映画を見て寝た話

たかた ちひろ

第1話 映画を見て寝ただけの話だけど、私は聞いてほしい

 なぜか二人でタイタニックを見ることになったのだが、その経緯はほとんど覚えていない。ともかくなにか流しておかないと落ち着かない、でもテレビではCMの時間に虚無が訪れる。そんなわけで、私たちは不朽の名作に手を出すこととなり、わざわざ駅前にあったTSUTAYAにDVDを借りに行ったのだ。いまどき動画系サイトの一つも登録してないのかよ、という質問は受け付けない。彼はそういった嗜みをいっさいしない、趣味は競馬、パチンコ、麻雀という生粋のギャンブラーなので仕方がない。大学でできたばかりの友達には、そんな人と同棲して大丈夫かと心配されるけれど、私にとっては別に日常以外のなにものでもない。たばこの臭いも慣れてしまえば、それは我が家の香りだ。学校の喫煙所を通りがかるだけで、お手軽に帰宅した気分になれるのでお得まである。たばこの煙漂う部屋で見るタイタニックは、そりゃあもう雰囲気があった。純粋なる日本人の私たちだが、気分だけはすっかりディカプリオとウィンスレットってなもので、彼はワインを飲み出すなどした。私もご相伴にあずかりたいところだったが、未成年だという理由で禁じられた。残念。ウィンスレットは、未成年だったらしい。彼とはお互いをよく知る間柄だったが、このワンルームに一緒に住み始めたのはつい最近だ。勝手が分からないながら大量の水でもって薄い薄い麦茶を沸かして、気分だけでもとワイングラスで飲んでいると、船はあっさり沈んだ。つまみにしていたオーザックポテトくらい、あっさり。関係ないけど、オーザックがポテトフライの中で一番ライトな食感であることを話しながら、エンドロールを見終える。不思議だった。映画は終わったのに、画面は真っ暗になり、あらかじめ豆球にしていた部屋の照明のせいもあり一気に現実に引き戻されたのに、なぜか気分だけはまだウィンスレットのままだった。十八歳、ぴちぴちJD(文学部で英文専攻)の。彼もまた、ディカプリオ気分のままだったらしい。ヤニ臭い、ギャンブラーな社会人の。

私ももうお年頃というやつ、この流れはなだれるようにして、しかるべき次の行為に入る流れだとは知っていた。時間帯としても、いい頃合いである。明日が休日ならともかく、お互いに講義と出勤という外せない予定があるのだから、雰囲気がないかもしれないが、なるべく早く済ませたい気持ちもあった。けれど、そう簡単にこの流れに身を任せてしまうのが、しゃくな気持ちもあった。あえて、来客用の布団で別々に寝ることを一度提案する。しかし、彼がそんなものを持たないのも知っていた。友達を泊めるためにお金を使うくらいなら、お馬さんとマリンちゃんに貢ぐことが彼の生きがいである。結果、五千円で買ったというシングルサイズの布団に同衾することとなるわけで。そうなると、これがまたどうして落着かず、なにもしないまま二人でしょうもない感想会を始めたりなんかして、出た結論は「ネットにもっと立派なの載ってんだろ」なんていかにも現代っ子らしい廃退的な、うすーい結論だった。麦茶よりも薄かったかもしれない。雰囲気もへったくれもない内容だったが、枕の取り合いや、自分のスペースの確保なんかをやっているうちに、だんだん気分は毛布の下でかもされていく。狭い狭い布団で足先をつつき合うなんかして、私たちはそのまま流れに身を任せた。そんな経緯をすべて、大学で出来た友達で例のTSUTAYAでバイトをしているリカちゃん(仮名)に話したところ、「タイタニックの話いる? ただ映画見て寝た話じゃん」と言われたけれど、いるものはいる。それら全てがあったうえで、ようやく私たちはしかるべき段階に至り、朝を迎えたのである。そしたらリカちゃんは、長い前戯みたいなもの? と知った顔をしていたが、彼女は女子校出身なので、たぶんただの知ったかぶりだろう。可愛い奴め。ちなみに所属している和太鼓研究会というニッチなサークルの親睦会でも、私は同じ話をした。なんかエロいね、といわれたが、お前はネットでエロ漫画読みすぎなんだよ、それだから童貞なんだ、と返しておいた。ますかいてないで、太鼓叩いてろ、童貞。結構口汚い私は、場の勢いに任せて、それくらいのことは言ったと思う。その日の親睦会は、結構長く続いた。それこそ終電がなくなった、と帰って行くものがちらほらいるくらいの時間だ。お酒を飲んでいたわけじゃない、そういった点で無駄に律儀な私はジュースばかり飲んで、腹を冷やしていた。自分の体調も悪かったが、酒癖の悪い酒飲みたちの介抱をしていたから、それどころじゃなかった。一人は酔いつぶれて、俺はこのまま鴨川に乗って、日本海に出るぜ、なんて言っていたが、馬鹿を言えって話だ。大阪湾で渦潮に巻き込まれるのが関の山だ。激しい戦闘のような時間だった、それらを全て終えてみるとなんと言うことでしょう。充電のこり一桁に迫ったスマホが指し示すのは、深夜二時。こんな時間に下賀茂神社の横なんて通ろうものなら、たたりにでも会いそうな時刻になっていた。いつか、家で彼とタイタニックを見終えた時よりも遅い。さすがに深夜の女子大生一人歩きは正直心細かった。でも、酒臭い先輩や、童貞こじらせた同期が頼りになるわけもなく(むしろ身の危険を感じる)。私は死にかけのスマホに最後の望みをかけて、一通の連絡を入れる。情に訴えかけるため、わざわざ細切れにして、深刻そうに見せかけた。私もこれくらいの策は講じられる女なのだ。ただし相手は、ヤニ臭い、ギャンブラーな社会人。何年も一緒にいる仲とはいえ、信用ならない。心細い気持ちで、鴨川沿いの激安居酒屋で秋の夜風に凍えていたら、彼はやってきてくれた。近くの雀荘で、知らないおっさんと一戦交えていたらしい。つんけんしながら不満そうにする彼に、私はひっそり感心する。なんだかんだと言って、私のことはちゃんと気に掛けてくれているのだ、こやつは。可愛い奴め。リカちゃんに対する感想とはまったく別の意味でそう思う。だから、私は彼にお礼をのべることとした。

「迎えにきてくれてありがとう、お兄ちゃん」

と。

ん、と一言で返ってきたのは、実に健全な兄妹関係そのものだったと思う。

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