1・《幕間》木崎

(木崎のお話です)


 地下鉄に乗り扉脇にもたれると、鞄から私用のスマホを取り出した。藤野から四件ものメッセージがある。


 藤野は同期で同じ第一営業部だが、三年ほど前にマーケティング部から異動してきた。本人が希望を出したわけではないというから、上司が営業の素質有りと考えたんだろう。実際に能無しの古株より成績を上げている。

 入社当初からヤツとは馬が合い、仕事帰りだけでなく、休日に遊ぶこともある仲だ。


 メッセージアプリを開く。


 最初は朝イチの『ケンカするなよ』

 それから『終わったら連絡くれ』

 打ち合わせが終了した頃合いには『終わったか?』

 最後は、ついニ分前。『宮本に手出ししたら許さないから覚悟しろ』


 アホか。

『誰がそんなことするか』

 と返信する。それから『帰宅したら電話する』とも。今、池袋で地下鉄に乗ったところだと教えてやる。


 藤野は宮本に惚れている。あんな女のどこがいいのか分からない。宮本は仕事はできる。それは認める。第二のエースとおだてられ、俺のライバルなんて言われているけど、否定できる余地はない。だけどアイツはそれだけ。仕事を取ったら、何も残らない女だ。


 俺は彼女にするなら、ゆるふわ雰囲気をまといながらその裏で、いかにいい男をうまくゲットできるか計算できるタイプがいい。中学生の恋愛じゃないんだから。


 宮本はその対極だ。いつも機能性重視の黒いパンツスーツに白いワイシャツかブラウス。パンプスも当然黒いシンプルなもの。髪も真っ黒で頭の後ろできつくひとつ結びにしている。一歩間違えば就活生に見えそうだ。

 もっとも。入社当初はそうじゃなかった。営業成績を上げるのと比例して地味になっていった。


 どんな理由があるにしろ、女を捨てて、恋愛なんて仕事の邪魔と考えているようなタイプに興味は湧かない。俺は仕事も恋愛も頑張る女がいい。藤野は趣味が悪すぎる。

 だがそのおかげで、彼女にしたいと思う女がかぶることはないから良かった。


 藤野からスタンプが届く。スンッとした顔のものだ。


 どういう意味だ?

 連絡が遅くなったから怒っているのか?


 普段の藤野はそんなキャラではないが、宮本がからむと残念な男になってしまう。一緒に飯を食ったと伝えたら、突っかかってくるかもしれない。


 めんどくさ。

 俺と宮本がどんなに合わないか、よく知っているくせに。





 ――だが。今日の仕事は良かった。急なことで自分の仕事もあっただろうに、宮本は資料と顧客情報をしっかり頭に入れてきたのだ。

 先方に向かう前に打ち合わせ時間をとっておいたのだが、彼女の準備が完璧すぎてすぐに終わってしまい、ヒマをもて余すことになってしまった。だがその余った時間を宮本は、水族館のSNSチェックに使ったのだ。どんな話題を振られても対応できるように、と。


『ごめん、ここまで手が回りきらなくて』

 宮本はそう言いながら、恐ろしく早いスピードでペンギンやら魚やらのほのぼのエピソードに目を通していった。ただの代打。一回限り、それも俺との仕事なのにも関わらず。


 やっぱり第二のエースと言われるだけあるのだ。


 仕事はやりやすかったし、宮本は先方と水族館に関する雑談で盛り上がり好印象を残している。正直、代打が宮本で良かった。




 ――思いもよらない情報も得たし。

 年齢イコール彼氏いない歴だと思っていた宮本に、元カレがいた。藤野には重要なことだろう。あいつは宮本にアピールしまくっているが、全く気づいてもらえていない。信じがたい鈍さなのだ。


 一番笑えたのは、今年のバレンタインだ。うちの社は義理チョコ禁止が言い渡されている。だが裏を返せば本命ならばオーケーということ。

 藤野は激ニブ宮本にも分かるようにと、本命チョコを渡して告白することにしたらしい。用意したチョコはなんと、五粒三千円の高級品。

 それを渡したならばアホな宮本は。

「藤野と友チョコ交換の約束をしてたっけ? ごめん、忘れてた! 今度用意するね」

 笑顔でそう言って、藤野が告白する間もないうちに去ってしまったという。


 俺的には大爆笑ものだが、藤野は気の毒だ。宮本の鈍さは鉄壁すぎる。それは宮本が恋愛に興味がないからだと俺たちは考えていたけど、交際経験があるなら違うかもしれない。

 頑張れ、藤野。




 にしても。あの元カレのクソっぷりは凄まじかった。顔はまあまあだが俺には及ばないレベルだし、なんで宮本はあんなクズと付き合っていたんだ。

 しっかり反撃して撃退してはいたが――。


 ひとりになって俯いた宮本は、歯を食い縛り泣きそうな顔をしていた。


 あいつのああいう顔はみたくなかった。あれじゃただの弱者だ。俺のライバルなら外で弱みを晒すんじゃねえよ。



 思わずため息がこぼれる。

バッティングセンターに連れて行ったのは、我ながらいいアイディアだった。

 スマホにメッセージが届く。藤野からだ。

『なんで宮本と一緒にラーメンなんか食ってるんだよ』


 ……どうやら藤野は宮本に連絡を取ったらしい。

 再びメッセージ。


『お前の家に行く』

 必死だな、藤野。

『いいけど。どうしてもラーメンを食いたかっただけだぞ』

 と返す。


 俺はラーメンは好きだが、ひとりでは食いに行かないと決めている。ラーメン、特に背脂たっぷり系のそれは、体づくりに良くないからだ。

 陸上をやめて十年以上が経つが俺は走るのが好きだし、そのための体は維持したい。このことは藤野も知っている。


 でもここニ、三日、めちゃくちゃラーメンが食いたかった。宮本を誘ったのは食欲と礼とを一挙に解決するため。それだけだ。




 ――案外、楽しかった気もするが、それはきっと気のせいだ。仕事がうまく行ったからだろう。だが――


 バッティングセンターでホームランを打ったときの宮本の嬉しそうな顔を思い出す。


 あいつがあんな屈託のない笑顔を俺に向けるのは、初めてなんじゃないか?

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