんですか!」

 思わず以前の呼び方をしてしまう。

「宮本だよ。でも言ったでしょ。私のイチオシは高橋。彼が頑張ってきたのを知っているからね」

「――私は知りませんでした」

「宮本の鈍さは社内イチ」

 佐原係長はそう笑ってから箸を進めた。


 高橋には始業前に改めてお断りを告げた。きっぱりと。木崎のアドバイスに従って、やや冷淡なぐらいで。

 高橋は私が追い討ちをかけると思っていなかったようだ。ショックを受けた様子で、申し訳なくなった。だけど中途半端に期待を持たせるよりはいいはず、と考えたのだけど。諦めてはくれなかったのか。


 そもそも高橋は、何か言いたそうだった。それを遮るかのように自席に戻ってしまったのだが、そうか、佐原係長を頼ったのか。彼女は私が一番尊敬する人だ。良い人選だ。だけど彼女に何を言われようとも、私の気持ちは変わらない。


「もう、面倒くさいや」と佐原係長。「ずばり訊く。藤野にオーケー出したの?」

 もぐもぐ中だったハンバーグを吹き出しそうになり、慌てて口を押さえる。しっかり飲み込んでから

「どこまで知っているんですか!」と尋ねる。

「知ってるか知らないかで言うのなら、私は今日まで何も知らなかった」と佐原係長。「でも見ていれば分かる。高橋が宮本に近づこうと健気なんだか臆病なんだか分からない作戦をずっと続けてて、」

「作戦!?」

「そんな高橋と藤野がバトっているのだから、」

「バトる!?」

「藤野も宮本狙いで、ふたりは宮本を巡って熾烈な争いをしてるんだな、って分かるでしょ?」


 ちょっと待って。バトるとか作戦とか何?


「その上で『男ひとりじゃ入りにくいレストランに付き合ってほしい』だなんて、口実ってバレバレ。誰だって、今日決めにきたんだって分かる。だから高橋が慌てて告白したんでしょ」


 そうなの? わずかな時間差で交際を申し込まれたのは、そういう訳だったの?

 ――いや、ちょっと待って。


「高橋が藤野にケンカを売られているって言ってたのは――」

「なんだ、言われてたんだ。それでも気付かないなんて。やれやれだわ」

 佐原係長は呆れ口調で言って、もりもりご飯を食べる。

「恋愛に興味あるなしは個人の自由だから、宮本が関心なくてもいいんだよ。でもさ、あれだけ努力しているのを気付いてあげないってのは、人としてどうかと思う」

「……すみません」

「他人の私情に口を挟むのはめん……、ポリシーに反するから高橋を推すことしかしなかったけど」


 今、『面倒くさい』って言おうとした。なんてツッこんでいる場合ではない。


「宮本のことが心配なのは本当。あの彼氏にフラレて以来、恋人を作ろうとしないから」

 佐原係長が食べるのを止めて、私を見ている。

 修斗にフラレたとき、真っ先に私の異変に気付いて慰めてくれたのは、教育係りの彼女だった。

「別に引きずってないですよ。単に恋愛が億劫になっただけで」


 佐原係長は小さく息をついた。

「それで? 藤野にオーケーしたの?」

「……いえ」

「どっちもフッたんだ。何で? 面倒だから?」

「はい。それに、そういう相手として見られないですし」

「手強いね、宮本。高橋が攻略できる糸口はある?」

「ありません」

「そう。残念だけど、仕方ないか。高橋にはそう伝える。藤野もフラレてるのが、せめてもの慰め──じゃないかなあ。余計にモヤるかもね」


 すみません、と誰に対してか分からない謝罪をしてご飯をもそもそと食べる。もそもそでもハンバーグは美味しい。


「まあね。こうなるとは思ってたけど」と佐原係長。

「『こうなる』?」

「宮本にその気がないのも丸分かりだったから。ワンチャン、どこかで恋愛スイッチが入らないかなと思っていたんだ」

「……すみません」

「藤野との食事だって、どこに行くか分かってなかったし。関心がないにもほどがあるよね。可哀想だったよ」

「……すみません」

「もっともさ、あのふたりは」佐原係長が笑みを浮かべる。「バリバリ仕事をこなす宮本の、その間抜けたところを可愛いと思ってるんだろうね。でなきゃとっくに気持ちが離れているって」


 ちょっと考える。


「――つまりその辺もバリバリになれば、ふたりは諦めてくれる可能性が?」

「かもね」

「でも仕事以外に労力を割くのはイヤだなあ」

「さすが宮本」

 と、楽しそうに笑う佐原係長。



 それから第二のどのくらいの人が高橋と藤野のことに気付いているのかと尋ね、藤野はほとんどいないだろうけど、逆に高橋はほぼ全てじゃないかなとの答えが返ってきて、頭を抱えた。



「気にしても、どうにもならない。仕事に支障をきたさなければ問題ない。――そろそろ行こうか」

 食後のお茶も済んでいる。佐原係長は伝票を手に立ち上がった。




 ――『大穴』の話は、あれはただの軽口ですよね。

 そう尋ねたかったのだけど、訊きそびれてしまった。

 別にいいか。

 それほど気になっていた訳じゃない。

 だって木崎なんだから――。

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