AM 2:00

びびっとな

AM 2:00

目が覚めた時、窓の外は真っ暗だった。

スマホを開いて時間を見ると午前2時。もう一度寝入ろうとしたが、空腹感を覚えそんな気にもなれない。

今日も休みなのを思い出し、一階に降りて何か食べようと部屋の扉を開けた。


廊下にはひんやりとした空気が漂っている。なぜだか喉が痛い。冬休みの不摂生が祟ったのか、それとも単に口を開けて眠る癖のせいなのか。僕はそんなことを考えながら階段を降りた。


リビングの電気をつけると、中心にある大きめのテーブルと四つの椅子が目に入る。

奥の席には姉が座っていた。彼女はこちらを見つめたまま何も言わない。僕は気にせず冷蔵庫を開けると、あり合わせの食材で夜食を作った。


テーブルの上に二人分の料理を置く。我ながら美味く作れたと思うが、姉はこちらを見つめるだけで料理に手をつけることはしなかった。






姉は所謂、出来の良い人だった。勉強が出来たし運動も出来た。おまけにピアノも出来たから、合唱コンクールではクラスの伴奏者を務めた。

決して出来の良い方とは言えない僕に比べ、両親は姉に強い期待を寄せており、時には過剰なほど厳しく接することもあった。姉も両親の期待に応えようと、何事にも懸命に取り組んでいたように思う。


しかし高校三年の春、所属していたバスケットボール部のインターハイを控えていた姉は、練習中の無理が祟って膝の靭帯を痛めてしまった。歩くこともままならなくなり必死でリハビリに励むも、とうとう引退するまでバスケをすることは叶わなかった。


夏が終わり、姉は進学に向けて受験勉強を始めた。この頃、図書館で勉強してくると言って出かけた姉を繁華街で見かけたことがある。親に嘘をつくなんて意外に思ったが、たまには息抜きすることもあるんだな。と、当時の僕は深く考えもしなかった。


街にクリスマスの装飾が目立ち始めた頃、母が学校に呼び出された。三者面談だという。姉の成績が芳しくないとの事だった。

その夜、両親が姉を激しく責め立てているのを見て、僕は姉を見かけた時の事を思い出した。嘘をついていたのは、あの日だけではなかったのだろう。魔が刺したのか、最後の夏への未練か。姉の心は想像以上に傷付いていたのかもしれない。


三者面談以降、姉は勉強に集中するようになった。いや、集中しすぎていた。ロスした分を取り返そうと明らかに無理をしていた。

その頃、姉とまともに顔を合わせるのは朝食の時ぐらいだったが、日を追うごとに疲労感を募らせていく姿を見るのはとても辛いものがあった。


ある朝。朝食を出されたにも関わらず、テーブルをじっとみつめたままの姉にとうとう僕は声をかけた。


「姉ちゃん、食べないの?」

数秒間、沈黙が続く。姉は動かない。

怖くなった僕は、もう一度声を掛けた。


「姉ちゃん。」

すると姉は、ゆっくりとこちらを見てにこりと微笑んだ。


「大丈夫だよ。ごめんね昭人。」


その笑顔に力はない。ここ数日、ろくに眠れていないのかもしれない。精神的にも体力的にも休養が必要なのは明らかだった。

『少しぐらい休んだら。』そう言いかけたが、姉の頑張りに水を差してしまうような気がして僕は言葉を呑み込んだ。


心配をよそに、その後の姉の様子はいつも通りだった。いつも通り朝食を食べ、いつも通り家族と会話をして、いつも通りの時間に家を出て行った。


「いってきます。」


「いってらっしゃい。」


姉はその足で、自ら電車の前に飛び込んだ。


僕は今も後悔している。

あの時、いってらっしゃいと言ってしまったことを。欲しかったのは、違う言葉だったのかもしれない。






「姉ちゃん。食べないの?」

僕は夜食を食べながら、隣に座る姉に声をかける。姉はいつも通りこちらを見つめるだけで、何も答えてはくれない。


あれから一年。姉はいつも座っていたこの席に突然現れた。触れることは出来ないし、話すことも出来ない。ただ、一日中そこに座り何かを訴える目でこちらを見つめているだけ。


最初は自分だけが見える幻だと思った。けれど、両親が不自然に姉の方を見ないようにしている事に気付いてから確信した。これは、あの日の姉なのだと。

あの日、姉を止める事が出来なかったことを僕が後悔しているように、両親もあの日のことを悔いて姉の影を追い続けているのだろう。



「ごちそうさまでした。」

夜食を食べ終えると、姉の分にラップをかけた。これは昼食にしよう。

腹が満たされると、途端に睡魔が訪れた。


いつかは家族みんなで、前に進める日が来るのだろうか。

僕は溜め息をつくと、「おやすみ。」と言ってリビングを後にした。

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